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魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
第二章 深淵の森
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復活

 魔人族との戦闘はこちらが優勢だった。

 相手が扱えるのは初級応用魔法止まり。

 対して俺は、図書館で学んだ中級魔法をすでに扱えるようになっている。


「《大火球(ハイフレア)》!」


 巨大な火球が迫る。


「《火炎弾(フレイムバレット)》」


 圧縮した炎を弾丸のように撃ち出す。

 一直線に放たれた炎が、大火球の中心を撃ち抜いた。

 火球が空中で四散する。


「な!?」


 魔人族の男が目を見開く。

 大火球は魔力を大量に込め、力押しで威力を高める魔法。

 対して火炎弾は、魔力を圧縮し、

 貫通力と速度を極限まで高めた魔法だ。

 威力も、精度も、比較にならない。


「《硬土壁(ハードウォール)》!」


 今度は分厚い土壁が展開される。


「《烈風破(ウィンドブラスト)》」


 圧縮した風を衝撃波として解き放つ。

 土壁が正面から吹き飛んだ。

 破片が周囲へ散乱する。


「なんなんだよ……なんでこんなに強いんだよ……!」


 男は苦悶の声を漏らした。

 元よりこの一族は魔法耐性こそ高い。

 だがその代わり、魔法そのものの才能には恵まれない。

 だからこそ、この男が扱えるのは初級応用魔法まで。

 戦えば戦うほど差が開いていく。


 耐性があっても、ダメージを完全に無効化できるわけではない。

 傷は確実に蓄積していた。

 さらに魔法耐性である程度、抑えられていたはずのこの森の瘴気も、

 少しずつ身体を蝕んでいる。

 肩で息をしながら、魔人族の男はふらついた。


「なんで……なんでだ……」


 その姿に、ほんの一瞬だけ胸が痛んだ。

 もしも昔の俺なら。

 すべてを奪われ、憎しみだけで生きていた頃の俺なら。

 この男に共感していたかもしれない。

 世界を滅ぼしたいという願いに、頷いていたかもしれない。

 だが、もう今はあの頃とは違う。

 守りたいと思う存在ができた。

 だからこそ、この男の願いを肯定するわけにはいかなかった。


「奥の手を使うしかねぇ……!」


 魔人族の男が叫ぶ。

 闇属性魔法。


「《影分身(シャドウクローン)》!」


 足元の影が膨れ上がり、男と瓜二つの分身が現れた。

 魔力を分割する都合上、本体は弱体化する。

 だが、狙いは俺じゃない。


「聖の魔力だけでも根絶やしにしてやる!!」


 影が地面を滑るように移動する。

 ルナの背後へ。


「しまった……!」


 本体への警戒に意識を割きすぎた。


「《風の刃(エアスラッシュ)》!」


 ルナをめがけて一直線に迫っていた。


「ううっ……あっ……」


 ルナはまだ頭を押さえている。

 記憶の奔流に苦しみ、攻撃に気づいていない。


「これで終わりだぁぁぁぁ!!」


 風刃がルナに到達しようとしている。


「間に合えぇぇぇぇ!!」


 《身体強化》


 ルナのもとへ駆け出そうとした、その瞬間。


「ああああああああああああっ!!」


 ルナが叫んだ。

 眩い光が周囲へ溢れ出す。


「なっ――!?」


 男が目を見開いた。

 次の瞬間。

 轟音とともに、魔人族の身体が上空へ吹き飛ばされる。


 聖魔法。

 無意識の防衛反応だった。

 影分身は光に呑まれ消滅する。

 本体も世界樹の遥か上空まで吹き飛ばされた。


「ぐっ……くそが……」


 落下した魔人族が、血を吐きながら立ち上がろうとする。

 その時だった。

 世界樹に刻まれた魔法陣が、鈍く光り始めた。

 聖魔法に呼応し始めたのだ。


 同時に、森が暗くなっていく。

 元より薄暗い深淵の森。

 それが更に深い闇へ染まる。

 光そのものが、世界から消えていくようだった。


 肌が粟立つ。

 本能が警鐘を鳴らしている。

 瘴気は怨嗟そのものではなかった。

 封印から漏れ出ていた、ほんの残滓。

 つまり今、解き放たれようとしているのは、その本体。

 比較にならない災厄だった。


「はは……はははっ!! やったぞ……!」


 魔人族が狂喜する。

 黒い怨嗟が、その身体を包み込んでいく。

 皮膚を侵食し、肉を覆い、骨の奥まで染み込んでいく。


「これで……オレは……!」


 声が途切れた。

 完全に怨嗟へ呑み込まれたのだ。

 そして。


「不完全だけど、復活できたみたいだね」


 そこに立っていたのは、少年の姿をした何かだった。

 長い耳。

 整った顔立ち。

 見た目だけなら、エルフに見える。

 だが決定的に違う。

 感じる力が、あまりにも異質だった。


 それは知っている魔力ではない。

 触れた瞬間、生き物としての本能が拒絶する。

 冷たく暗い、異質な何か。

 なのに底が見えない。

 世界そのものが堕ちていくような感覚。

 穢とでも言うべきか。


「ようやく……エルフたちの積年の恨みを晴らせる」


 少年は嗤う。

 その視線がルナへ向けられた。


「まずは同胞のエルフからかな。

 聖の魔力を吸収して、完全復活しないとね」


 背中から、穢れで形成された翼が生えた。

 悪寒が走る。


「《火炎弾(フレイムバレット)》!!」


 即座に迎撃。


「効かないよ」


 少年が軽く手を払う。

 黒い膜のようなものが現れ、火炎弾を霧散させた。


「これはどうかな?」


 翼が羽ばたく。

 無数の黒い羽が、豪雨のように降り注いだ。


土円蓋(ダートドーム)!!」


 半球状の土壁を展開する。

 だが、一瞬だった。

 黒い羽が土壁を紙のように貫いていく。


「ルナ!!」


 叫ぶ。

 間に合わない。

 守れない。

 その時。


「あああああっ!!」


 再び光が爆発した。

 聖魔法。

 純白の奔流が、一直線に少年を貫く。


「がぁぁぁぁぁっ!!」


 身体が吹き飛ばされる。

 胸には大穴。

 確実に急所だった。


「やった……のか……?」


 息を呑む。

 だが。


「くくっ……無駄だよ」


 少年が笑った。

 ぽっかり空いた胸の穴が、黒い怨嗟によって埋まっていく。

 肉が再生し、骨が繋がる。


「怨嗟がある限り、僕は何度でも蘇る」


 絶望だった。

 俺の魔法は通じない。

 ルナの聖魔法も、無意識による防衛反応。

 しかもあれほどの魔法だ。

 いつまでも使えるとは思えない。

 対して相手は、怨嗟がある限り再生する。

 勝ち筋が見えない。


「くそ……どうすれば……」


 理解不能の怪物を前に、絶望が重くのしかかってくるのだった。

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