復活
魔人族との戦闘はこちらが優勢だった。
相手が扱えるのは初級応用魔法止まり。
対して俺は、図書館で学んだ中級魔法をすでに扱えるようになっている。
「《大火球》!」
巨大な火球が迫る。
「《火炎弾》」
圧縮した炎を弾丸のように撃ち出す。
一直線に放たれた炎が、大火球の中心を撃ち抜いた。
火球が空中で四散する。
「な!?」
魔人族の男が目を見開く。
大火球は魔力を大量に込め、力押しで威力を高める魔法。
対して火炎弾は、魔力を圧縮し、
貫通力と速度を極限まで高めた魔法だ。
威力も、精度も、比較にならない。
「《硬土壁》!」
今度は分厚い土壁が展開される。
「《烈風破》」
圧縮した風を衝撃波として解き放つ。
土壁が正面から吹き飛んだ。
破片が周囲へ散乱する。
「なんなんだよ……なんでこんなに強いんだよ……!」
男は苦悶の声を漏らした。
元よりこの一族は魔法耐性こそ高い。
だがその代わり、魔法そのものの才能には恵まれない。
だからこそ、この男が扱えるのは初級応用魔法まで。
戦えば戦うほど差が開いていく。
耐性があっても、ダメージを完全に無効化できるわけではない。
傷は確実に蓄積していた。
さらに魔法耐性である程度、抑えられていたはずのこの森の瘴気も、
少しずつ身体を蝕んでいる。
肩で息をしながら、魔人族の男はふらついた。
「なんで……なんでだ……」
その姿に、ほんの一瞬だけ胸が痛んだ。
もしも昔の俺なら。
すべてを奪われ、憎しみだけで生きていた頃の俺なら。
この男に共感していたかもしれない。
世界を滅ぼしたいという願いに、頷いていたかもしれない。
だが、もう今はあの頃とは違う。
守りたいと思う存在ができた。
だからこそ、この男の願いを肯定するわけにはいかなかった。
「奥の手を使うしかねぇ……!」
魔人族の男が叫ぶ。
闇属性魔法。
「《影分身》!」
足元の影が膨れ上がり、男と瓜二つの分身が現れた。
魔力を分割する都合上、本体は弱体化する。
だが、狙いは俺じゃない。
「聖の魔力だけでも根絶やしにしてやる!!」
影が地面を滑るように移動する。
ルナの背後へ。
「しまった……!」
本体への警戒に意識を割きすぎた。
「《風の刃》!」
ルナをめがけて一直線に迫っていた。
「ううっ……あっ……」
ルナはまだ頭を押さえている。
記憶の奔流に苦しみ、攻撃に気づいていない。
「これで終わりだぁぁぁぁ!!」
風刃がルナに到達しようとしている。
「間に合えぇぇぇぇ!!」
《身体強化》。
ルナのもとへ駆け出そうとした、その瞬間。
「ああああああああああああっ!!」
ルナが叫んだ。
眩い光が周囲へ溢れ出す。
「なっ――!?」
男が目を見開いた。
次の瞬間。
轟音とともに、魔人族の身体が上空へ吹き飛ばされる。
聖魔法。
無意識の防衛反応だった。
影分身は光に呑まれ消滅する。
本体も世界樹の遥か上空まで吹き飛ばされた。
「ぐっ……くそが……」
落下した魔人族が、血を吐きながら立ち上がろうとする。
その時だった。
世界樹に刻まれた魔法陣が、鈍く光り始めた。
聖魔法に呼応し始めたのだ。
同時に、森が暗くなっていく。
元より薄暗い深淵の森。
それが更に深い闇へ染まる。
光そのものが、世界から消えていくようだった。
肌が粟立つ。
本能が警鐘を鳴らしている。
瘴気は怨嗟そのものではなかった。
封印から漏れ出ていた、ほんの残滓。
つまり今、解き放たれようとしているのは――
その本体。
比較にならない災厄だった。
「はは……はははっ!! やったぞ……!」
魔人族が狂喜する。
黒い怨嗟が、その身体を包み込んでいく。
皮膚を侵食し、肉を覆い、骨の奥まで染み込んでいく。
「これで……オレは……!」
声が途切れた。
完全に怨嗟へ呑み込まれたのだ。
そして。
「不完全だけど、復活できたみたいだね」
そこに立っていたのは、少年の姿をした何かだった。
長い耳。
整った顔立ち。
見た目だけなら、エルフに見える。
だが決定的に違う。
感じる力が、あまりにも異質だった。
それは知っている魔力ではない。
触れた瞬間、生き物としての本能が拒絶する。
冷たく暗い、異質な何か。
なのに底が見えない。
世界そのものが堕ちていくような感覚。
穢とでも言うべきか。
「ようやく……エルフたちの積年の恨みを晴らせる」
少年は嗤う。
その視線がルナへ向けられた。
「まずは同胞のエルフからかな。
聖の魔力を吸収して、完全復活しないとね」
背中から、穢れで形成された翼が生えた。
悪寒が走る。
「《火炎弾》!!」
即座に迎撃。
「効かないよ」
少年が軽く手を払う。
黒い膜のようなものが現れ、火炎弾を霧散させた。
「これはどうかな?」
翼が羽ばたく。
無数の黒い羽が、豪雨のように降り注いだ。
「土円蓋!!」
半球状の土壁を展開する。
だが、一瞬だった。
黒い羽が土壁を紙のように貫いていく。
「ルナ!!」
叫ぶ。
間に合わない。
守れない。
その時。
「あああああっ!!」
再び光が爆発した。
聖魔法。
純白の奔流が、一直線に少年を貫く。
「がぁぁぁぁぁっ!!」
身体が吹き飛ばされる。
胸には大穴。
確実に急所だった。
「やった……のか……?」
息を呑む。
だが。
「くくっ……無駄だよ」
少年が笑った。
ぽっかり空いた胸の穴が、黒い怨嗟によって埋まっていく。
肉が再生し、骨が繋がる。
「怨嗟がある限り、僕は何度でも蘇る」
絶望だった。
俺の魔法は通じない。
ルナの聖魔法も、無意識による防衛反応。
しかもあれほどの魔法だ。
いつまでも使えるとは思えない。
対して相手は、怨嗟がある限り再生する。
勝ち筋が見えない。
「くそ……どうすれば……」
理解不能の怪物を前に、絶望が重くのしかかってくるのだった。




