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魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
第二章 深淵の森
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記憶喪失

少しの間、俺はその姿に圧倒されていた。


人形のように整った美しさ。

触れれば壊れてしまいそうなほどの儚さ。


まるで神が創り上げた芸術品のようだった。


淡い金髪。

透き通るような澄んだ青い瞳。


この世のものとは思えないほど神秘的だった。


「あなたは……だあれ?」


か細い声が静かな森に響く。


その一言で、ようやく現実に引き戻された。


「ああ、俺はロイっていうんだ」

「ロイ……」


ルナは小さくその名を繰り返した。


不思議そうな顔をしている。


珍しい名前なのか。

それとも、何か引っかかるものがあるのか。


「君の名前は?」


そう尋ね返すと、少女は少し間を置いて答えた。


「ルナ……ルナ・ローティア」


ファミリーネーム。


この世界で姓を持つ者は少ない。

王族、貴族、あるいはそれに連なる特別な血筋。


それだけで、彼女が普通ではない存在だとわかった。


「君は、どうして封印されていたんだ?」


核心に触れる質問をした瞬間、ルナの表情が歪んだ。


怒りではない。

激しい頭痛に耐えるように、眉を寄せ、頭を押さえている。


「わからない……思い出せない……」


封印から解放された影響で記憶が混乱しているのか。


「他に何か覚えていることは?」


できるだけ刺激しないよう、声を落として尋ねる。


「……何も。名前しか、わからない」


記憶喪失。

そう呼ぶには違和感があった。


何かに()()()()というより、

()()()()()()()


そんな感覚だ。


「でも……辛いの」


ルナは自分の身体を抱きしめるように震えた。


「悲しい……寂しい……苦しい……」


理由もわからないまま、感情だけが胸の奥に残されているのだろう。


戦争の記憶が辛すぎて誰かが封じたのか。

あるいは、ルナ自身が忘れることを望んだのか。


今の俺にはわからない。


ただ一つだけ確かなのは。


この少女はずっと、一人で苦しみ続けていたということだ。


その姿が、昔の自分と重なった。


孤独で怯えていた頃の自分と。


「辛いなら、無理に思い出さなくていい」


気づけば、そんな言葉が口から出ていた。


「当分、俺はこの森にいる。

 だから……その、よかったら一緒にいるか?」


言ってから少し後悔した。


突然こんなことを言われても困るだろう。

むしろ警戒させるだけかもしれない。


だがルナは、しばらく俺を見つめていた。


澄んだ瞳が、まるで心の奥を覗き込むように向けられる。


やがて小さく口を開いた。


「……あなた、怖くない」

「え?」

「あなたから、少しだけ……聖の魔力を感じる」


聖の魔力。


フードの商人にも言われた言葉だ。


「でも、あなた自身じゃない……何か別の……」


そう呟いた後、ルナは安心したように目を細めた。


聖の魔力を持つ存在を、エルフは本能的に感じ取れるのかもしれない。


少なくとも、ルナはそれを理由に俺を信用してくれたらしい。


そして、小さく首を縦に振った。


「……うん」


一人、見知らぬ場所に取り残されるより。

誰かのそばにいることを選んだのだろう。


こうして。


絶滅したはずのエルフとの、二人の生活が始まった。


「とりあえず、雨風をしのげる場所を探さないとな」


深淵の森に雨が降るのかはわからない。

だが、少女を外に放置しておくわけにはいかなかった。


日が沈む前には最低限の寝床を作りたい。


手分けして周囲を調べ始める。


森は静かだった。

風が木々を揺らす音だけが響く。


あまりにも静かすぎる。

まるで、この森だけ世界から切り離されているようだった。


ある意味では、身の安全は確保されている。


火球(フレア)


小さな丘の岩肌へ向けて魔法を放つ。


轟音とともに岩が削れ、即席の洞窟ができあがる。


静寂に包まれた深淵の森では、その音だけが妙に大きく感じられた。


土砂崩れによる生き埋めを防ぐため、空気の通り道も兼ねて複数の穴を貫通させる。


ひとまず仮住まいとしては十分だろう。


「近いうちに、ちゃんとした家を作らないとな」


ルナは落ち葉を抱えながら、時折こちらを気にするように視線を向けていた。


少し不安そうだが、先ほどより表情は柔らかい。


地面には草を敷き詰め、簡易的な寝床を作る。

落ち葉を重ねると、多少は冷えも防げそうだった。


やがて日が沈み、深淵の森は夜に包まれた。


焚き火の明かりだけが、暗闇を揺らしている。


拾ってきた果実を口に運ぶ。


甘く、瑞々しい。


まともに食べられるものがあるだけでも幸運だと思っていたため、これは嬉しい誤算だった。


「……おいしい」


ルナも小さく微笑みながら果実を口にしている。


その表情を見て、少し安心した。


ふと違和感に気づく。


「あれ……?」


辺りを覆っていた重苦しい気配が消えていた。

肺にまとわりつくような不快感もない。


別の場所に来たのかと錯覚するほどだった。


「瘴気が……ない?」


唖然としていると、ルナが静かに答えた。


「瘴気は、聖の魔力に近づけない。

 私には聖の魔力が宿っている。

 ……さっき、思い出した」


どうやら記憶の一部が戻ったらしい。


封印された記憶は完全に失われたわけではない。

時間や刺激によって、少しずつ戻ることもある。


「この森の瘴気を全部浄化できるのか?」


そう尋ねると、ルナは首を横に振った。


「無理……魔法の使い方、思い出せない」


魔力については覚えていても、聖魔法そのものはまだ思い出せないらしい。


もしかすると、その方が幸せなのかもしれない。


そんなことを考えていると。


「あなたにも、聖の魔力がある」


先ほども言われた言葉。


「みたいだな、でもどうして……」


ルナがこちらを見つめて言った。


「でも、あなた自身じゃない。

 ……それ」


細い指が示した先。


そこにあったのは、アンジェさんの形見のペンダントだった。


「そのペンダントから、聖の魔力を感じる」


思わずペンダントを握り締める。


心無しか温かさを感じる。

まるで、今でもアンジェさんが守ってくれているみたいだった。


「だからあなたにも、瘴気が効かない」


そういうことだったのか。

知らないうちに、俺はずっと守られていた。


胸の奥が熱くなる。


視界が滲んだ。


「……深淵の森にも、雨が降るんだな」


空を見上げながら呟く。


隣でルナは、不思議そうに同じく空を見上げていた。

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