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魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
第二章 深淵の森
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魔法陣

 深淵の森。

 ここに来るのは初めてだ。

 森に漂う空気を肌で感じるたび、背筋に冷たいものが走る。

 目には見えない。

 だが確かに何かが満ちている。

 おそらくこれが瘴気。

 本能が、この場所を危険だと訴えていた。


 この森の入口を警備する兵士は、一定期間ごとに必ず交代させられる。

 そして、一度この任務についた者が、再び担当することはない。

 そのくらい徹底されている。

 そして森の周囲には強力な結界が張り巡らされており、

 手練れでなければ侵入することすら叶わないだろう。

 故に、森の内部を知る者は誰もいない。


 俺は《魔法創造》を使い、結界を突破するための魔法を生み出した。

 そこで作り出されたのが――


 《霊体化魔術》

 三秒間、自身を霊体化させる魔法。

 物理的なものをすり抜け、浮遊状態となる。

 魔法で作られた結界も、問題なく抜けられる。

 さらに霊感、あるいはそれに準ずる魔法でもなければ視認できない。

 触れた物体も一時的に霊体化できる。

 ただし制約は重い。


 制約:

 『夜にしか使えない』

 『自分以外の生物には使用できない』

 『使用後一時間、身体の制御が難しくなる』


 かなり癖の強い魔法だ。

 早速魔法を発動し、結界の中へ侵入する。


 発動した瞬間、身体の感覚が曖昧になった。

 重力が薄れる。

 音が遠い。

 まるで世界から切り離されたようだった。

 霊体とはこういうものなのだろうか。

 死後すぐ神のもとへ送られた俺には、その感覚がわからない。

 もし送られていなければ、こんな存在になっていたのだろうか。

 そんなことを考えている間に、結界を通り抜けた。


 そして魔法が切れた瞬間、全身から力が抜け落ちる。

 自分の身体ではないように感じた。

 指一本動かすだけでも重い。

 呼吸すらうまくできない。

 戦闘中に回避目的で使うのは不可能だろう。

 何とか地面を這い、倒木の陰へ転がり込む。

 冷たい土の感触を頬に感じながら、身体の自由が戻るのを待った。


 どれくらい経っただろうか。

 徐々に感覚が戻り始め、ようやく周囲を見回す余裕ができた。


「ここが……深淵の森」


 鬱蒼とした森だった。

 木々が空を覆い隠し、陽光はほとんど差し込まない。

 遠くには崩れた建物が見える。

 石造りだったのだろう。

 今では蔦に覆われ、自然に呑み込まれかけている。

 人工物の残骸の上に、新たな自然が根付いていた。


 だが、異常だった。

 生き物の気配が一切ない。

 魔物はおろか、鳥の囀り一つ聞こえない。

 風に揺れる葉擦れの音だけが、静かな森に響いていた。

 不自然なほど何もない。

 植物だけがこの森に存在する生命だった。


 身体が瘴気に侵されているのかどうかもわからない。

 だが、今のところ異常は感じない。


「さて……少し見て回るか」


 今後ここに潜伏する可能性を考えるなら、調査は必須だ。

 水は水魔法でどうにでもなる。

 食べれる植物が多く、食料は大丈夫だろう。

 問題は住居だ。

 エルフたちが使っていた建物も、ほとんど朽ちている。

 安全性を確保しつつ、住める場所を見繕う必要がある。


 辺りを散策し始めてしばらく経った。

 だが、何もない。

 植物しかない。

 ここまで徹底して植物以外の生命の気配が存在しないと、

 逆に現実感が薄れてくる。

 まるで世界そのものが死んでいるようだった。


「想定外だな……」


 瘴気の影響なのだろうか。

 結局、見て回った範囲ではめぼしいものは何も見つからなかった。


 そして最後に、一本の道へ視線が向く。

 無意識に避けていた場所だった。

 そこだけ、瘴気の濃さが明らかに違う。

 空気が重い。

 近づくだけでどうにかなりそうになる。

 本能が警鐘を鳴らしていた。

 それでも足を進める。


 やがて、開けた場所へ出た。

 そして目の前の光景に息を呑む。


「これが……世界樹」


 樹齢千年、もしかするとそれ以上かもしれない。

 天へ伸びる圧倒的な巨木。

 だが、既に枯れて、葉が一枚も無くなっていた。

 生命の気配も感じられなかった。

 それでもなお、そこに存在しているだけで空間を支配していた。

 死んでいるはずなのに、圧倒的な存在感を放っている。

 

 瘴気の発生源は間違いなくこれだ。

 本能が告げる。

 ここに長くいてはいけない。

 早々に立ち去ろうとした時だった。


「……なんだ、これは?」


 世界樹の根元に、魔法陣が刻まれていることに気づいた。

 近づいて確認する。

 見たことのない術式だった。

 自分が知る、いかなる属性とも一致しない。

 だが直感した。

 これは聖魔法だ。


 もし呪詛を封じるための術式なら、迂闊に触れるべきではない。

 魔法陣は同属性の魔力を流し込むことで起動する。

 逆に異なる属性の魔力を流せば破壊できる。

 もし封印術式だった場合、不用意に触れれば封印を壊しかねない。


 《封印術》でさらに封じることも考えた。

 だが、瘴気の正体がエルフたちの怨嗟だという話が本当なら、

 わざわざ封印で抑えているとは思えない。


 世界樹を燃やした時の不発術式の可能性が高い。

 なら処理した方がいい。

 そう判断し、魔法陣へ手を伸ばした。

 そして魔力を流し込もうとした瞬間。

 魔法陣が発光した。


「……は?」


 理解が追いつかない。

 聖の魔力でなければ起動しないはずだ。

 そこで、フードの商人の言葉を思い出す。


『君から、ほんの微量だけど聖魔法の気配がするからさ』


 ありえない。

 《ステータス開示》にも表示されていなかった。

 だが現実に、魔法陣は起動している。

 つまり、あの言葉は本当だった。


 そして次の瞬間、光が溢れ出した。

 視界が真っ白に染まる。

 思わず腕で目を庇う。

 魔力の奔流が周囲を満たしていく。

 だが、身体には何も起きない。

 攻撃ではない。

 そう理解した頃、徐々に光が収まり始めた。


 やがて視界が戻る。

 そして――


「そんな……」


 言葉を失った。

 世界樹の前に、一人の少女が立っていた。

 長い金髪。

 透き通るような白い肌。

 そして、人間とは明らかに違う、長く尖った耳。

 見たこともない種族。

 だが、答えはすぐに理解できた。

 数百年前に滅び、存在そのものが歴史から消された種族。


 ――エルフ

 その少女が、静かにこちらを見つめていた。

 発動したのは、エルフの封印解除の聖魔法だったのだ。

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