限界のその先
「俺が隙を作る。だから……なんとしても耐えてくれ」
血を吐きながら、それでもロイは立っていた。
左腕はもうまともに動かない。
呼吸をするたび胸が焼けるように痛む。
それでも、視線だけは死んでいなかった。
「……わかった」
カトレアも短く答え、短剣を構える。
互いに、もう後がないことは理解していた。
「ほぉ、魔力付与か」
男が目を細める。
カトレアの短剣に纏う風の魔力へ気づいたのだ。
「武器が強くなったところで、俺様に勝てるかな?」
その通りだった。
そもそもカトレアは、まだ一撃も入れられていない。
切れ味が増そうが、届かなければ意味がない。
それでも、もし一撃でも届けば――
男は手負いのロイから、カトレアへと標的を切り替えた。
「くらえ――《疾風の刃》!」
カトレアが短剣を振るう。
風を纏った斬撃が一直線に走った。
魔力付与によって可能になった擬似的な魔法攻撃。
しかし。
「それは魔法攻撃だろうがよ!!」
男は剣を振るい、風刃を受け流す。
衝突した魔力の風圧は対魔法装甲に弾かれ、霧散した。
そのまま男が一気に踏み込む。
「っ……!」
カトレアは地面を転がるようにして回避した。
直後、先ほどまで首があった位置を剣閃が通り抜ける。
冷や汗が背筋を伝った。
だが、男に隙は生まれていない。
体勢を崩した瞬間を狙い、追撃の刃が振り下ろされる。
「《土壁》!!!」
ロイの魔法が間に合った。
轟音と共に土壁が展開される。
剣がめり込み、衝撃で壁に亀裂が走る。
その隙にカトレアは距離を取った。
だが。
「甘いわぁぁぁ!!!!」
男が土壁を力任せに叩き割る。
次は無い。
回避も防御もさせない立ち回り。
両方潰すつもりだ。
「同じ手は通用しねえからな」
男の殺気が一気に膨れ上がる。
「今だっ!!」
ロイが叫ぶ。
同時に、一本の木枝が投げ放たれた。
魔力付与で風属性の魔力を纏った枝。
だが粗末だ。
武器ですらない。
「そんなもん、小細工にもならんわ!」
男は意にも介さず突っ込む。
木枝が頬を浅く掠めた。
それだけだった。
だが次の瞬間。
「っ……!?」
男の動きが僅かに鈍る。
投げた枝は、ヴァントに自生する木のものだ。
撤退用の罠を作るために採取したもの。
枝の棘には即効性の神経毒がある。
致死性こそ無い。
だが筋肉を麻痺させる効力がある。
「舐めるなぁぁぁ!!!!」
男が強引に身体を動かす。
凄まじい精神力だった。
毒を無力化した。
普通なら膝をついてもおかしくない。
だが、ほんの一瞬隙が生じた。
ここだ。
カトレアは身体強化の出力を引き上げる。
限界では足りない。
限界の、その先へ。
うまくいかなければ死ぬ。
うまくいっても無事では済まないかもしれない。
怖い。
脚が震える。
それでも――。
母の顔が浮かぶ。
妹の笑顔が浮かぶ。
そして。
ロイの姿が脳裏をよぎった。
負けられない。
ここで終わるわけにはいかない。
筋肉が悲鳴を上げる。
それでも踏み込んだ。
「ここだぁぁぁぁぁ!!!!」
男へ斬りかかる。
本来なら、男の剣の方が先だった。
カトレアの首が飛んでいたはずだった。
だが。
「な……ぜだ……」
男が崩れる。
喉から鮮血が噴き出した。
風を纏った短剣が、男の喉を裂いていた。
紙一重だった。
本当に僅かな差。
だが――。
カトレアが上回った。
静寂が訪れる。
風の音だけが、ヴァントに吹き抜けていた。
「……やった」
カトレアが震える声で呟く。
俺たちは勝った。
獣人の国を守ったのだ。
「大火球!!!」
ロイの放った炎が、魔力圧縮魔術砲を飲み込む。
禍々しい兵器は轟音と共に崩れ落ち、跡形もなく消え去った。
危機は回避された。
俺たちは安全な場所まで撤退すると、互いの傷を手当てした。
カトレアが超回復薬生成で作ったポーションを差し出す。
だがロイは首を振った。
「……駄目だ。それは、お母さんのために使うんだろ」
重傷ではある。
だがヒールで何とかなる。
一方のカトレアも、限界以上の身体強化で歩くのがやっとの状態だった。
本当に紙一重だった。
最初に油断してくれたこと。
ヴァントの植物の毒を知らなかったこと。
戦闘経験が高いあまり、相手の力量を正確に測ることができてしまったこと。
軍の統率が崩壊していたこと。
どれか一つ欠けていたら、二人とも死んでいただろう。
それほどの強敵だった。
やがて夜が明ける。
朝日がヴァントを照らし始めた。
互いの顔が、はっきり見える。
目が合う。
ふいに二人は笑った。
生きている。
それだけで、十分だった。




