魔法付与
啖呵を切ったはいいが、状況はこちらの方が圧倒的に不利だった。
対魔法装甲のせいで、魔法によるダメージは期待できない。
かといって物理攻撃でどうにかできるような相手でもない。
身体強化も、今の俺ではうまく制御しきれない。
長時間維持することも不可能だ。
だが、まだ一つ奥の手が残っている。
《魔力付与》。
武器に魔力を流し込み、威力や属性効果を上乗せする魔法だ。
――ソルヌのギルドにいた頃。
「ゲイルさん、《魔力付与》について教えてもらえませんか?」
そう尋ねると、ゲイルさんは静かにこちらを見た。
「……魔法が効かない相手を想定しているのか」
ただの興味半分で聞いたつもりが、どうやら俺に必須の魔法のようだ。
「《魔力付与》は、武器に魔法を纏わせる技術だ。
魔法耐性持ちにも有効打を与えられる」
その言葉で一気に興味が湧いた。
「ただし相性がある。武器と属性のな」
例えば短剣に風属性を付与すれば切れ味が増す。
銃器に炎属性を付与すれば爆発力が増す。
逆に相性が悪ければ性能は落ちる。
木刀に炎を付与すれば燃え尽きる。
火縄銃に水属性を付与すれば弾がまともに飛ばなくなる。
「それに込める魔力の調整が難しい。多すぎれば武器が耐えきれず壊れる」
そう簡単に扱える技術ではなかった。
実際、あれから何度も試した。
あと少しのところまではいく。
だが成功は一度も無かった。
ぶっつけ本番。
成功する保証なんてない。
それでも、賭けるしかなかった。
それに加えて、乗り越えないといけない壁はもう一つ。
カトレアから短剣を受け取り、魔力付与を施し、再び返す。
その時間を作らなければならない。
当然、そんな猶予を与えてくれる相手ではない。
どうにかして隙を生み出さなければ。
「《火球》!」
詠唱を極限まで短縮した火球を放つ。
威力はほとんど無い。
「効かんな」
男は避けもしなかった。
火球は直撃したにもかかわらず、黒い鎧の表面で弾かれるように霧散した。
「魔法が……効いてない!?」
カトレアが驚愕の表情を浮かべる。
「俺様の鎧は対魔法装甲だ。魔法なんざ通らねぇよ」
絶望したような顔をするカトレアの横で、俺は冷静に男を見据えた。
「そんなことは知ってる」
「……なにぃ?」
男が眉をひそめる。
確かにダメージは通っていない。
だが、完全に無効化しているわけでもない。
魔法そのものを消しているわけではないのなら――足止めには使える。
「《堅土壁》!!!」
長めの詠唱を必要とする魔法を唱える。
その瞬間、男が獰猛に笑った。
「馬鹿が!隙だらけなんだよ!
秘儀――斬撃の飛礫!!!」
高速の斬撃が放たれる。
詠唱より速い。
避けきれない。
「ロイ!!!!」
カトレアの叫び声。
直後、斬撃が直撃した。
衝撃で身体が悲鳴を上げた。
だが――。
致命傷だけは避けた。
事前に身体強化を左腕へ集中させていたのだ。
「なんだと……身体強化は脚だけに使えるわけじゃねぇのか」
勘違いしてくれて助かった。
一か所限定。
それなら今の俺でも最大出力を流し込める。
だが、左腕の感覚は完全に消えていた。
大量の魔力で強化したというのに、何という威力だろう。
そして、強化の代償は重い。
身体が耐えきれず、臓器へダメージが入ったようだ。
呼吸のたびに胸が軋む。
喉から熱い血が込み上げ、
口端から溢れ落ちた。
視界が赤黒く滲む。
立っているだけで意識が飛びそうだった。
それでも――。
《堅土壁》は完成した。
男と俺たちを隔てる巨大な土壁。
秘儀を放った直後の僅かな硬直。
そして予想外の行動。
僅かだが、時間を稼ぐことに成功した。
「カトレア!!!!」
崩れそうになる身体を無理やり動かし、身体強化で加速する。
「ロイ……!」
なんでそんな無茶をするのか。
そう問いかけようとしたカトレアの言葉を遮った。
「時間がない。魔力付与で短剣を強化する」
カトレアから短剣を受け取る。
震える指で柄を握り、風属性の魔力を流し込んでいく。
全神経を集中し、イメージする。
壊さないように、強弱を調整する。
だがダメージのせいで魔力制御が乱れる。
焦りからなのか、激痛からなのか。
はたまたその両方からなのか。
手が震えて、上手くいかない。
その時だった。
そっと、温かい感触が手に触れる。
カトレアが、俺の震える手を包み込んでいた。
「大丈夫」
小さな声だった。
けれど、不思議と震えが収まっていく。
乱れていた魔力が安定する。
風が短剣へ収束していく。
そして――。
短剣が鋭い風を纏う。
魔力付与は成功した。
「クソがぁぁぁぁぁ!!!!」
轟音と共に堅土壁が破壊される。
男が猛然と迫ってくる。
もう時間は無い。
次で決めるしかない。
決められなければ、俺もカトレアも終わる。
ロイは血を吐きながら、震える足で前へ出た。
一度だけ深く息を吸う。
「――行くぞ」




