身体強化
カトレアは斬撃を回避しながら、反撃の隙を探る。
隙自体はある。
だが、あまりにも露骨だった。
誘っている。
今までの自分なら、飛び込んだ瞬間にカウンターで斬り伏せられていただろう。
圧倒的な技量差。
まともに戦えば勝ち目はない。
時間を稼げば、きっとロイが来てくれる。
希望はそこにしかなかった。
だが、本来の作戦では、ロイは潜伏地点へ向かっているはずだ。
私は指示に背いた。
来る保証なんてどこにもない。
それでも、信じたかった。
「逃げてばっかりじゃ、俺様は倒せねぇぞ?」
司令官の剣が唸る。
重く、速く、鋭い。
回避するだけで精一杯だった。
心が折れそうになる強さ。
それでもロイなら。
瞳から迷いが消えた。
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男はそれを感じ取った。
恐らく援軍が来る。
何人来ようが負ける気はしない。
だが、部下の追撃を躱すような奴だ。
万全を期すならこの小娘を先に始末しておくべきだろう。
「秘儀――神殺斬」
瞬間。
空気が震えた。
男の剣に収束した魔力が、地面を抉る。
避けられない。
当たれば死ぬ。
カトレアの背筋を冷たい恐怖が駆け抜けた。
次の瞬間、衝撃波が周囲の岩肌を砕いた。
カトレアの身体が吹き飛ばされる。
だが、斬られた痛みはない。
「……え?」
斬撃が、掻き消されていた。
土煙の向こう。
そこに立っていたのは――
「来てくれた......」
目の前にはロイの姿があった。
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「斬撃が打ち消されただと……?」
司令官は驚愕の表情で、目の前の魔術師の少年を見た。
だが、すぐに冷静さを取り戻す。
体つき。
装備の軽さ。
武器を持たない立ち姿。
完全な後衛型の魔術師。
恐らく肉弾戦や武器戦闘は得意ではないだろう。
対魔法装甲がある以上、魔法そのものは脅威にならない。
警戒すべきは飛び道具による搦め手くらいだろう。
「はん、小僧が一人増えたところで、俺様の敵じゃねぇよ」
司令官はロイへ狙いを定めた。
先ほどの大技は相殺された。
ならば次は、詠唱する暇すら与えず叩き潰す。
魔術師では回避しきれない速度で攻めればいい。
小娘が庇うか、小僧に直撃するか。
どちらにせよ終わりだ。
「秘儀――斬撃の飛礫!!!」
放たれたのは、目で追うことすら困難な超高速の連撃。
空気が裂け、岩肌が砕け散る。
「ロイ!!!!」
カトレアは叫んだ。
避けられない。
そう確信し、思わず目を背けそうになった。
だが。
「何故だ……何故躱せた?」
司令官の目が見開かれる。
ロイは寸前のところで斬撃を回避していた。
あり得ない。
魔術師が回避できるような攻撃では無いはずだ。
「何故躱せたかって?」
ロイは笑う。
「これのおかげさ」
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俺の身体は淡い魔力を纏っていた。
「ちっ……身体強化か」
司令官は舌打ちした。
――ソルヌのギルドにいた頃。
アインさんとゲイルさんと共に討伐依頼へ出ていた時のことだ。
「何?身体強化を覚えたい?」
ある程度打ち解けた頃、アインさんへ相談したことがあった。
「パーティを組んでる時は前衛が守ってくれると思う。
でも、いざって時に自分の身くらい守れなきゃ駄目だと思って」
俺がそう言うと、アインさんは「なるほどな」と頷いた。
「身体強化ってのはな、簡単に言えば魔力って道具を使うイメージだ」
感覚で使ってるから細かい理屈は知らねぇけどな、と笑いながら続ける。
「重要なのは二つ。“制御”と“許容”だ。例えるなら魔石車がわかりやすい」
魔石を動力に走る移動用魔道具。
街でもよく見かける乗り物だ。
「まず制御についてだが――」
魔石車は人よりも、馬車よりも速い。
だが、その分操縦が難しい。
曲がる時も、適切なタイミングで、適切な方向へ、
適切な角度で操作しなければならない。
一つでも狂えば道を外れる。
止まる時も、タイミングがズレれば、通り過ぎてしまう。
それらをすべて適切に制御して初めて、使いこなすことができる。
「次に許容だ」
アインさんは俺を見た。
「お前、魔力が多ければ多いほど身体強化も強くなると思うか?」
魔法知識に疎かった俺は素直に頷いた。
「半分正解、半分外れだな」
アインさんは笑う。
「確かに魔力が多けりゃ出力は上がる。だがな――」
魔石車も、魔石を大量に使えば速く走れる。
しかし、速すぎれば乗っている人間が耐えられない。
車体そのものが壊れる場合だってある。
それが物理的な許容。
そしてもう一つ。
「どれだけ速くても、制御できなきゃ意味がねぇ」
操縦できない速度なら、結局出力を落とすしかない。
慣れてない奴は極端に速度を落とさなきゃ扱えない。
それなら、走った方が早い。
「出力だけあっても意味はねぇってことだ」
その言葉を聞いて、愕然とした。
「……それじゃ、俺には無理か」
身体強化を諦めかけた時だった。
「いや、頭使えば方法はある」
アインさんはニヤリと笑った。
「例えば真っ直ぐ走るだけならどうだ?」
障害物もない。
曲がる必要もない。
なら必要なのは加速と停止だけ。
「それに身体の方もな、長時間は無理でも一瞬だけなら耐えられることがある」
つまり。
制御する箇所を限定し。
短時間だけ最大出力を叩き込む。
それなら未熟でも扱える場合がある。
――そして今。
俺はそれを実戦で使っていた。
「はは……すごいな」
カトレアは乾いた笑みを漏らした。
まさか身体強化まで習得しているなんて思わなかった。
だが司令官はすぐに違和感へ気づく。
「だが小僧、お前――」
目を細める。
「その小娘みてぇに、身体強化を維持した戦いはできねぇようだな」
俺は既に身体強化を解除していた。
だが、不敵な笑みを浮かべて言葉を返す。
「一瞬使えれば十分さ」
深く息を吐き。
再び魔力を練り上げる。
「ここから反撃開始だ!」




