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魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
第一章 獣人
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焦燥

 もし勝機があるとするなら。

 まだ気づかれていない今しかない。

 カトレアは息を殺し、短剣を強く握り締めた。

 全身へ魔力を巡らせる。


 身体強化。

 今まで生きてきた中で、間違いなく最高の精度だった。

 身体が羽のように軽い。

 視界が鮮明になる。

 風の流れすら感じ取れそうだった。


「これなら……」


 踏み込もうとした、その瞬間。


「ようやく出てきたなァ、ネズミがぁ!!」


 怒号。

 司令官の視線が真っ直ぐこちらを射抜いた。

 背筋が凍る。

 次の瞬間、凄まじい速度で剣が振り抜かれる。


「っ!?」


 咄嗟に跳んで回避する。

 だが、頬が浅く裂けた。

 速い。

 見えていたのに、避けきれない。


「お前の気配なんざ、とっくに気づいてたわ」


 司令官は下卑た笑みを浮かべた。


「逃げられねぇように芝居してやったら、まんまと釣られやがったな」


 しまった。

 気づかれていた。

 獣人が潜伏していると理解した上で、わざと聞こえるように話していたのだ。

 完全に、相手の方が一枚上手だった。


「小娘ごときが、俺様を殺せると思ったのか?

 甘ぇんだよ!!」


 荒々しく振り下ろされた剣が地面を砕く。

 砕けた岩が飛び散り、衝撃で木々が揺れた。

 まともに受ければ終わる。

 回避だけで精一杯だった。


 しかも、まだ本気ではない。

 遊ばれている。

 それでも実力差は絶望的だった。

 傷一つつけられる気がしない。

 勝てない。

 そんな考えが脳裏をよぎる。

 だが、ハッタリであるならば。


「ああん? 獣人国への侵攻の話か?」


 司令官が嗤う。


「ありゃ全部本当だぜ」


 ぞわっと背筋が粟立つ。

 完全に退路が消えた。

 逃げれば、故郷が滅ぶ。

 母が。

 妹が。

 死ぬ。


 カトレアは短剣を握る手に力を込めた。

 もう、覚悟を決めるしかない。


------------------------------------------------------------


 一方その頃。

 俺は最後の兵士が撤退していくのを確認すると、すぐに反転した。


 拠点へ向かう。

 途中、敗走してくる兵士を見つけるたびに無力化していった。

 大きな魔法は使わない。

 反撃していると気づかれれば、拠点側が警戒を強める。


 《風の刃(エアスラッシュ)

 音もなく放たれたそれが、兵士たちを切り裂いていく。

 気づけば倒れている。

 まさにかまいたちだった。


 俺は数々の兵士たちを薙ぎ払いながら走り続けた。

 やがて、拠点目前まで迫った時。

 一人の兵士が白旗を掲げた。


「降参だぁ……俺ぁもう戦わねぇ」


 地面へ座り込み、大きな欠伸をする。

 警戒はした。

 油断させて追い打ちをかけられるかもしれない。

 だが、その男からは完全に戦意が消えていた。


「腹減ってるし、魔力も空っぽだし、やってられねぇよ……」


 俺は少し考えた後、保存食を放った。


「情報が欲しい」


 男は目を輝かせ、それを一瞬で平らげる。


「うめえ、うめぇ……」


 思えば最初から俺に敵意が無かったように感じる。

 俺は真っ直ぐ男を見た。


「あの黒い砲台はなんだ?」


 男は口を拭いながら答えた。


「あれは魔力圧縮魔術砲なんて大層な名前がついていたなぁ。

 大量の魔力を圧縮して、その反発をぶつける兵器らしい」


 相当に危険な代物だった。

 一歩間違えれば国が吹き飛ぶ。

 まさに兵器だった。


「獣人国の首都にぶっ放す算段だったんだよな、壊れちまったけど」

「……っ」


 やはりヒドラだけでは終わっていなかった。

 同時に理解する。

 カトレアは絶対に撤退しない。

 故郷を守るためなら、命すら投げ出す。

 胸が締め付けられる。

 今すぐ駆け出したい。


 だが、焦るなと自分へ言い聞かせる。

 カトレアを信じろ。

 そうでなければ、彼女に失礼だ。

 俺は拳を握り締め、最後の質問を口にした。


「拠点には、誰が残ってる」


 もう一つ保存食を取り出した。

 男は受け取ると、機嫌良さそうに答える。


「負傷兵と技術者、それと司令官だけだ」

「司令官?」

「あのクソジジイ、強さだけなら化け物だぜ」


 Sランク級に匹敵する実力者。

 国でも随一。

 さらに兵士は続ける。


「あのジジイが身に着けている鎧、対魔法装甲だ。魔法が効きづれぇ」


 すべてにおいて相性が最悪だった。

 俺は唇を噛み締める。

 もう、大切な人を失いたくなかった。

 気付けばその足はカトレアの元に駆け出していた。

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