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魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
第十二章 宗教戦争
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海妖女の歌声

 急いで前線に戻る。


「遅いよロイくん!」


 レウィシアが前線で戦っていた。

 かなり押し切られている。

 信者が怪我人の目と鼻の先まで来ている。


「すまないロイ殿、突破されてしまった」

「ロイさん、頼みます……」


 兵士たちも満身創痍の状況で、気合だけで立っている。

 これ以上戦うのは無理そうだ。

 そうなると海妖女の歌声を発動する余裕がなさそうだった。

 どうやって発動する隙を与えるか考えていると、遠くで爆音が鳴り響く。

 何かが爆発したようだった。


「何が起きた?」


 それに気を取られていると、背後から悲鳴が聞こえる。


「うわあああああ!」


 兵士の一人が悲鳴をあげていた。

 一気に信者が雪崩れ込んでくる。

 しまった、回り込まれていた。


「一か八か。《土円蓋(ダートドーム)》!」


 詠唱すると土の円蓋が展開し、俺たちの周囲を囲む。

 信者が突進するが、円蓋が抑え込む。


「助かった……」


 ひとまずは持ち堪えている。

 だがゆっくりとひびが入っている。

 長くはもちそうにもない。


「シア!頼みがある」

「ロイくんの頼みなら何でも!」


 心強い返答だった。

 シアに耳打ちする。


「了解だよ、ロイくんは私が守るよ」

「我々も援護いたします!」


 シアに続いて兵士の方々も立ち上がってくれた。

 円蓋が崩れ落ちる寸前。


「《変身魔術》!」


 俺の身体がゆっくりと形を変えていく。

 髪の毛は伸び、骨格が変わり、胸が大きくなる。

 そして最終的に女性の身体へと変化した。


「えっ!?」

「なっ!?」


 俺の姿の変化を見た人々が素っ頓狂な声を上げる。

 シアも目を丸くしている。

 この姿を知っているのは海巫女くらいなものだ。


「みんな!壁が突破されるよ!」


 声色にみんな驚くがすぐに前を見据える。

 崩れた隙間から信者が顔を覗かせる。


「行きます!《海妖女(セイレーン)の歌声》」


 俺は聖の魔力を込めて歌う。

 制約で丸一日その魔力が使えなくなるが、元より聖の魔法が使えないためリスクはない。

 懸念点が一つあるとすれば、聖の魔力は潤沢にあるわけではない。

 少量でも効果があるか、それだけが不確定要素だった。

 戦場に歌声が響き渡る。

 一人、また一人と信者たちが動きを止めて聴き入る。


「この歌……」

「心が洗われるようだ……」


 負傷した兵士たちも安らかな表情を浮かべる。

 先ほどまで苦しんでいた人たちも落ち着き始めた。

 厄災の時に使用した慈愛と祝福に似ているが、こちらはその簡易版。

 効果はあそこまで強力ではないだろう。

 怪我が治っているわけでもない。

 ただ安らぎが与えられている。

 だが、それでも効果はあった。

 信者たちが攻撃を止め、祈りを捧げ始める。

 洗脳が解け始めている。


「すごい綺麗な歌声……」


 シアも目の前の信者が動きを止めたのを確認して、耳を澄ます。

 そして俺の歌に自身の声を重ねる。

 歌は重唱になり、音に深みが増す。

 この曲は修道院で歌われる祈りの歌。

 俺とシアの歌が風に乗り、遠くまで届く。

 戦っている者はもはや誰もいなくなった。


-----------------------------------------------------------


 歌が響き渡る少し前。


 お互い肩で息をしている。

 どちらも長くは戦えないだろう。


「お互い出し惜しみは無しだぜ」

「二振りと言わず、一振りで終わらせる!」


 お互い構えの姿勢で睨み合う。

 出方を窺うように、まだ動かない。

 仕掛けようと足を引いた時、相手も同じく足を引く。

 そして動くと同時に相手も動く。


「剣技――白炎!」


 あたしの剣を纏う魔力の炎が黄色から白へと変わる。

 纏う魔力も大幅に増加する。


「剣技――桜演舞 第四幕!」


 彼女も舞うような動きを見せる。

 先ほどとは異なり、ゆっくりと小さな動き。

 いや違う、あまりにも速すぎてゆっくりに見えているだけだ。


「いけぇ!」

「せい!」


 剣が重なった瞬間、腕の骨が砕けそうに思うほどの重さを感じた。

 白炎の力もあって何とか互角になっている。

 彼女もあたしの剣技の威力に驚いているように見える。

 あたしたちの実力は完全に拮抗している。


「やるな!この剣じゃなきゃ腕が再起不能になってたよ」

「そっちこそ!私の腕もすごいしびれてる」


 握力が無くなり始めている。

 本当に次で最後のようだ。


「ねぇ、アネモネちゃん。

 どうして私のことを名前で呼んでくれないの?」


 最後の一振りに備えていたところで、思いも寄らない質問が飛んでくる。


「ああ……それは……」


 彼女が負傷した戦いの日、珍しくあたしは彼女に会いに行った。

 そして出撃する直前に彼女の名前を呼んだ。

 結果、彼女は脚を失って帰ってきた。

 あたしが名前を呼んだのが理由ではないことくらいわかっている。

 だが、彼女の名前を口にするとあの日のことで自分を責めそうになる。

 もしあたしが会いに行かなければ、名前を呼ばなければ。

 運命は変わっていたのかもしれない。

 そう思い込んでしまって、名前を呼べなかった。


「どうせあの日、名前を呼んだことを後悔してるんでしょ?

 普段名前を呼ばなかったのに、あの日に限って珍しく名前で呼んでくれて嬉しかったんだよ?

 それに、負傷したのもあたしの力不足。

 アネモネちゃんの非なんて一切ないよ」

「で、でも……」


 あたしだって、考えすぎだってわかっている。

 でも、そう簡単に割り切れる問題ではなかった。


「あーもう!昔みたいにあたしは悪くない!弱いお前らが悪いって傲慢になりなよ。

 アネモネちゃんは気づいていないかもしれないけど、無意識に力を抑えてるよ」

「そんなはずは……」


 全力で戦っている、手なんて抜いていない。

 だが本当にそうだろうか、自分が信じられなくなってきた。


「そんな状態なら私には絶対勝てないね。

 あなたを倒したら、あなたの大事なレウィシアちゃんと、それとロイくんだっけ?

 殺しちゃおうかな?」


 その一言で頭が真っ白になった。

 そして、時間差で怒りが湧いてきた。

 シアとロイを殺すだって?

 許せるはずがない。

 たとえ親友であったとしてもその言葉は看過できない。


「やってみろ!あたしに勝てる?寝言は寝て言え!」

「やっと本気になったみたいだね!」


 今あたしの中には彼女に対する気遣いは一切ない。

 殺しに行くつもりで斬る。


「行くぞ!剣技――蒼炎!!!!」


 剣を纏う魔力の炎が白から蒼へと変わる。

 これが今のあたしの最大出力。


「剣技――桜演舞 最終幕」


 彼女の剣にも魔力が纏われる。

 残るすべての力を出し尽くす勢いだった。


「覚悟しろ!」

「そっちこそ!」


 剣同士がぶつかる。

 魔力の衝突で爆発が起こる。

 ものすごく重い攻撃に、少しずつ押し切られていく。

 だが。


「負けてたまるか!!!」


 残るすべての魔力をさらに剣に込める。

 蒼い炎は白蒼色へとさらに変化する。


「くっ……まだ力が残されてるの!?

 押し切られる!!!」


 少しずつあたしの剣が彼女の剣を押し込んでいく。

 そのまま魔力ごと彼女の剣を斬る。


「そんな……私が、私が負けるなんて!」


 彼女の剣の刃が、粉々に砕け散った。

 その勢いで彼女ごと吹き飛ぶ。


「はぁ……はぁ……」

「完敗だよ。

 ごめんねアネモネちゃん。

 レウィシアちゃんとロイくんの名前を出しちゃって。

 そうでもしないとずっと私への罪悪感を抱えたままになると思ったから」


 倒れた彼女が語りかけてくる。

 わかっていた、彼女の性格上誰かを傷つけるようなことは絶対に言わないし、しないと。


「やっぱりアネモネちゃんは強いね。

 私は剣を諦めるよ」


 彼女は泣いている。

 悔しさと、申し訳なさと悲しさが混ざったような表情だった。

 あたしの目にも気付けば涙が流れていた。


「悔いはないよ。

 最後にアネモネちゃんと戦えてよかった」

「ああ、あたしもオウカと戦えたことを誇りに思うよ」


 遠くから歌声が聞こえる。

 心が安らぐようなそんな歌だった。


「ようやく……名前を呼んでくれたね」


 彼女は微笑んだ後、意識が落ちていった。

 あたしももう限界だった。

 彼女の隣に倒れ込む。

 そして手を握ったまま、あたしの意識も落ちていった。

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