油断
目の前には最愛の孫と同じ姿をしたお姉の姿。
受け入れたくはない事実だった。
だが実際に器の形はアンジェと寸分の狂いもなく一致している。
そして、その器が発するその声までもが同じであった。
ただ違うものとして、中に宿っている魂の形と、聖に混じる忌の魔力。
その二つだけが何とか異なる存在であることを証明していた。
「いいわねぇ、若い子の身体は。
それにこの聖の魔力。
なんて素晴らしいのでしょう」
魂が値を伸ばし、器に順応していく。
聖と忌の相反する魔力の反発が、力へと変換されている。
その力はとても強大なものだった。
「アンジェの身体から離れろ!」
盲巫女の力で自身の腕を霊体化する。
そして、アンジェの身体から姉の魂を引きはがそうとした。
だが。
「無駄よ」
聖の魔力が魂を掴み、引きはがせない。
さらに忌の魔力による反撃で腕を弾き返される。
「霊体と魔力がリンクして引きはがせないか……」
このまま引きはがせれば楽だったが、そうもいかなかった。
かくなるうえは、器を破壊するしかない。
「天魔法!《破魔の矢》」
自分の腕に光の弓を具現化させる。
そして聖の魔力を込めた矢を射る。
「こんな矢くらい防いで見せるわ」
お姉は忌の魔力で障壁を展開する。
「この矢は邪悪な魔力の特効魔法。
穢や忌の魔力では防げない!」
障壁を矢が貫く。
そのまま器まで届く。
「ああああああっ!」
アンジェの器に矢が刺さる。
その瞬間、器は崩れ落ちて塵芥へと変わっていく。
「すまん、アンジェ……」
アンジェに対して謝罪する。
いくら魂は別とはいえ、やはりアンジェの器に手をかけたことには変わらない。
器は崩れ去る様子は見ていて気持ちの良いものではない。
「さて、信者たちの洗脳を解かなければ……」
踵を返して地上へと戻ろうとしたその時。
背中に鋭い痛みが走る。
「かはっ……」
口から血が零れ落ちる。
背中から槍で貫かれていた。
臓器まで達しているようだ。
傷口が熱を持つ。
「あーあ、油断したねぇ。
愛する孫の器が朽ちるところを見たくなかったのかな?
目を背けるから悪いのよ」
勝ちを確信してしまったこと。
それとお姉に言われた通り、目を背けてしまった。
アンジェの器が朽ちるところを見たくなかった。
それが命取りとなってしまった。
隙を一番見せやすいのは勝ちを確信した瞬間なのだから。
「何故……無事なのだ……」
「リィンカーネーションで復元した身体は魔力により一瞬で修復されるの。
倒したければ魂か魔力をどうにかするしかないのよ」
身体をいくらバラバラにしても修復する。
物理的にはどうやっても倒すことができない。
「それであれば器ごと……黄泉へ送り返すまで……。
天魔法……《黄泉葬送》」
盲巫女の目の力により黄泉へ繋がる入口をこじ開ける魔法。
その裂け目からはブラックホールのように物体を吸引する。
「へぇ……確かにこの方法なら復活することなく私のことを倒せるけど。
果たしてうまくいくかな?」
忌の魔力が現世にしがみつくように根を張る。
吸引に耐えられてしまっている。
「私を黄泉へ送る前に、お前が黄泉へ旅立つ方が先だ」
臓器の損傷、大量の出血、激しい痛み。
そのどれもが魔力の制御の邪魔をする。
意識が遠くなっていく。
「アンジェを冒涜するお姉を許すわけにはいかないんだ!」
残る力を振り絞って、魔力をさらに込める。
吸引する力が高まる。
「さすが盲巫女と言ったところかしらね。
このままでは私も耐えられない」
言葉に反してお姉は余裕を見せている。
そして。
「もう終わりにしてあげる」
「うっ……」
お姉が忌の魔力を礫にして撃ち出した物に心臓を貫かれた。
完全に身体の自由が利かなくなる。
「ざまあないわね盲巫女。
のうのうと生きているから戦いの勘が鈍るのよ。
お前の代わりに新たな盲巫女としてこの世界を統べてあげるわ」
反論しようにも声が出ない。
抵抗しようにも身体が動かない。
これで終わりなのか……。
薄れゆく意識の中、お姉に見えないようにこっそりと魔法陣を残す。
そして描き切ったと同時に意識を失った。
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あたしはしばらく動けなかった。
目の前に佇む義足の騎士。
あたしの一番の親友であり、騎士学校でのライバル。
戦争で片脚を失ってからは、食堂で働いていたはず。
そんな彼女が何故ここにいる?
「どうして……どうしてそこにいるんだ」
「どうしてって盲巫女様に失った脚を治してもらえたのよ。
だから入信したの。
再び戦場に立てるなんて夢みたい」
言っている意味がわからなかった。
彼女の片脚は義足であり、とても治っているようには見えなかった。
話の途中で国軍が彼女に攻撃をしかけたが簡単に返り討ちにしていた。
「長らく自分の脚で動いていなかったから慣れていないのかな」
動きは覚束なかった。
だが、剣技そのものは全盛期以上のキレを見せている。
「やっぱり戦場はいいね。
ようやく生きているって実感できる」
彼女は楽しそうな表情をしている。
その表情を最後に見たのは、負傷する前の出兵の時以来だった。
「そういうことか」
恐らく彼女は戦場に立つことを諦めきれないでいたのだ。
食堂で騎士学校の生徒を見るたびに少しずつその気持ちが強くなったのだろう。
それで、藁にも縋る思いで宗教に飛び込んだ。
甘い言葉に騙されて今ここにいるということだろう。
「ネモ……」
カトレアが心配してくれている。
それを見て少し冷静さが戻ってきた。
彼女を救うためにも全力で相手をしなくてはいけない。
「カトレア。
彼女はあたしに任せてくれないか?」
「わかった」
カトレアには周囲の兵士の対応に向かってもらった。
あたしは落とした剣を拾い上げる。
「あたしが目を覚まさせてやる!」
「アネモネちゃんに勝って、私が一番だって証明してあげるわ」
親友と学生以来に剣を交える。
心配こそすれど、心は彼女と戦えることを待ちわびていたようだった。




