盲巫女
店に引き返して、声をかけたい気持ちを抑える。
不審者と間違えられかねない。
一瞬見えた服装が修道院の修道服だった。
それであれば日を改めて修道院に出向くべきだろう。
礼儀を欠く真似はしたくなかった。
翌日。
修道院に足を運んだ。
ここは三大巫女の一人、盲巫女が運営している場所だ。
礼拝堂では、信徒たちが祈りを捧げている。
その視線の先に、一体の像があった。
「この像……エルフじゃないか?」
尖った耳に、整った顔立ち。
魔人族にも耳の尖った者はいるが、これは違う。
ルナと同じ、エルフの特徴だ。
だが、どうしてエルフの像がここにある?
エルフは忘却魔法によって、存在そのものを世界から消されているはずだ。
それなのに、なぜこの修道院にはエルフの像があるのだろう。
「とはいえ、名前も知らない相手のアポの取り方がわからないぞ……」
おそらく昨日の人物はアンジェさん本人ではない。
名前も知らない相手に、どう接触すればいいのかわからないでいた。
その時、見知った顔に声をかけられる。
「あれ?ロイくん。
ギルドの依頼かな?」
修道服を身に纏ったシアだった。
「シア!?どうしてここに?」
予想外の人物との邂逅に驚きの声を上げてしまう。
「それはこっちの台詞だよ。
私は回復師だからね、たまに修道院にお手伝いに来てるんだ」
修道院では、病院にかかれない貧しい人たちに簡単な治療を施しているらしい。
シアも回復師として、その手伝いをしているそうだ。
「実は、過去にお世話になった方がいて、伝えたいことがあるんだ。
最近になって修道院にいることがわかったから」
嘘はついていない。
だが、アンジェさんと赤の他人だった場合のことを考えた理由付けにした。
「そうなんだ、名前は何って言う方?」
名前はわからなかった。
そこで俺は見た目の特徴を伝える。
「あー、多分プリムさんだね。
呼んでくるよ」
しばらくするとシアが、女性を連れてきた。
改めて見てもアンジェさんにそっくりだった。
俺は軽く自己紹介をする。
「俺はロイと言います。
……この名前に、聞き覚えはありますか?」
過去にお世話になったという理由で呼んでもらっている。
だから、自分のことを知っているか聞く形で自己紹介をした。
「あなたのことは存じ上げませんが、その名前は私の亡くなった兄と同じ名前です」
表情に影が差したように見えた。
アンジェさんの妹である可能性は高いだろう。
アンジェさんから頂いたこの名前は、アンジェさんの弟の名前だと聞いている。
ただ、プリムさんの兄がその人物と同一人物だとはまだ限らない。
確定させるため、追加で質問する。
「アンジェという名前に心当たりはありますか?」
「ええ、私の姉です。長らく会っていないのでどこで何しているのかわかりませんが……」
プリムさんは心配そうな表情を浮かべた。
おそらくソルヌでのことを知らないのだろう。
知らせるべきだと思った。
知らせないまま帰ることはできない。
「ソルヌという町の冒険者ギルドで、アンジェさんに生前お世話になった者です」
「生前って……もしかして私の姉は……」
「はい、亡くなられております」
「そんな……」
プリムさんは崩れ落ちると涙を流す。
シアがプリムさんを慰めるように肩を叩く。
その光景を見るのは辛かった。
もしかしたら知らないままの方が良かったのかもしれないと思えてしまう。
だが、故人を偲ぶことは残された者にできる供養とされている。
俺とシアはプリムさんが落ち着くまで寄り添う。
「すみません、お恥ずかしいところをお見せしました」
しばらくして、プリムさんはようやく落ち着きを取り戻した。
悲しみは残っているものの、先ほどよりも穏やかな表情になっている。
「わざわざお伝えいただきありがとうございます。
ご紹介遅れました、私はプリム・リリーネと申します」
プリムさんが頭を下げる。
「俺の本当の名前はありません。
ロイという名前は、アンジェさんから頂きました。
弟、いえあなたの兄の名前から取ったものと聞いております」
「そうなんですね」
「そうなんだ!?」
プリムさんとシアが驚いた表情をする。
その後、アンジェさんにお世話になった話をした。
プリムさんも姉のことを誇らしげに語っている。
シアも負けじとネモについての自慢を始める。
楽しい時間だった。
しばらく時間を忘れて談笑していると。
「おや、プリムさんにレウィシアさん。
楽しそうに何の話をされているのかな?
それにその殿方は一体?」
白銀のマスクのようなヴェールをつけたブロンドヘアの女性が歩いてきた。
プリムさんとシアが背筋を伸ばす。
「「も、盲巫女様!」」
どうやら彼女が盲巫女らしい。
姫巫女や海巫女のように幼い容姿をしている。
目元は確認できないが、髪色や雰囲気はアンジェさんとプリムさんに似ていた。
「俺はアンジェさん――プリムさんの姉にお世話になった者です。
この度は訃報をお伝えに伺った次第です」
「そうか、アンジェも逝ってしまったか」
盲巫女にとってもアンジェさんは大事な人のようだった。
「じゃあロイくん、私先に帰るから」
「……ロイだと?」
「あ、ちょっとシア!」
ロイという名前にも盲巫女は反応した。
アンジェさんやプリムさんと、何か関係があるのだろうか。
「ロイ殿とはゆっくりお話しさせてもらいたいね。
いろいろと聞きたいことがあるんだ」
盲巫女に凄まれて、俺も背筋が伸びる。
目が隠れているはずにも関わらず、ヴェールの下から睨まれているように感じてしまう。
プリムさんに助けを求めるように視線を移すと、既にいなくなっていた。
「そうか、問題ないか~」
盲巫女は返答を待たず、俺の手を掴んで引っ張っていく。
つくづく自分は巫女に縁がある。
連れていかれる間、何を聞かれるか気が気じゃなかった。




