↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
第十章 竜人国の厄災
112/143

正の感情

 結界の外。

 ロイは負の感情に飲み込まれかけていた。


「どうする?封印しちゃう?」


 海巫女がそっけなく聞いてくる。

 彼女は彼に深い思い入れはない。

 目的を果たせればそれでよかった。


「いや、まだ完全に取り込まれておらん。

 あの量の負の感情だ、そう簡単にいくまい」


 わらわは彼を信じている。

 彼が封印されるとき、契約を結ぶ自分も一緒に封じられる。

 もちろん、それは望むことではない。


 だが、それだけが理由ではない。

 一度自分も厄災に取り込まれ封印されている。

 その時に無数の負の感情が流れ込んできた。

 あの耐えがたい経験を、今まさに彼は味わっている。

 孤独に負の感情と戦っている。

 彼が完全に負の感情に堕ちてしまうまでは、信じていたかった。


 その時、ふと肌を包み込む温かさを感じた。


「なんじゃ、この温かさは」


 周囲を見渡すと、誰も彼もが必死に祈りを捧げていた。

 国のため頑張る人への応援、そして大切な人の無事を祈る気持ち。

 人々の祈りが重なり合い、一つの流れとなる。

 それは正の感情の魔力だった。


「そうか、その手があったか」


 わらわの中で一つの道筋が見えた。

 これならば、負の感情に打ち勝てるかもしれない。


「すまん、アイリス!

 少しだけお主の魔力の出力を上げてくれ」


-----------------------------------------------------------


 俺はいろいろな過去を見せられていた。


 両親に捨てられた後、ゴミを漁り凌いでいた日々。

 パンを盗み、店主に捕まり殴打されたこと。

 せっかく見つけた残飯を、力づくで奪われたこと。

 思い出したくもない記憶だった。


 生き延びることができたのも、人間国が栄えていたからだ。

 大量の食事を平気で捨てるような、贅沢な暮らしをする家が多かった。

 貧しい国であったり、食べ物を粗末にするようなことがなければ、

 俺は次の誕生日を迎える前に死んでいただろう。


「皮肉なもんだよな」


 人間国に生まれたからこそ捨てられた。

 だが、人間国にいたからこそ生き延びられた。


 そして再び時が進み、人間国で戦争が始まる。

 魔人国との戦争。

 兵士に捕まり、魔物の森に連れて来られた。

 その時の兵士と、指揮官に今は心当たりがあった。


「あいつらだったのか……」


 俺を肉壁にした兵士は、人間国内の内戦でネモとカトレアが戦った現体制派の隊長だった。

 そして腕を組み嗤う指揮官は、ヴァントで戦ったあの司令官だった。

 思わぬ形で因縁の再会を果たしていた。


「ここで俺は死ぬ……」


 森の最深部に近づいた時、一斉に魔人国の兵士から奇襲を受けた。

 四方八方から放たれる攻撃を搔い潜りながら出口へ走る。

 その時、死角から魔人国の兵士が放った魔法の矢に俺の身体が貫かれた。


「なんだ身体強化すら使えないのか、本当にただの肉の壁だったな」


 兵士は見下すように俺を見ると、冷たく言い放つ。

 すぐに興味をなくして、走って行った。


 俺の周囲には血だまりができる。

 身体は動かない。

 意識が朦朧としているが、なかなか絶命できない。


「どうして、俺ばっかりこんな目に遭わなきゃならないんだ!」


 大声で叫んだつもりだったが、蚊の鳴くようなか細い声だった。

 長い間苦しんだ末、ようやく事切れる。

 そこで記憶が途切れる。


「本当に嫌な記憶だった」


 冷や汗が止まらない。

 動悸も激しい。

 自分の中の負の感情がどんどん増大していくのを感じた。

 その時、一瞬負の感情の一部が俺の身体から離れた。


「どういうことだ……?」


 何故負の感情が苦しみ出したのか理解できなかった。

 必死に脳を回転させて答えを探す。

 そこで一つに仮説が思い浮かんだ。


 魔法の矢に貫かれ絶命した後、俺は死後の世界で神に出会った。

 そこで理不尽な理由を告げられ、お詫びに再びこの地へ転生した。

 その記憶に触れようとしたのだろう。

 だが、死後の世界、神との会話などこの世の理に反する出来事だ。

 この世のものが触れられるものではない。

 それが強烈なノイズとなって拒絶を起こしたのだろう。


 身体を覆っていた負の感情が一部離れていったことで、心の中のもやが少し晴れたようだった。

 それにより、少しだけ冷静さを取り戻した。


「危なかった……このままだったら間違いなく負の感情に飲まれていた」


 そして人身御供として負の感情を受け入れ、ともに封印されていただろう。

 だが、一切油断はできなかった。

 次また、負の感情に入り込まれたら、今度こそ完全に飲まれる。

 それに、まだ目的は果たせていない。

 そればかりか時間を無駄に浪費してしまっている。

 絶体絶命の状況に変わりはなかった。


 その時、誰かの声が聞こえた。


「……聞こえるか、わらわじゃ。

 あまり時間が取れんから手短に要件を話すぞ」


 先々代姫巫女の声だった。

 結界の外を見ると、その姿を確認できた。

 だが、目を閉じて口を動かしてはいない。

 直接頭の中に語り掛けているのだろうか。


「聞こえる、何があった?」


 先々代姫巫女は答えない。

 あくまで受信のみで発信はできないようだった。


「お主の中に、正の感情を注入する。

 それで一時的に負の感情に耐性がつき、お主の中の負の感情も消えるじゃろう。

 じゃが、もって五秒、いや多く見積もって十秒が限界じゃ」


 正の感情。

 喜びや安らぎ、心地よさ、そして愛。

 負の感情とは対をなすもの。

 それを注入するというのだ。


「わらわはお主を信じておる。

 絶対無事戻ってくるんじゃぞ」


 その言葉を最後に声は聞こえなくなった。

 だが、それで十分だった。

 希望を見出すことができたからだ。


 俺の中にゆっくりと温かい魔力が流れてくる。

 ならば、やるべきことは一つ。

 足元に落ちた刀を拾い上げる。

 再び俺は前を向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。