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魔法を願った少年  作者: 彩音りあ
第十章 竜人国の厄災
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心の奥底に眠るもの

 俺は魔力を視る眼を開眼した。

 少しずつ魔力が視覚的に鮮明になっていく。


「何だこれは……」


 あまりの異様さに俺は目を疑った。

 中心にある魔導回路そのものは、人間のものとよく似ていた。

 おそらく、世界樹の実を食べた人物のものなのだろう。


 だが、魔力の線が無数に存在しており、一本一本に無数の異物が絡みついている。

 あまりにも大量に絡みついているため、柱かと思うほどに厚みがある。

 目を凝らすと、その異物は人だった。

 いや、負の感情が具現化して人の形になったのだ。


「これは確かに骨が折れそうだ」


 絡みついた負の感情を払い除け、大元の魔力を切断する。

 おそらくそれが俺のすべきことだ。


 俺は懐から刀を取り出す。

 これは姫巫女の一族より代々伝承されてきた宝具の中の一つ。

 特別な魔力を付与しても壊れることはない。

 特別な魔力というのは封の魔力である。

 姫巫女だけが扱えるものだ。

 先々代姫巫女によって刀に付与されている。

 そのおかげで実体のない物を斬ることができる。


「頼むから終わってくれよ」


 俺は刀を振り下ろす。

 擬人化した負の感情が人のものとは思えない悲鳴を上げる。

 思わず耳を塞ぎたくなるような不快な音だった。


 表面に付着した負の感情は、簡単に取り除くことができている。

 刀を振り下ろすたび、悲鳴が鳴り響いた。

 手を休めることなく、ひたすらに刀を振り続ける。


「みんなを守るためだ、気合入れていくぞ!」


 だが、魔力に近づくほど、付着したものが斬れなくなっている。

 手ごたえが次第になくなっていき、強く力を入れなければ刃が沈んでいかない。

 魔力は尽きることはないが、心の方はそうもいかない。

 途方もない作業の繰り返しに、心が折れそうになった。


「どうなってんだよ!いつまでやらなきゃならないんだよ!」


 苛立ちが隠せなくなってきた。

 みんなのためという思いだけで気力を保っていたが、耐えられなくなってきた。

 ただでさえ不快な悲鳴を聞き続けている。

 それに、負の感情とはいえ、人の形をしたものを斬っていくのはしんどいものがある。

 さらにはいつ終わるかわからない状況で、時間が迫る焦燥感。

 冷静でいる方が難しかった。


「あー!!!とっとと消え失せろ!!!」


 怒号を上げながら、刀を振り回す。

 刃が入らずに中途半端に斬れた感情が飛び散る。


「うわぁ!」


 それを思い切り顔に浴びてしまった。

 その瞬間、おぞましいほどの悪寒が身体中を駆け巡る。

 負の感情が流れ込んできている。

 付着していた負の感情たちも一斉に俺に向かって飛び掛かってきた。


「やめっ!」


 俺は必死で払い除けようと刀を振る。

 だが、あまりの量に払いきれない。

 抵抗虚しく、負の感情に飲み込まれた。


 目を覚ますと、見慣れた場所にいた。


「ここはまさか……」


 俺の生まれた家。

 六歳で捨てられるまで住んでいた場所だった。


 今の俺は実体がない。

 物に触れることもできず、動くこともできない。

 だが、意識だけが宙に浮いている状態だった。


「まさかうちの息子に魔法の適性がないなんて」

「出来損ないにも程がある」


 母と父の声が聞こえる。

 おそらく、生まれてすぐに俺に魔法の適性がないことが判明した時の会話だろう。


「どうします?殺しますか?」

「いや、出生の事実は残っている。

 いくら魔法の適性が無いとはいえ、殺せば体裁が悪い」

「じゃあ六歳まで育てるしかないわね」

「見るのも嫌だが仕方あるまい」


 明らかに自分の子供についての会話ではなかった。

 気にならなくなったつもりであったが、実際目の当たりにすると辛いものがある。

 目を背けることも、耳を塞ぐこともできない。

 両親の会話が終わると時が流れ始め、場面が転換する。


「お母さま、本を読んでいただけますでしょうか」


 おっかなびっくりで、母の顔色を窺う、若き日の自分がいた。

 魔導書を手に持っている。


「あなたに必要ないわ」


 そう言って母は魔導書を持つ手を思い切りはたいた。


「痛っ!」


 痛みで顔をしかめた幼い頃の俺に対して母は。


「私の目の前から消えなさい。

 じゃないともっと殴るわよ」

「はい……お母さま」


 足早に母の元を去っていった。

 そして自分の寝室に逃げ込んだ。


 改めて見ても酷い部屋だった。

 床に藁が敷かれただけの場所に布団があるだけの場所。

 寝室とは名ばかりの物置か、それこそ独房だった。

 食事も傷む前の古びたパンに残飯で作ったスープ。

 とても成長期の子供に与える食事ではなかった。


「どうして僕は愛されないのでしょうか……」


 埃まみれのボロ布でできた布団に潜って、泣いていた。

 ひとしきり泣いた後、幼き頃の俺は、壁に何かを描き始めた。


「僕もいつか魔法が使えたらな」


 魔法陣だった。

 形を見たが、俺の知る魔法のものではなかった。

 いや、そもそも存在する魔法のものかも怪しい。

 おそらく父の書斎か何かに忍び込んで盗み見た魔導書のものを、

 見よう見まねで描いたのだろう。

 だが、不思議とその形が脳裏から離れなかった。


「お父さまのような、すごい魔術師になって、みんなの役に立ちたい」


 手を休めることなく、無心で描き続ける。

 現実逃避なのかもしれない。

 だが、少なくとも幼い頃の俺にとって、唯一の楽しい時間だったのだろう。


「やった完成したぞ、僕のオリジナル魔法陣!」


 魔法陣が出来上がっていた。

 その魔法陣に念じるように手を翳す。


「ぐぬぬ……魔力……魔力……」


 存在しない魔法陣にいくら魔力を流しても魔法にはならない。

 どれだけ頑張っても、幼い俺には魔法を発動できるほどの魔力などなかった。


「ダメだ……やっぱり発動しないや。

 僕が考えた、みんなの心を癒す魔法。

 研究で疲れているお父さまとお母さまに元気になって欲しいんだけどな」


 両親に愛されていないと気付いていながらも、健気に両親を思う幼き自分が見ていて辛かった。

 そして数日後、六歳の誕生日に、山へ捨てられることになる。


 時が流れ、再び場面が切り替わる。


「待って!お父さま!お母さま!置いていかないで!」


 泣きながら必死で両親を追いかける。

 だが、その声を気に留めることもなく、両親は足早に去っていった。


「痛っ!」


 足場が悪く、幼い頃の俺は転んでしまう。

 完全に両親を見失ってしまっていた。


「お父さま!お母さま!どうして……」


 その声も虚しく、虚空へ消えた。

 六歳の誕生日、俺は人間国の僻地であるロストへ置き去りにされた。


 再び意識を取り戻すと、結界の中にいた。

 元の世界へと戻ってきていた。

 だが、俺の身体は負の感情の魔力に取り込まれてしまっている。

 先ほどまで見せつけられた過去はおそらく、負の感情によって呼び起こされた奥底の記憶。

 俺の中に残された負の部分だろう。


「ああ、うまくいかなかったのか」


 その瞬間、心が冷え切るのを感じた。

 なんだか、どうでも良くなってきた。

 両親に対する怒りが沸々とわいてきた。

 だが、既に両親は死んでいる。

 行き場のない怒りが、世界そのものを憎み始めた。


 このまま感情に身を任せてもよいかもしれない。

 そう思えるのだった。

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