姫巫女の使命
「まず厄災とは何かについて」
先々代姫巫女が重々しく口を開いた。
「人々から集められた負の感情。
その集合体。
ゆえに実体をもたない」
その言葉でイメージしたのが瘴気の根源だった。
あれも実体を持たない、怨嗟の集合体。
「竜人国がまだ小国だった時代。
エルフの国の世界樹の実を持ち帰った者がいてな。
その実を食べた者は力をつけ、今の王国まで押し上げたという」
「エルフの国……」
遠い遠い昔話。
エルフの国という言葉で相当昔なのが分かる。
「じゃが、そのような力に代償がないはずがない。
人々の負の感情そのものを取り込み、暴走し始めた。
その強大さゆえ、国が滅亡する直前まで追い込まれた」
これが竜人国が厄災を恐れる理由。
「それを封印したのが初代姫巫女じゃな。
それでも完全に封印することはできなかった。
少しずつ漏れ出して、半世紀周期ごとに分身体となり、猛威を振るっておる」
五十年に一度の厄災。
それは過去の封印しきれなかったものによりもたらされている。
「姫巫女たちはその分身体を封印する役目というわけか」
「そうじゃな。初代姫巫女の直系の血筋だけが姫巫女の力を受け継ぎ、封印してきた」
姫巫女についての役割については理解した。
だが、そうなると疑問が浮かぶ。
「疑問があるのだが、聞かせて欲しい。
どうして先々代の姫巫女はヒドラになったんだ?」
目の前にいる白髪の少女はヒドラの人間態である。
今までの話とヒドラは結び付かない。
「血というものは受け継がれるごとに薄まっていくものじゃ。
わらわ一人では分身体すら封印する力はなかった。
結果としてわらわ自身を人身御供として捧げることで鎮められたのじゃ」
分身体は人々の脅威となる姿として具現化する。
先々代巫女の時はヒドラの姿をしていた。
ヒドラに取り込まれる形で封印されたという経緯だった。
一般的なヒドラとは異なる、変異種ヒドラだった理由も判明した。
「じゃあ、姫巫女の子供を竜人国が血眼になって探す理由は……」
「十中八九、わらわのように人身御供とするためじゃな」
血の気が引いた。
絶対に竜人国に渡すわけにはいかなくなった。
だが、そうなると新たな疑問が生まれた。
「先々代姫巫女としての見解を聞かせて欲しい。
現姫巫女が命をかけて子供を逃がすために命を落とした。
この行動に説明がつかない」
命をかけるのであれば自分が人身御供になれば良いのではないか。
我が子を愛するからこそ、その行動の不可解さが際立つ。
「わらわの頃には既に、一人で封印する力は失われておった。
そこでいつしか、姫巫女は実の子を食らい、その魔力を取り込むようになった。
わらわは子に恵まれなかったから例外じゃがな……」
残酷な話だった。
だが、姫巫女の行動については理解できた。
例え、使命に背き、国を敵に回してでも、我が子を守りたかった。
そんな真の母の愛情を確かに感じ取った。
「リンちゃんを救う方法はないのか?」
だが、救うとなれば竜人国が滅亡してしまう。
それでもリンちゃんを失いたくはなかった。
「お主にとって、保護しただけの存在じゃろ。
どうしてそこまで肩入れするのじゃ?」
白髪の少女が俺に問いかける。
「もうリンちゃんは俺たちの大事な家族だ。
それ以外に理由は必要か?」
俺が答えると白髪の少女は軽く微笑んだ。
「そうか……。
わらわも可愛い末裔を見捨てるわけにはいかんのう」
白髪の少女は一転、緩ませた表情を引き締める。
「そうじゃな――」
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その頃、竜人国では。
「宰相閣下!黒髪の少年の正体がわかりました。
ロイという冒険者であります」
その名前を聞いたことがある。
人間国での内戦では宮廷魔術師を倒し、現国王の懐刀と呼ばれている人物。
相当の手練れだった。
「どうしてそんな人物が」
姫巫女の子を保護したのだろうか。
気まぐれか、何か理由があるのか。
「返還の要求を出すしかないか……」
まずは話し合うしかない。
だが、ギルド経由で捜索依頼を出しても反応が無かったことを考えると、返還に応じない可能性がある。
「その少年がどこにいるかは聞けたか?」
「いえ、獣人国ギルドより回答があったのですが、彼らの所在は不明とのことでした」
応じなかった時のことを考えると頭が痛い。
「あー、何って書けばいいか……」
書面を考えるのもしんどかった。
それに、要求に応じなかった場合についても考えなくてはならない。
「厄災の件が終わったら、辞職するか……」
心労で気が滅入ってしまっていた。
無事解決することを祈るしかない。
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「これだけ探しても手がかりがないのか!」
姫巫女の弟は各所を駆け回っていた。
黒髪の少年の名前がロイということは掴んでいる。
だが、所在が一切不明だった。
「奴らも名前は把握してるだろうな」
獣人国ギルドに所属しているという情報が得られている。
奴らも獣人国ギルドに問い合わせはしているはずだ。
「我からできることはこれくらいか」
獣人国ギルド宛に書面を残す以外に方法が無い。
「すまぬ、そこのお嬢さん」
「はい、なんでしょうか?」
獣人国ギルドの受付嬢に声をかける。
「ロイという少年か、その身内がギルドに来た時に手紙を渡して頂けないだろうか」
「いいですよ!」
受付嬢は快く引き受けてくれた。
おそらく竜人国の関係者として見られただけなのだろう。
特に警戒される様子はなかった。
「確かに預かりました!」
受付嬢に手紙を手渡す。
後は受け取って読んでもらうのを待つしかない。
そして、呼び出しに応じてくれれば良いのだが。




