04-10.目覚めた王女
ビビアンが生きていた。驚いたことに。
既にその姿は変わり果てたものではあったが、辛うじて命だけは繋がれていた。城の地下牢の中で。
私は頭を抱えた。正直とても困った。
他の多くの罪人たちは既に解放済みだ。何故なら大半が冤罪だったからだ。先王、あのスフィアを追い出した王子が、自分に従わぬ者たちを片っ端から放り込んでいたからだ。
加えて罪が軽微な者たちには恩赦を与えた。働きもしない者たちを養っている余裕はない。生かし続けるには薪だって必要なのだ。地下の牢獄なんて非効率だ。だから、本当に解放出来ない重罪人だけを地上にある城の一室に纏めて放り込むことにした。
一先ずは療養の名目で。誰も彼もが弱り果てていたから。
ビビアンはその内の一人だ。彼女は反乱の主犯であるローゼンバーグの娘だ。当然そのまま解放することなんて出来はしない。
かと言って、当のローゼンバーグ伯爵本人は既に解放済みなのだ。不可侵条約を結び、王都から切り離されたノルドの民たちを任せるために、彼の存在は必要不可欠だった。
今や彼こそがノルドの王だ。その血を引くビビアンには極めて高い利用価値が生まれたと言わざるを得ないのだ。
正直殺してしまうわけにはいかないのが現状だ。だから彼女だけは個室を与えて療養に専念させている。
思うところは当然ある。グラシアを殺したあいつを許すことは出来ない。しかし今の私の立場では彼女を救わない選択を選べない。
そもそもこの国の法に照らすなら、グラシアの一件は罪に問うことすら出来ないのだ。獣人奴隷のグラシアはあくまで道具に過ぎない存在だったのだから。
加えて彼女は既に十分過ぎる程の罰を受けてもいる。半年以上もの間、極寒の地下牢で嬲られ続けてきた。顔も含めた全身に消えない傷を負っている。その心の傷だって計り知れない。もう二度とまともな生活は送れないだろう。
正直、どうして生きているのか不思議なくらいだ。運が良いのか悪いのか。死んだほうがずっと楽だったろうに。こういうのも悪運が強いと言うのだろうか。
私はスフィアが出かけた隙に、度々一人で様子をみることにしていた。彼女は解放されてから一度も目を覚ましていない。ただ生きているだけだ。ずっと眠り続けている。
この傷だらけの顔もスフィアなら治せるのだろうか。たぶんきっと治せるだろう。一度スフィアにも診てもらうべきだろうか。ポルカのために。
……いや。そこまでしてやる理由は無い。こいつには生きていてさえもらえば後はどうでもいい。どうせポルカに会わせるつもりなんて無いのだ。
「……」
ありゃ? 今動いたにゃ? 気の所為にゃ?
「……ぅ」
気のせいじゃないにゃ。なんでよりによってこのタイミングにゃ。顔を会わせるのも気まずいにゃ。誰か呼んでさっさと退散するにゃ。
「……え」
あかんにゃ。目が合ったにゃ。
「……?」
キョトンとしているにゃ。まだ意識がハッキリしていないみたいにゃ。
「……ま……ぁ」
声が上手く出せないみたいにゃ。何故か笑っているにゃ。
「何がおかしいにゃ」
「……?」
何にゃこいつ。まるで邪気が無いにゃ。不自然にゃ。もしかして私がわからないにゃ?
いんや。それだけじゃないにゃ。たとえ記憶喪失だって、こいつが獣人相手に笑いかける筈がないにゃ。こいつは常識からしてノルドの貴族にゃ。根本的な意識が異なるにゃ。
「……ね……こ」
掠れた声を絞り出しながら尚も笑いかけてくる。私の耳に視線が釘付けだ。気になって仕方がないらしいにゃ。
「今は休むにゃ。後で話くらいは聞いてやるにゃ」
結局居づらくなって、その場は他の者に任せて退室した。
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「あ♪ 猫ちゃん♪ また来てくれたのね♪」
「……おいスフィア。これはどういうことにゃ」
ある日のこと。スフィアに見せたいものがあると連れ出された。来る途中で嫌な予感はしていたけれど、スフィアが私を連れてきたのはビビアンが囚われた部屋だった。
「なんでこいつがピンピンしてるにゃ。傷跡まで綺麗さっぱり消えているにゃ。流石の私だって怒るにゃよ?」
何を思ってこんな奴を治したにゃ。事情はあるんだろうから聞いてやるにゃ。けど事と次第によってはお仕置きにゃ。
「聞いたわよ♪ あなたも異世界人なんですってね♪」
……は?
「いや~♪ 困っちゃうわよね~♪ 目覚めたら身体ボロボロなんだもん♪ キナコちゃんのお陰で助かったわ~♪」
なんにゃ。この陽気な姉ちゃんは。元のビビアンとは似ても似つかないにゃ。
「キナコって聞いてもしやとは思ったんだけどね♪ あなたアズキちゃんっていうのよね♪ なら私はヨモギとでも名乗ろうかしら♪ 実は名前覚えてないのよね♪」
「……おみゃあはビビアンにゃ」
「あら……ごめんなさい。その子はあなたにとって大切な子だったのかしら?」
「にゃん……だと……」
「違うの? もしかして敵?」
「……そんなところにゃ」
「そっか。それは困ったわね。私としては仲良くしたいところなのだけど」
「……おみゃあとまで敵対するつもりは無いにゃ」
「それは何よりね♪ ねえ♪ 仲直りしましょうよ♪」
ビビアンは……ヨモギと名乗った少女は、手を差し出してきた。
「……」
「アズキちゃん?」
「……よろしくにゃ。ヨモギ」
やっぱり複雑にゃが……。
言っても仕方ないにゃ。割り切るにゃ。
……けど。
「……やっぱヨモギはやめるにゃ。それは普通に嫌にゃ」
私とスフィアの仲に割り込む系のネーミングにゃ。そこまでは許容できんにゃ。
「あらま。フラれちゃったわ」
「おみゃあにはやってもらわねばならんことがあるにゃ」
「それはビビアンとしてという意味よね」
「そうにゃ。詳しい事情を説明してやるにゃ。きっと絶望するにゃ。おみゃあは我が身の不幸を呪う筈にゃ。心して聞くがいいにゃ」
「そう。なら一つ約束してくれるかしら?」
「なんにゃ。約束って」
「私がその役目を成し遂げたらヨモギって呼んでほしいの」
「……なんでにゃ」
「居場所が欲しいから」
「居場所ならこれから先いっぱい出来るにゃ」
「あなたたちの隣が面白そうだもの。それともやっぱり嫌かしら? かつての敵を側に置くのは」
「嫌にゃ。ごめん被るにゃ」
「ふふ♪ ハッキリ言うのね♪ 増々気に入ったわ♪」
なんでにゃ。意味わからんにゃ。
「私諦めないわよ♪ あなたも覚悟してね♪」
「ふふ♪ まるでポルカのようですね♪ 流石姉妹です♪」
なんにゃ。なんでスフィアが嬉しそうなんにゃ。
だいたいこれどう説明するにゃ。グラシアの件だってまだなんにゃよ? ビビアンまでこうなっちまったら、もっとややこしくなるにゃ。困ったもんにゃ。




