04-04.覚悟
「城が見えてきたにゃ!」
「先ずは偵察です!」
スフィアは少し距離を取って、王都周辺をぐるりと回るように飛び続けた。
王都は完全に包囲されている。既に王国軍は敗走して城壁内にまで押し込まれてしまったらしい。
でもギリギリセーフだ。まだ城と王都は無事だ。今まさに攻め落とされかねない状況だけど、なんとか侵入は防いでいる。きっと城に務める母ちゃんも無事で居てくれる筈だ。そう信じよう。
「大丈夫にゃ。軍は敵軍の侵入を防ぐので精一杯にゃ」
ノルド王家的には何一つ大丈夫じゃないけれど。
でも今がチャンスだ。この混乱に乗じて城に乗り込もう。
「突撃します! しっかり掴まっていてください!」
「おうにゃ!」
スフィアは城の構造を知り尽くしている。先ず最初に目指すのは、離れにある使用人宿舎だ。母ちゃんがそこにいれば都合が良いけど、そんな筈もないので、どのみち城を探さねばならない。
この非常時に獣人が酷使されていない筈はない。必ず昼も夜もなく働かされていることだろう。なんなら昼間の宿舎に誰かがいる可能性自体低いだろう。今のうちに城のメイド服を拝借しよう。着替えてしまえばあとはこっちのものだ。他のメイドたちに紛れて母ちゃんを探すだけだ。
目的を定めたスフィアはグライダーを魔術で収納し、私ごと身体を風の繭で包み込んだ。これは安全に、尚且つ迅速に着地するだけでなく、視覚を誤魔化す効果も備わっている。よほど注意して見ていなければ気付かれなかった筈だ。
私たちは首尾よく宿舎に潜入し、メイド服をゲットした。
早速着替えて城へと向かう。やはり宿舎には誰一人残ってはいなかった。交代で休憩とかもしてないのだろうか。今はたまたまなのだろうか。
「キナコ。探知はどうにゃ?」
「問題ありません。人が集まっている位置も掴めています。喋らずついて来てください」
「何を言うにゃ。前を行くのは私にゃ。この場では万が一の可能性もあるにゃ。おみゃあは極力顔を伏せているにゃ。喋るのも無しにゃ。行き先は合図だけしてくれればいいにゃ」
「ですが……」
「たまには私を頼るにゃ」
「……はい。お願いします」
「良い子にゃ♪」
あとでたっぷりナデナデさせてやるにゃ♪
スフィアを伴って城の中へと踏み込んだ。
「そこの獣人!!」
早速目をつけられた。騎士のおっさんにゃ。甲冑を着てるから間違いないにゃ。けどその腹で本当に騎士が務まるのかにゃ? 城の中でもう汗だくになってるにゃよ?
「貴様ぁ! こんなところで何をしている!! 獣人が何故まだここにいる! お前たちは救護に向かった筈だ!」
救護!? まさかの前線にゃ!?
「今から向かうところにゃ! です! どうしても力仕事が必要だからと先にこちらを手伝っていたにゃ! です!!」
「獣人風情が! 口答えする気かぁ!!」
えぇ……。今のでぇ……。理不尽すぎるにゃぁ……。
いつかスフィアの言った通りにゃ。獣人の話には耳を傾けるつもり自体ないのにゃ。
「さては貴様!? 敵の密偵か!!」
意外と賢いにゃ。だいたい合ってるにゃ。
「今すぐ前線に向かいますにゃ!」
「待て! 逃がすか!!」
「閣下! 獣人なんぞに構っている場合ではありません!」
閣下? 騎士じゃないにゃ? どこぞのお偉いさんにゃ?
紛らわしいにゃ。なんでフル装備なんにゃ。
いや。どうでもいいにゃ。折角付き従っていた本物の騎士さんが止めてくれたにゃ。急いで前線に向かうにゃ!
「ええい! 放せ! 賊だ!! 賊が入ったぞ! 者共! 捕らえよ!! 怪しい獣人が忍び込んでおるぞぉ!!!」
にゃにっ!?
「アズキ!」
スフィアが私の手を引いて走り出した。
「逃げたぞ!! 追え! 追えぇぇぇえ!!!!」
スフィアは私を抱え上げて城の外へと飛び出し、軽い身のこなしで壁を蹴って建物の上に上がった。
続けて風の繭を纏い、魔術で強化した脚力で城の城壁を飛び越えて、王都の建物を屋根伝いに駆けながら、正門に向かって一直線に突き進んだ。
あっという間に正門付近まで到達した私たちは、周囲を見渡して猫耳族の女性を探し始めた。
「姐さん!? どうしてこっちに!?」
なんにゃ!?
「じゃない!? え!? けどその耳は!?」
後ろから声を掛けてきたのは獣人……そう。まさに獣人にゃ。私と全然違うにゃ。顔めっちゃ狼にゃ。鼻は長いし、口はデカいし、びっしりと黒い毛で覆われてるにゃ。
「おみゃあ! 母ちゃんを知ってるにゃ!?」
「母ちゃん!? まさか姐さんの!? けど娘とは!」
「言ってる場合じゃないにゃ! 母ちゃんはどこにゃ!?」
「こっちだ! 付いて来い!」
黒狼の青年? は駆け出した。
そのまま少し離れた大通りの立派な宿屋に駆け込んだ。どうやらここが仮の救護施設になっているようだ。負傷した兵士たちが次々に運び込まれていく。
「おい! 姐さん! 姐さん!!」
「なんだこの獣人は!? 貴様! 持ち場はどうした!!」
当然ここには人間の兵士たちも詰めている。しかし黒狼の青年は、兵士の言葉に耳を貸すこともなく、半ば薙ぎ払うようにしてどんどん奥へと進んでいく。
「おい! ルシアの姐さん! 娘さんが来たぞ! 会いに来たんだ!!」
随分と興奮しているようだ。まるで我がことのように喜んでくれている。それだけ母ちゃんは慕われているみたいにゃ。
「姐さん!!」
最後の扉を開け放った。
「やかましい!!」
「ぐぼあっ!?」
何か重い物を投げつけられたようだ。複数の兵士たちに押されてもびくともしなかった黒狼の青年が、あっさりと部屋から弾き出されてしまった。
「治療中よ! 後になさい!」
一瞬扉の向こうに猫耳族の女性が見えた。
顔は猫だった。結構な猫っぷりだった。黒狼の青年程ケモケモしていたわけではないけど、私より少し猫っぽかった。たぶん鼻にゃ。鼻が猫なんにゃ。そんなに毛深くないけど。目元とかはグラシアやアリシアそっくりだったけど。もしかして私はハーフじゃなくてクォーターなんにゃろか。なんてどうでもいいこと気にしてる場合じゃないのにゃ。
扉は容赦なく閉められてしまった。よっぽど酷い患者を治療していたようだ。初めて見た母ちゃんは血まみれだった。
きっとその一人だけじゃない。もう何人も治療し続けているのだろう。母ちゃんは真剣だった。真剣に兵士たちを治療し続けていた。どれだけ人間たちに迫害されようとも、怪我人に貴賤は無いと必死に治療を続けていたのだろう。
少し見えただけの部屋の様子からもそう伝わってきた。
わざわざ個室を与えられて、それもこの追い詰められた状態で、重症者の治療を任されているのだ。
普通はあり得ない筈だ。きっと切り捨てられてしまうような怪我人たちであった筈だ。この王都は袋のネズミだ。もうとっくに負けは決まっているのだ。今更治療したって意味はない。どうせ殺される。前線に復帰なんてできやしない。あれだけ血が流れているんだ。傷を塞いだって動ける筈がない。
今のこの王都にそんな怪我人たちを治療している余力はない筈だ。わざわざ部屋を用意して治療させる必要なんてなかった筈だ。それが許されているということは、人間の兵士たちすらも、獣人である母ちゃんに対して一目置いているのにゃ。
その証拠にこの部屋の前で騒ぐ者は他に居ない。兵士たちもいつの間にか持ち場に戻っていった。
どうせ皆殺されてしまうのだからと諦めている者は誰一人としてこの場に居ないのだ。僅かにでも希望を繋ぐために、必死で足掻き続けているのだ。
その最たる存在が母ちゃんにゃ。きっと母ちゃんはこの戦争が終わるまで一緒に逃げてくれることなんてないのにゃ。そう理解して、させられてしまったにゃ。
これはマズい状況にゃ。
やっぱりスフィアは運が悪すぎるにゃ。
よりによって、スフィアを裏切った連中を……この王都と城の人々を生かすために、戦争を止めるしかなくなったのにゃ。
それしかもう、母ちゃんを連れ出す方法は……スフィアが私やポルカたちとの約束を守る方法は存在せんのにゃ。
「わかっています。任せてください。アズキ」
「ダメにゃ。諦めて帰るにゃ」
「心にもないことを言わないでください。私にも伝わってきましたよ。お母様の覚悟が」
「だからこそにゃ。母ちゃんはここに骨を埋める覚悟にゃ。この国の民として死ぬ覚悟が出来ているのにゃ」
「私が嫌なんです。これ以上この国の都合に振り回されるのは。大切な人を泣かされて黙っているわけにはいきません」
「私は泣いてないにゃ」
「ポルカは泣きますよ。あの子は優しいですから」
「まるで私が優しくないみたいな言い回しにゃ」
「ふふ♪ そんな筈ありません♪ たった今私を止めようとしてくれたじゃないですか♪」
「一緒に行くにゃ」
「もちろんです♪ 置いていくわけないじゃないですか♪」
「私は何もできないにゃ。しっかり守るにゃ」
「任せてください♪ ぱぱっと片付けちゃいますよ♪」
「ああ……イテテ……あんたらさっきから何の話を」
さてはちょっと気を失ってたにゃ?
「おみゃあさんは前線戻らんでいいにゃ。代わりに母ちゃんを頼むにゃ。私たちがぱぱっと戦争を終わらせてくるにゃ」
「はぁ!? 何言ってんだ!?」
「頼むにゃ。そう時間はかけんにゃ」
「行きますよ! アズキ!」
スフィアは豪快に廊下突き当りの壁を突き破って外に飛び出した。
私の手を引いて空中で抱きとめながら、屋根に着地して走り出す。
「なっ!? なんだぁ!?」
「任せたにゃ~~~!!!」
待ってろ母ちゃん。出直してくるにゃ。今度は全部終わらせてから迎えに来るにゃ。




