03-13.家族愛
「悪かったな。ポルカの嬢ちゃん」
話が落ち着いたところで、父はポルカに頭を下げた。
ポルカはそんな彼の様子に疑問符を浮かべた。
「嬢ちゃんに戦わせようとしたことだ。申し訳ない」
「い、いえ。それは必要なことでしたわ。元はと言えば私が飛び出したせいなのですわ」
どちらも結果論にゃ。樽の中に潜んでいれば助かるなんて保証は無かったにゃ。あの時点でスフィアが戻ってくるとわかっていたわけじゃないにゃ。けどポルカがパニックを起こしてしまったのも事実にゃ。それを止められなかったのは一緒にいた私の責任にゃ。
相手はわざわざ別大陸に奴隷を売り払うような連中にゃ。見つかってしまった以上は、あそこで戦わない選択なんて無かったのにゃ。私が余計なことを言ったにゃ。父ちゃんが正しかったにゃ。
「南大陸に奴隷制度は無いのですか?」
「ああ。公には禁じられてる。ここ数十年程度の話だがな」
それで密輸かにゃ。ふざけた話にゃ。
「結局、首謀者を消してもどうにもならなかった。あの家の息子が密輸業まで含めて跡を継いだんだろうな」
根本的な解決にはならんにゃ。家ごと潰すしかないにゃ。
「アズキ。お母様を探しに行きましょう」
「スフィア……」
「まだ諦めることはありません。アズキが生きているのですから。ローゼンバーグ伯爵家に確認すればアズキを売り渡した奴隷商が特定出来る筈です」
「やめとけ。攫われたのは十年以上前だ。お前たちを戦地になんて送り込めねえ」
「父ちゃんはどうするつもりにゃ」
「……アリシアを頼めねえか?」
「っ!?」
アリシアは父に抱きついたまま、嫌々と首を激しく横に振った。
「父ちゃんこそアリシアと一緒に帰るにゃ。母ちゃんは私たちに任せるにゃ」
「ダメだ」
「心配すんにゃ。父ちゃんも見たにゃろ? スフィアもポルカもむっちゃ強いにゃ」
「なあ。頼む。お前たちに人殺しなんてさせたくねえんだ。さっきは本当にわるかった。だからもうやめてくれ。戦争になんて関わらないでくれよ」
……父ちゃんの言う通りにゃ。私はまた軽く考えていたにゃ。いい加減学習するにゃ。
「……ありがとにゃ。スフィア。けど」
「ダメですわ!! 諦めるなんて絶対にダメですわ!!!」
ポルカ……。また泣かせてしまったにゃ……。
「やはりですのね! アズキお姉様はグラシアではありませんのね!!」
なにを……。
「お姉様は記憶喪失なんかじゃありませんのね! グラシアは! あの子はもう!」
「ポルカ!!」
スフィアがポルカを抱きしめて言葉を遮ろうとした。
しかしポルカは止まらない。
「あなたは誰ですの!? グラシアはどうして!? どうしてあの子は死んでしまったんですの!?」
「ポルカ!!!」
……そうにゃ。私は何も説明してなかったにゃ。けど迂闊なことを言い続けていたにゃ。賢いポルカが気付いていない筈がなかったのにゃ。私は今までそういう質問に疑問すら抱いていなかったにゃ。
「「……」」
父ちゃんと妹が驚きで固まっている。
私は……。
「アズキ! 何も言わないでください!」
けど。
「ギル様! 少し時間を置きましょう! 勝手なことと思われるかもしれませんが! どうかお願いします!!」
「あ、ああ。……そうさせてくれ。俺からも頼む」
父ちゃん……ギルは、アリシアを抱えるように去っていった。
「……ちが……わた……しは……おね……さま」
「大丈夫にゃ。すまんにゃ。ポルカ」
スフィアからポルカを受け取って抱きしめる。ポルカは私にしがみついてまた泣き出してしまった。
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「……お姉様」
「ポルカ……すまんにゃ。何も言えなかったにゃ」
「……違うのです……お姉様は……なにも」
「私は自分がどこの誰かわからないにゃ」
「……それは」
「けどグラシアでないことは確かにゃ」
「……そう……ですのね」
「私は異世界人にゃ。グラシアが命を落としたその時、この身体に転生したのにゃ」
「……ぐす」
……いっぱい泣くにゃ。全部出し切ってしまえにゃ。
「……グラシアの……命を……奪ったのは」
「ビビアンにゃ。けど奴はもう報いを受けたにゃ」
「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」
ポルカはグラシアを想って泣いてる。
その心が復讐に向くのか。悲しみに沈んだままなのか。それともいずれは前を向いて歩き出せるのか。
私にはわからない。話すことが正解だったのかも。
決して楽になりたくて話したわけじゃない。ポルカは知るべきだと思った。それが正しいのかはわからなくても、今はそうすべきだと思った。
スフィアは止めなかった。スフィアもきっと同じ気持ちだからだ。ポルカに全てを受け止める時間を与えるべきだと思ったからだ。
私たちに出来ることはあるのだろうか。グラシアの母はまだどこかで生きていてくれるのだろうか。それに手が届き得るなら悩んでいる場合なのだろうか。今すぐにでも飛んでいくべきなのではないだろうか。一分一秒でも早く救い出すべきなのではないだろうか。それが私たちの今なすべきことなのではないのだろうか。
……私が本当のグラシアではないから、諦めるだなんて非情な決断を下せたのではないだろうか。
ポルカはそんな私をグラシアと同じだとは思えなかった。グラシアが優しい子だったから。自分がどれだけ苦しくても、ポルカの幸せを願い続けられる子だったから。
そんなあの子が……死の間際に母の存在を思い出すことはなかった。覚えていられない程昔に引き離されてしまったのか。過酷な日々に記憶が摩耗してしまったのか。
もう起きてしまったことは覆せない。これから私たちに出来ることはそう多くはない。
だから。私は。




