03-03.元カノ襲来
「見つけましたわ!! 見つけましたわよ! グラシア!」
「……誰にゃ?」
可愛らしい、ちみっこにゃ。
「……誰ですか?」
スフィアも知らんらしい。
なんかいきなり部屋に乗り込んできたにゃ。セキュリティガバガバにゃ。高級宿でもこんなもんかにゃ。それともこの子が明らかに貴族だから仕方なくにゃ? 長いものには巻かれる世の中にゃ。世知辛いにゃ。
「あなたですわね! オルフェスフィア・アルビオン公爵令嬢!! わたくしのグラシアを返してくださいまし!」
凄いにゃ。噛まずに言えたにゃ。なでなで。
「えへへ~♪ ですわ~♪」
可愛いやつにゃ。
「迂闊に近づかないでください」
そういえば警戒心を抱かなかったのにゃ。不思議にゃ。
「……もしや、ローゼンバーグ伯爵家の?」
「その通りですわ! わたくしはポルカ・フォン・ローゼンバーグ! あなたの学友であるビビアンの妹ですわ!」
ポークとビーフにゃ。覚えたにゃ。
「グラシアは私の名前なのかにゃ?」
デミグラス? やっぱりハンバーグが好きなのかにゃ?
「どういうことですの!? あなた覚えていませんの!?」
「うんにゃ。記憶喪失にゃ」
「なんですって!?」
「スフィアがお世話してくれたにゃ」
「なっ!? そうでしたの!? わたくしはてっきり! 申し訳ございませんわ! アルビオン公爵令嬢!!」
素直にゃ。話が早いにゃ。なでなで。
「いつまで撫でているんですか?」
そう妬くにゃ。相手は子供にゃ。
「悪いが帰れんにゃ。私はスフィアに恩を返すまで離れるわけにはいかんのにゃ」
一生かけて恩を返していくにゃ。だから離れるつもりなんて端っから無いにゃ。
「それは大切なことですわね!!」
超良い子にゃ。びっくりにゃ。
「わかりましたわ! わたくしもお供致しますわ! 雇用主として責任を果たしますわ!」
話が早すぎるにゃ。どんどん進んでくにゃ。
「違います。私たちの間に貸し借りなんてありません。あるのは婚姻関係だけです」
いつの間に結婚してたにゃ? まだ恋人の筈にゃ。
「なっ!? なんですって!? わたくしというものがありながら!?」
つまり元カノにゃ? 私も隅に置けんにゃ。
「グラシア!? 本当なのですか!? わたくしたちは将来を誓いあった仲ですのよ!?」
「記憶喪失にゃ」
「そうでしたわね!?」
便利な言葉にゃ。
「だからこの子に奴隷紋を刻まなかったのですか?」
真っ先に聞くのがそれかにゃ。確かに気になるけどにゃ。
「まさか!?」
「いえ。私の奴隷にしたとかって話ではないですよ」
「なんと! オルフェスフィア様は高潔なお方ですのね!」
評価がうなぎ登りにゃ。
「しかしそれで姉に横取りされては元も子もありませんね」
「仰る通りですわ……」
落ち込んじゃったにゃ。痛いとこ突かれたにゃ。
「あ、すみません。責めるつもりは無くてですね」
それは無理があるにゃ。
「オルフェスフィア様はお優しいですわ」
それも無理があるにゃ。
スフィアは優しいけど、今はどうにも意地悪モードにゃ。あんまり機嫌がよろしく無いにゃ。
それも当然か。愛の巣に突然元カノが乗り込んできたんにゃし。しかも隣国にいる筈の。それも王家とドンパチやらかしている筈の伯爵家令嬢が。こんなところに。一人で。
「わたくしは浅はかでしたわ……奴隷紋は奴隷を守るためにも必要だなんて考えたことも無かったのですわ……」
にゃるほど。自分の持ち物に名前を書いておく理論にゃ。そうしないと意地悪な姉貴に盗られちゃうにゃ。冷蔵庫のプリンと同じにゃ。今日からプリンちゃんと名乗るにゃ。スフィアの食べかけプリンにゃ♪
「そんなことよりも」
やっぱり厳しいにゃ。相手はチミっ子にゃ。もっと慈愛の心を持って接するにゃ。
「何故あなたがこの国に居るのですか? ローゼンバーグ伯爵は王家に反旗を翻しました。亡命されたのですか?」
「出奔したのですわ! グラシアを追ってきたのですわ! 学院での一件を耳にしたのですわ!」
何故か目を瞑って顔を赤くしながら叫ぶチミっ子。
「もう少し声を落としてください。扉も閉めて。わざとやってるんですか? 近くには誰もいませんよね?」
探知魔術に何も引っかからなかったようだ。
チミっ子はお行儀良く扉を閉めて部屋の中央に向かい、改めてスフィアに向き直って平伏した。
「どうか! どうか!! オルフェスフィア様!! 我が身の同行をお許しくださいませ! もはやグラシアを返せなどとは申しません! わたくしをこの子の側に置いてくださいませ!! 何でもします! わたくしは既にあの国の貴族ではございません! 貴方がたの邪魔は決して致しません! 必ずお役に立ってみせます! どのような言いつけであろうと従います! ですから! どうか! どうか!!」
必須すぎにゃ……。いったいにゃにがあったにゃ……。
「……」
スフィアは「うへぇ」って顔してるにゃ。メッチャ嫌そうにゃ。もうちょっと取り繕えにゃ。流石に可哀想にゃ。
「頭を上げるにゃ」
「アズキ」
「詳しい話は後にゃ。取り敢えず腹ごしらえにゃ。見てみるにゃ。この子げっそりにゃ。化粧で誤魔化してるだけにゃ。もう何日もろくに食べてなんていないにゃ」
こんな小さな子が、それも旅なんてしたこともないであろう貴族令嬢が、家出して一人で隣国までやってきたにゃ。それも戦争の真っ最中に。その苦労は想像を絶するものだったに決まっているにゃ。
それでもこの子は、今日この日のために綺麗な服と化粧だけは大切に持ってきたのにゃ。私にボロボロの姿で会うわけにはいかなかったのにゃ。だから大切に大切に。カバンの奥底に隠し持って来た筈にゃ。どれだけ飢えても金に換えなかったのにゃ。そんな健気なこの子を私が見放すわけにはいかんのにゃ。
「……これで身体を拭いてあげてください」
スフィアは桶とタオルを出して魔術でお湯を張り、自身は部屋を出ていった。食事を用意してもらうのだろう。もしかしたら外に買いに行くつもりかもしれない。屋台ならすぐだし。
「申し訳ございません。オルフェスフィア様。わたくしは貴方様を誤解しておりました……」
スフィアの去った扉に向かってポルカが呟いた。




