02-05.最初の関門
「これから領境を越えます」
スフィアは少し緊張気味にゃ。
そんなに厳しいのかにゃ?
「バカ正直に検問を通るわけじゃないんにゃろ?」
「少し悩んでいます。ここで時間を掛ければ国境の警戒が強まるかもしれません」
「言っちゃあなんにゃが、スフィアの追跡にそこまで本気になるのかにゃ? あの連中はスフィアを追い出したかったんにゃろ?」
「いいえ。彼らは私を始末したかったのです。このまま取り逃がしてしまえば安心できません。それに悔しいじゃないですか。折角やり返せる筈だったのに逃げられてしまったのですから」
みみっちい奴らにゃ。
いっそスフィアの思い過ごしならいいにゃが。そうは問屋が卸さないんにゃろうなぁ。
何か私に出来ることはないにゃろか。
「私が代わりに検問を通るのはどうにゃ?」
スフィアが奴隷ってことにしてにゃ。顔が割れてるスフィアより安全かもしれんにゃ。私がどうやって人間に化けるかって問題もあるにゃが。耳縛って畳んどいたらバレにゃくね?
「アズキは身分証を持っていません」
「なんにゃ? スフィアは偽造パスまで用意してたにゃ?」
「ええ。もちろんです。偽造品ではありませんが」
流石にゃ。つまり困っているのは私のせいにゃ。
「自分の奴隷だなんて一々証明しないといかんのかにゃ?」
「アズキは見るからに高価ですから。私の用意した身分証では証明が難しいのです」
そういう奴隷を持てるのは貴族だけってことかにゃ。
「どんな身分証を用意したにゃ?」
「冒険者ギルドのカードです。偽名で登録しておいたので」
カードを貸してくれた。
すっごいキンキラにゃ。ゴールドランクってやつかにゃ?
「これが一番凄いのにゃ?」
「いいえ。上から三番目です」
十分凄いやつにゃ。
「なら奴隷の一人二人連れててもおかしくなくにゃいか?」
「まさか。戦闘用ならともかくですよ」
にゃるほど。こんな非戦闘員の高級奴隷を見せびらかしながら歩き回る冒険者はいにゃいのか。いくらいかがわしい事に使いたいったって限度があるにゃ。コスパ最悪にゃ。流石私にゃ。
「言う程警備は真面目なのかにゃ? スフィアのことが伝わってるからって、明らかな実力者相手に無茶するかにゃ?」
「僅かにでも疑われるのは困るのです」
それもそうにゃ。
「なんにゃら木箱に詰めて荷馬車で運んでも構わんにゃ」
「嫌です。手は放さないと約束した筈です」
難儀してるにゃ。
「にゃら検問は諦めて回り込むにゃ。こんにゃとこでケチが付く方がよっぽど面倒にゃ。急がば回れと言うにゃろ」
「仰る通りですね。かなりの遠回りにはなりますが」
「スフィアならどうとでもなるにゃ♪ 代わりに私は国境を越える方法を考えておいてやるにゃ♪」
「はい♪ お願いします♪」
ようやく笑ってくれたにゃ♪
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「ガッチガッチにゃ」
「元々兵は持て余していましたから」
本当にそれだけかにゃ?
「もっと遠回りしないとダメですね」
領堺には大きな川が横たわっている。王家の直轄領を抜けて隣領に渡るには、唯一の大橋を渡る他に道はない。
しかしスフィアなら話は別だ。魔術で一時的な橋を掛けることが出来るのだ。
ただそれをやるには、十分に監視の目が届かないところまで離れるしかない。かなり派手で大掛かりな魔術になる。ある程度の距離では見つかってしまうだろう。
この領堺の川には、検問のある大橋だけでなく、川に沿って複数の見張り台まで設置されている。
川の側を歩けばそれだけで見つかってしまうので、少し離れた位置にある森を伝って、身を隠しながら回り込んでいくしかない。
これは数日かかるだろう。下手すると一月以上のロスになるかもしれない。
しかも何故か兵士たちの監視の目が異様に厳しい。何故かも何も、あのポンコツ王子が手配したのだろうけど。それにしたってって感じだ。
動きが早すぎる。
こっちが町を避けながら森を伝って来たとはいえ、この人数を動員するにはそれなりの時間が必要だった筈だ。
何か別件とブッキングしちゃった可能性が高そうだ。
「いえ。私の知る限りそのような計画は無かった筈です」
「けどこれが現実にゃ。考えられるとしたらにゃにが原因にゃ?」
「……内戦……まさか」
「驚くようなことかにゃ?」
滅びかけの国なら珍しくも無いだろうに。元々切り取りや離反も多いって話だし。
「……ローゼンバーグ伯爵家が……そんな馬鹿な」
え? それって元ご主人のとこにゃ?
「隣領だったにゃ?」
「はい。そして伯爵は王の忠実な配下です。謀反など起こす筈がないのです」
「忠義故にゃろ?」
「そうではないのです」
……ああ。つまり腰巾着にゃ。
「そんな奴に務まるもんにゃのかにゃ?」
普通にゃら、それこそ忠臣を置くべき土地だと思うにゃ。南下するには隣領を通るしか無い立地にゃ。裏切られたらそれこそお終いにゃ。かと言って、優秀でなければ務まらんにゃろ。こんな要所。愚か者がやらかせば王都も詰みにゃし。
「……いえ。決して愚かなわけではないのです」
よくわからんにゃ。
けどスフィアが言うならそうなのにゃ。私が考える程度のことなんて、一国の王様が思いつかん筈は無いのにゃ。
「どのみち領都には近づけないにゃ」
私に奴隷紋が刻まれてるなら捕まっちまうかもしれないにゃ。
「……」
「気になるにゃら付き合うにゃ。何処にでも」
「……いえ」
「本当にいいのにゃ? 誰が死んでも後悔しないにゃ?」
「……いませんよ。誰も」
本当は誰にも死んでほしくないにゃ。大切な人はいなくても犠牲は許容出来ないにゃ。スフィアはそういう子にゃ。
「いっそ王都に向かうにゃ」
「それはあり得ません」
力強い否定にゃ。そこまでお人好しでもないにゃ。
「なら決まりにゃ。このまま突き進むにゃ」
私はスフィアの手を引いて歩き出した。後悔に後ろ髪を引かれると言うなら、それ以上の力で引っ張ってやればいい。スフィアの後悔は全部私のせいになればいい。私がスフィアの全てを受け止めてあげればいい。いずれ故郷を見捨てたと悔やむなら、その時私が抱き締めてやればいいだけの話だ。
「……」
スフィアは抵抗らしい抵抗も無く付いてきた。
けどその足取りは重い。私が手を引かなければきっと立ち止まってしまうだろう。
それでいいにゃ。
スフィアはいっぱい悩めばいいにゃ。
それがスフィアの良いところにゃ。




