02-02.滅びゆく国
「この道をまっすぐ行けば次の町です♪」
そりゃそうにゃろな。街道とはそういうもんにゃ。
「ですから私たちはこちらを行きます♪」
「また森にゃ」
「はい♪ 森です♪」
ルンルンにゃ。
「クマさんに出会えそうにゃ」
「会いたいのですか? ベア肉もいいですね♪ 食べごたえがありますよ♪」
……美味そうにゃ。スフィアの料理なら何でも美味いに決まってるにゃ。
「ふふふ♪ 想像しちゃいましたか♪」
「……そんなんじゃないにゃ」
ぐぅ~~~~。
「……」
「……くっ」
「ふふ♪ あはは♪」
楽しそうなやつにゃ。
スフィアはいつも通りに私の手を握って歩いていく。森の中でもしっかりとした足取りだ。何故このお嬢様は森歩きになんて慣れているのだろう。不思議だ。
「スフィアはいつから準備していたにゃ?」
「準備? 何の話ですか?」
「家出する気だったんにゃろ?」
「ああ。いえ。違うんです。確かにいつでも旅立てるようにとは準備をしていましたが」
それからスフィアは語り出した。あっさりと。
元々このノルド王国は侵略国家だ。
弱肉強食。それこそがこの国の信条だ。表向きは。
この国が精強であったのも今は昔。既に肥大化した国土をどうにかこうにか治めるので精一杯。なんなら切り取りや離反も年々増加している始末。既に盛者必衰の時は訪れた後だったのだ。
当然ノルド王国は嫌われ者だ。弱みを見せればすぐに周囲の国々が責め滅ぼしてしまうだろう。
そこで、愚かなノルドの王侯貴族は力を取り戻すことではなく、富を切り崩して生き延びる道を選んだ。
周辺諸国はわざわざ攻め込むまでもなく滅びゆく大国に哀れみすら抱きながらも、ざまあみろと中指を立てた。けど金は受け取った。あと領地も。破綻も時間の問題だ。少しでも多くのものを受け取っておかねばならない。もちろん尽きたら責め滅ぼす。その為の資金はノルドが出してくれる。なんてお買い得。乗らねばならぬこのビッグウェーブ。
なんて現状を理解しているのは賢しい者たちだけだ。国の現状を憂い、国力の回復を目指す者は更に極一部だけだ。
中でも、次期国王である第一王子は、現実が全く見えてはいなかった。スフィアの忠言なんてなんのその。周囲に蔓延る太鼓持ちたちに乗せられ、毎日毎日剣を振り続けている。
どうやら彼は英雄になりたいらしい。自らの力で周辺諸国を責め滅ぼしてかつての栄光を取り戻したいようだ。
ノルドがとっくに侵略国家の体裁を保っていないことには気付いていないらしい。父王が老いて日和ったと信じ込んでいるそうだ。自分が王になれば再び侵略を始められると本気で思い描いているそうだ。
そんな国の王妃になるべくして生まれたのがスフィアだ。
堪ったもんじゃない。賢いスフィアには全てが見えていたのだから。ぶっちゃけ結末は既に確定しているのだ。
言うなればスフィアは生贄だ。いいや。それならまだ良かったのかもしれない。生贄になるべきは将来スフィアが産む王子や王女たちだ。国が滅びる最後のその時、民に、或いは周辺諸国の者共に血祭りにあげられるのが結末だ。
愚かな王子と共に全責任を負わされるために生きるのだ。なんて残酷な運命だ。スフィアは幾度運命を呪ったことだろう。刻一刻と迫る滅びの時に幾度怯え泣いたことだろう。
スフィアの心はそれでも折れなかった。王子が剣を握る度に叩き落してペンを握らせた。先ずは学ぶことが何よりも肝要だ。現状を理解し、変えようとする心が必要だ。
今のノルドが諸外国と戦って勝てる筈もない。だから王が握るべきは剣じゃない。王が誇るべきは武力じゃない。何より必要なのは金だ。国を立て直し、諸外国と対等に渡り合う国力を付けるのに今一番必要なのは金一択だ。
王子は増々スフィアを敵視した。彼には金稼ぎに拘るスフィアこそが、腐った貴族そのものに見えていた。
スフィアの力を努力によって得たものとは決して認めず、なにかズルをして身に付けたものと決めつけた。
それがあの発言に繋がったのだろう。スフィアを悪魔と契約し、国を傾ける魔女であると心の底から信じていたのだ。
そんな王子の考えることなどスフィアにはお見通しだ。事前に準備を進める時間は十分にあった。そうでなくとも元々修行は欠かしていなかった。弱き王子を守るため、血の滲むような努力を続けてきた。
でなければ彼はとっくに命を落としていただろう。無謀にも魔物との戦いに見を投じていたのだから。大した力も無いのに、いつでも先頭に立っていたのだから。それも泊まり込みで。何も考えず取り巻き共々夜の森でぐーすかぴー。いつも寝ずの番をしていたのはこっそり付いてきたスフィアだった。
私の相棒超人すぎにゃい?
「お陰で私も強くなれました♪ 旅にも野宿にも人を守ることにも慣れています♪ ですから安心してください♪ アズキには快適な旅をお約束します♪」
「嫌にゃ……なんて言えないにゃ。今回ばかりは」
「ふふ♪」
私が弱いのは事実にゃ。それは認めるにゃ。
そして私は何も考えずに寝て起きたばかりにゃ。これじゃあ王子とおんなじにゃ。いつまでもこの世界の常識を持っていないからなんて言い訳してられないにゃ。
「本当は昨晩もずっと起きていたのかにゃ?」
「いいえ。流石にそれでは死んでしまいますから♪」
ならどうしていたにゃ?
「私が強くなるための修行を始めたのは四つの頃です♪」
流されたにゃ。答える気はにゃいらしい。
「ちなみに独学です♪ この国は女性に武力を求めませんから。王妃教育の合間にこっそりと修行を続けて参りました」
バイタリティに溢れているにゃ。
というか男尊女卑もあるのにゃ。この国。
獣人差別といい、ほんとろくでもない国なのにゃ。
「後悔はしとらんのにゃ?」
「……あはは」
気にしとるにゃ。
「いっそ自分で滅ぼしてやるにゃ♪」
「……え?」
「そうすればこの国の扱いも制御出来るにゃ♪ 私が一緒に王になってやるにゃ♪」
「……アズキは国が欲しいのですか?」
「バカ言うにゃ。欲しいわけないにゃ」
「なら……」
「一人で背負えないなら一緒に背負ってやるって言ってるだけにゃ。そもそも背負う必要が無いなら意味の無い話にゃ」
「……アズキ」
「なんなら仕返しに滅ぼすっていうんでもいいにゃ。自分の手で完膚無きまでに破壊し尽くしたいって言うなら、それはそれで付き合うにゃ」
「……ふふ。それも良いかもしれませんね」
あらま。真っ黒笑み。
やっぱりスフィアは普通の子にゃ。
「まあ、気にする必要はありません。滅びると言ってもまだ二十年近くは保つでしょうから」
試算済みにゃ。けどそれはちょっと甘いんじゃにゃいか。
今逃げれば二度とは戻れまい。この子は本当にそれを理解しているのだろうか。人々の愚かしさから……現実から目を背けているのはスフィアも同じなのではないだろうか。




