第15話 悪夢の睡眠導入剤 15-4
7
慎二は飛び起きた。
肩を叩かれていた。
「ああっ!」
悲鳴を上げて頭を押さえる。斧で割られたはずの頭蓋は、ちゃんとそこにあった。
血もない。だが、恐怖だけは消えていない。さっきまで、確かに死んだ。
夢、なのか。
しかし、目の前には、またあの大男がいた。
「昨日の戦いは何だ」
低い声が響く。
「逃げる奴はここに来る資格はねえ。戦え」
慎二は絶叫した。
「嫌だ! 嫌だ、俺は帰る!」
だが返ってきたのは、容赦のない拳だった。
また闘技場。
また殺し合い。
また逃げる。
また殺される。
今度は脇腹を槍で貫かれた。
次は足を切られて倒れ、群がる男たちに踏みつけられた。 その次は柵をよじ登ろうとして矢を受けた。
その次は、死体のふりをしていたところを見つかって首を刎ねられた。
何度も、何度も。
逃げても駄目だった。
泣いても喚いても駄目だった。
助けてくれと叫んでも、返ってくるのは嘲笑と暴力だけだった。
慎二は徐々に理解した。
ここでは、弱い者に居場所はない。 逃げる者に情けはない。 そして、自分は圧倒的に弱い側なのだと。
8
彼は現実で、自分より立場の弱い相手を追い立ててきた。
店を畳む老人。
裁判なんて起こせない個人商店主。
契約が曖昧なまま暮らしている年金生活者。
慎二は彼らに書類を突きつけ、退けと言ってきた。
そこから先で彼らがどこへ行くか、どう生きるかなど考えもしなかった。
だが、この闘技場では、その“退けられる側”が自分だった。
ここにいる資格がない。
戦え。
退場しろ。
死ね。
そう言われているのは、自分だった。
何度目の死だったか、慎二にはもう数えられなくなっていた。夢なのか、死後なのか、狂ってしまったのかも分からない。
身体より先に心が擦り切れていった。
とうとう、ある回で慎二は闘技場へ連れていかれる途中、地面に膝をついた。
「……もう、やめてくれ」
声が掠れていた。
大男は振り返る。
慎二は土に額を擦りつけるようにして、泣きながら言った。
「もう嫌だ。戦いたくない。痛いのも死ぬのも嫌だ。出ていけって言われるのも、居場所がないのも、もう……」
言葉が、途中で自分に返ってきた。
――出ていけって言われるのも。
慎二はそこで、初めて、自分が何を口にしたか理解した。
あの商店街で、自分が何度同じ言葉を吐いてきたか。
どれだけ簡単に、「一ヶ月以内に出ていけ」と言ってきたか。
その時、相手がどんな顔をしたか。
小さな文具店の老夫婦。 もう店じまいしかないかと、諦めたように笑った乾物屋の婆さん。 借金を抱えたラーメン屋の店主が、契約書を前にして何度も何度も頭を下げた姿。
慎二は彼らを弱いと思っていた。 押せば動く駒だと思っていた。
だが、弱い相手に「出ていけ」と言うのは、こんなにも残酷なことだったのか。
その瞬間、誰かが肩に触れた。
慎二は全身を震わせた。またあの大男に殴られる、と。
だが、聞こえた声は違った。
「お客さま、お客さま」
おだやかな男の声だった。
慎二は恐る恐る目を開けた。




