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今宵薬局  作者: 蟷螂
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第15話 悪夢の睡眠導入剤 15-3

4


その夜、慎二は自宅マンションで、もらった睡眠導入剤を飲んだ。


錠剤は小さく、苦みもほとんどない。水で流し込み、半信半疑のままベッドに横になる。


寝室は静かだった。  外を走る車の音も遠い。  スマートフォンの通知も切ってある。


普段なら、こうして横になってからが長い。頭の中で明日の段取りを考え、あの地主への電話を忘れていないか、あの契約の瑕疵はないか、今宵薬局の書類を再点検すべきか、そんなことばかりが回り始める。


だが、その夜は違った。


目を閉じてしばらくすると、するりと意識の底が抜けた。


落ちる、というより、吸い込まれる感じだった。


慎二は、自分でも驚くほどあっさり眠りに落ちた。


5


次に慎二が意識を取り戻した時、肩に激しい衝撃を感じた。


誰かが乱暴に叩いている。


「おい!」


低く野太い声が耳元で響いた。


慎二はむっとして目を開けた。気持ちよく眠っていたのを邪魔された腹立ちが先に立つ。


「……何なんだよ、うるさいな!」


怒鳴った瞬間、顔面に重い衝撃が走った。


世界が白く弾けた。


慎二は転がるように地面へ落ち、鼻の奥に鉄の味が広がる。涙が勝手に滲み、何が起きたのかも分からないまま、ただ痛みに目を見開いた。


殴られたのだ。


それも、信じられないほどの力で。


顔を上げると、そこに立っていたのは大男だった。


筋骨隆々。肩幅は戸口ほどもあり、髭面で、毛皮のようなものをまとっている。腕は丸太のように太く、手には斧。教養とは縁のない慎二でも、連想したのは絵本か映画で見た“北欧の海賊”じみた姿だった。


「……は?」


自室のベッドで寝たはずなのに。  なぜ、こんな野蛮人が目の前にいるのか。


慎二は周囲を見回した。


見知らぬ小屋のような場所だった。粗末な木の壁。獣脂の臭い。天井から吊られた骨。外からは男たちの怒号と、金属のぶつかる音が聞こえてくる。


「寝ぼけるな、新入り」


大男が慎二の胸ぐらを掴んで引き起こした。


「今から戦いに行くぞ」


慎二は恐怖より先に怒りがこみ上げた。


「ふ、ふざけんなよ! なんで俺が――」


二発目が飛んだ。


今度は口の中が切れた。血が垂れる。


慎二の心臓が、ぞわりと縮んだ。


もともと彼は、強い人間ではない。脅す時は書類や法律や後ろ盾の陰に隠れているだけで、むき出しの暴力にさらされれば、たちまち身体の芯が冷える。今もそれだった。この巨体に逆らえば、本当に殺される。そう本能で分かってしまった。


「ついてこい」


大男はそれだけ言って小屋を出た。


慎二は鼻血を拭きながら、半ば引きずられるように外へ出た。


6


そこは、戦場ではなかった。


だが、戦場よりも質の悪い地獄だった。


巨大な円形の闘技場。


周囲には粗い木柵が巡らされ、その内側で、無数の男たちが斧や剣を持って殺し合っていた。


訓練ではない。手加減もない。


相手の肩口を裂き、喉を割き、腹を刺し、倒れた者にさらに追い打ちをかける。


怒号と血しぶきと獣じみた息遣いが、冷たい空気に渦巻いている。



慎二は足がすくんだ。


こんなのは夢だ、と思いたかった。


だが、鼻の痛みも、口の中の血の味も、生々しすぎた。


闘技場の隅では、動かなくなった死体に黒いカラスが群がっていた。


柵の向こうには、狼のような獣の影も見える。肉の匂いに寄ってきているのだ。


「おい、新入り」


別の男が斧を肩に担いだまま笑った。


「逃げてねえで戦えや。でねえと死んで、あいつらに食われるぞ」


慎二は首を振った。


「いや、俺は……違う、違うんだ、こんなところにいるはずじゃ――」


その言葉の途中で、男が本当に襲いかかってきた。


慎二は悲鳴を上げて逃げた。


土を蹴り、柵沿いを走り、何とか斧を避ける。もともと身体能力が高いわけではないが、追い詰められた臆病者の逃げ足だけは驚くほど速い。背後で男たちが笑い、罵声を飛ばす。


「逃げるな!」


「戦え!」


「腰抜け!」



慎二は走った。  とにかく、走るしかなかった。


だが、最後には追いつかれた。


頭上に影が差し、鈍い風切り音がして、次の瞬間、脳天に凄まじい衝撃が落ちた。


世界が割れた。


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