第15話 悪夢の睡眠導入剤 15-3
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その夜、慎二は自宅マンションで、もらった睡眠導入剤を飲んだ。
錠剤は小さく、苦みもほとんどない。水で流し込み、半信半疑のままベッドに横になる。
寝室は静かだった。 外を走る車の音も遠い。 スマートフォンの通知も切ってある。
普段なら、こうして横になってからが長い。頭の中で明日の段取りを考え、あの地主への電話を忘れていないか、あの契約の瑕疵はないか、今宵薬局の書類を再点検すべきか、そんなことばかりが回り始める。
だが、その夜は違った。
目を閉じてしばらくすると、するりと意識の底が抜けた。
落ちる、というより、吸い込まれる感じだった。
慎二は、自分でも驚くほどあっさり眠りに落ちた。
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次に慎二が意識を取り戻した時、肩に激しい衝撃を感じた。
誰かが乱暴に叩いている。
「おい!」
低く野太い声が耳元で響いた。
慎二はむっとして目を開けた。気持ちよく眠っていたのを邪魔された腹立ちが先に立つ。
「……何なんだよ、うるさいな!」
怒鳴った瞬間、顔面に重い衝撃が走った。
世界が白く弾けた。
慎二は転がるように地面へ落ち、鼻の奥に鉄の味が広がる。涙が勝手に滲み、何が起きたのかも分からないまま、ただ痛みに目を見開いた。
殴られたのだ。
それも、信じられないほどの力で。
顔を上げると、そこに立っていたのは大男だった。
筋骨隆々。肩幅は戸口ほどもあり、髭面で、毛皮のようなものをまとっている。腕は丸太のように太く、手には斧。教養とは縁のない慎二でも、連想したのは絵本か映画で見た“北欧の海賊”じみた姿だった。
「……は?」
自室のベッドで寝たはずなのに。 なぜ、こんな野蛮人が目の前にいるのか。
慎二は周囲を見回した。
見知らぬ小屋のような場所だった。粗末な木の壁。獣脂の臭い。天井から吊られた骨。外からは男たちの怒号と、金属のぶつかる音が聞こえてくる。
「寝ぼけるな、新入り」
大男が慎二の胸ぐらを掴んで引き起こした。
「今から戦いに行くぞ」
慎二は恐怖より先に怒りがこみ上げた。
「ふ、ふざけんなよ! なんで俺が――」
二発目が飛んだ。
今度は口の中が切れた。血が垂れる。
慎二の心臓が、ぞわりと縮んだ。
もともと彼は、強い人間ではない。脅す時は書類や法律や後ろ盾の陰に隠れているだけで、むき出しの暴力にさらされれば、たちまち身体の芯が冷える。今もそれだった。この巨体に逆らえば、本当に殺される。そう本能で分かってしまった。
「ついてこい」
大男はそれだけ言って小屋を出た。
慎二は鼻血を拭きながら、半ば引きずられるように外へ出た。
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そこは、戦場ではなかった。
だが、戦場よりも質の悪い地獄だった。
巨大な円形の闘技場。
周囲には粗い木柵が巡らされ、その内側で、無数の男たちが斧や剣を持って殺し合っていた。
訓練ではない。手加減もない。
相手の肩口を裂き、喉を割き、腹を刺し、倒れた者にさらに追い打ちをかける。
怒号と血しぶきと獣じみた息遣いが、冷たい空気に渦巻いている。
慎二は足がすくんだ。
こんなのは夢だ、と思いたかった。
だが、鼻の痛みも、口の中の血の味も、生々しすぎた。
闘技場の隅では、動かなくなった死体に黒いカラスが群がっていた。
柵の向こうには、狼のような獣の影も見える。肉の匂いに寄ってきているのだ。
「おい、新入り」
別の男が斧を肩に担いだまま笑った。
「逃げてねえで戦えや。でねえと死んで、あいつらに食われるぞ」
慎二は首を振った。
「いや、俺は……違う、違うんだ、こんなところにいるはずじゃ――」
その言葉の途中で、男が本当に襲いかかってきた。
慎二は悲鳴を上げて逃げた。
土を蹴り、柵沿いを走り、何とか斧を避ける。もともと身体能力が高いわけではないが、追い詰められた臆病者の逃げ足だけは驚くほど速い。背後で男たちが笑い、罵声を飛ばす。
「逃げるな!」
「戦え!」
「腰抜け!」
慎二は走った。 とにかく、走るしかなかった。
だが、最後には追いつかれた。
頭上に影が差し、鈍い風切り音がして、次の瞬間、脳天に凄まじい衝撃が落ちた。
世界が割れた。
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