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今宵薬局  作者: 蟷螂
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第15話 悪夢の睡眠導入剤 15-1

ほぼ日更新してきた今宵薬局もこの15話でいったん区切りとしたいと思います。

0


黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。

その店の店名は今宵薬局と書かれている。


店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子での薬が所狭しと並べられている。ただ、その薬は一般的に流通している市販品とは違う印象がある。

そしてカウンターの向こうに男がひとり座ってなにやら水晶球をじっと眺めている。


男は20代後半で顔は整っている。しかし、よく見ると化粧で誤魔化されているが口の周囲にうっすらと縫合の傷跡がある。その男はこちらに気づくと、にこやかな顔になった。


「やあこんにちわ、いや、もうこんばんわかな、今宵薬局へようこそ。私はここの店主の「 」です。今回のお客さまはちょっと珍しい方ですね。この薬局に害を与えようとしている。ふむ、どういう処方をして差し上げましょうか」


「 」は久しぶりに三日月のような笑みを、縫合跡が見えてしまうほどの笑みをしていた。


1


再開発。


最初は、ただの噂だった。駅と商店街を一本でつなぐ大きな道路計画があるらしい。老朽化した一帯をまとめて整備し、複合ビルやマンションを建てる計画が水面下で進んでいるらしい。役所の人間と建設会社と大手不動産会社が、すでに地ならしを始めているらしい。


そういう噂は、たいてい半分は嘘で、半分は本当だ。


そして本当に儲ける人間は、噂が“半分本当”である段階で動き出す。


宮本慎二は、そういう男だった。



宮本慎二は三十八歳。地場の不動産仲介を表向きの看板にしているが、実際には、土地の匂いを嗅ぎつけて先回りし、安く買って高く流すことに長けた男だった。


背は平均的で、体つきも痩せすぎず太りすぎず、どこにでもいそうな会社員の顔をしている。髪はきちんと整え、スーツもそれなりに上等なものを着ている。初対面の相手にはよく笑い、腰も低い。だが、その笑みの裏には、常に損得の算盤がある。


慎二は人の家や土地を、“生活”として見たことがなかった。


それは権利であり、数字であり、動かすべき駒だった。そこに三十年住んでいようが、親子二代で暖簾を守っていようが、関係ない。最終的に印鑑を押させればいい。正規の賃借人だろうと、曖昧な又貸しだろうと、古い口約束で居座っているだけの者だろうと、退かせてしまえば同じことだ。


実際、慎二はそれを得意としていた。


「今出ていけば、まだ多少は色がつきますよ」  「このままゴネても、結局、法的に不利なのはそちらです」  「建物の老朽化で万一事故でもあれば、責任問題になりますよね」


相手が年寄りなら“将来の不安”をちらつかせ、相手が若い店主なら“時代遅れの商売”を突きつけ、相手が弱ければ法律を振りかざし、相手が強ければもっと強い後ろ盾があるように見せかける。根は臆病で真正面から人とぶつかれないくせに、相手が折れる瞬間だけは、驚くほど嗅ぎ分ける。


今回の商店街の噂も、慎二は早い段階で耳に入れていた。


行政と大手の動きが本格化する前に周辺の土地を押さえてしまえば、あとは転売で一山当てられる。慎二はすぐに動いた。表向きは「古い商店街の活性化に協力したい」などと笑顔で言いながら、実際には、売る気のある地主や、先の見通しに不安を抱えた店主たちを一軒一軒あたって回った。


年寄りの地主は多かった。


跡継ぎがいない、商売はもう息子が継がない、建物を修繕する金もない、年金だけでは心細い。そうした事情を抱えている者にとって、「今ならそこそこの値がつく」「あとで二束三文になるかもしれない」という慎二の言葉は、思いのほか効いた。


慎二は土地を集めた。


書類を揃え、契約をまとめ、仲介手数料とは別の“うまみ”も確保していく。


驚くほど順調だった。


だが、順調であればあるほど、一つだけ残る異物が気になり始める。


商店街の真ん中あたり。 夜になると穏やかな明かりをともす、小さな薬局。


今宵薬局。


そこだけが、妙に引っかかった。


2


今宵薬局は、商店街の中では不思議な存在だった。


昼間に繁盛しているわけでもない。大きな看板を出しているわけでもない。だが、夜になると柔らかな灯りがともり、気づけばいつもそこにある。昔からあるらしいが、いつからそこにあるのか、誰がどこから店を継いだのか、はっきり知っている者がいない。


慎二は最初、それをただの古い個人経営の薬屋だと思っていた。


だが、いざ買収対象として調べてみると、おかしいことだらけだった。


建物の登記はある。土地の番号も出る。だが、現在の権利者の欄がどうにも曖昧なのだ。過去の名義変更の記録がところどころ抜けており、古い台帳と新しいデータが噛み合わない。相続の流れも見えない。役所へ確認しても、担当者が首をひねるばかりで、「確認に時間がかかる」としか言わない。


慎二は何度も資料を洗った。


それでも駄目だった。


今宵薬局の土地だけが、まるで水の中に沈んでいるように、権利関係の輪郭が掴めない。


不動産仲間に酒の席でぼやいたことがある。


「商店街のあの薬局、知ってるだろ。あそこの土地だけ変なんだよ。誰が持ってるのか、いまいち抜けててさ」


すると、年上の業者が、箸を止めて微妙な顔をした。


「……宮本、お前、あそこはやめとけ」


「なんでです?」


「なんでもだよ。あそこだけは、昔から手ぇ出すなって言われてる」


「誰に?」


「……いや、そういう話だ」


「何ですか、それ。地主にヤバい後ろ盾でもいるんですか」


男は曖昧に笑って、焼酎を飲んだ。


「そういうんじゃない。ただ、面倒なんだよ。妙に。昔、手ぇ出そうとしたのが何人かいたけど、皆、うまくいかなかった」


「うまくいかなかった、って?」


「さあな。詳しくは知らん」


そう言って話を切ってしまった。


慎二はその態度が気に入らなかった。


曖昧な忠告で引き下がるようなら、この仕事はやっていない。怖いとか縁起が悪いとか、そんなものに金の匂いを嗅ぎ分ける能力を鈍らされてたまるか。


権利が不明瞭なら、こちらで輪郭を作ってしまえばいい。


慎二はそう考えた。


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