第14話 漂白のシロップ 14-1
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黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。
その店の店名は今宵薬局と書かれている。
店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子での薬が所狭しと並べられている。ただ、その薬は一般的に流通している市販品とは違う印象がある。
そしてカウンターの向こうに男がひとり座ってなにやら水晶球をじっと眺めている。
男は20代後半で顔は整っている。しかし、よく見ると化粧で誤魔化されているが口の周囲にうっすらと縫合の傷跡がある。その男はこちらに気づくと、にこやかな顔になった。
「やあこんにちわ、いや、もうこんばんわかな、今宵薬局へようこそ。私はここの店主の「 」です。ここに訪れるお客様は、みんな悩みを抱えた方ばかり。今回のお客さまは「整って」いないと気が済まない方です。こういう方はひとりでストレスをため込むのですが、どのような処方がよいでしょうかねぇ」
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修司修司は、近ごろ、自分の歯ぎしりで目を覚ますことが増えた。
朝の五時前。まだ外は暗く、カーテンの隙間から滲む空は濡れた灰色をしている。
目を開くと、顎の奥がじんと痛み、舌の端に鉄の味がした。
知らぬ間に噛んだのだろう。
妻の真由美は隣で静かに眠っている。
規則正しい寝息だった。
几帳面な寝息だ、と修司は思う。
寝息に几帳面も何もないはずなのに、そう思ってしまうのだから、もう相当に神経が荒れているのかもしれない。
寝室を出て洗面所で顔を洗い、鏡を見る。
修司は今年で四十二歳。営業管理職。部下は八人。
昇進は順調、住宅ローンも今のところ滞納なし。
大きな病気もない。
人生は概ね整っている。
整っているはずなのに、鏡の中の男は、いつも何かに苛立っていた。
ネクタイを締めていると、背後から真由美の声がした。
「あなた、また少し曲がってるわよ」
出た、と修司思う。
振り返る前に、真由美の指が結び目に触れた。
細くて温かい指だった。
修司は反射的に肩を強張らせる。
「自分でできる」
「知ってるわよ。でも気になっちゃって」
「毎朝言わなくてもいいだろ」
「毎朝曲がってるんだから仕方ないじゃない」
真由美は悪びれずに笑う。
ふっと緩むような笑みだった。
修司はその笑みの曖昧さが嫌いだった。
言葉の輪郭をぼかすような、その場を丸く収めようとする笑い方が。
「弁当、今日はハンバーグにしたから」
「……そう」
返事をしながら、修司は内心で舌打ちした。
ハンバーグ。
先週も食べた。
修司は木曜の朝にハンバーグを入れられるのがあまり好きではない。
ソースが匂うからだ。
しかし真由美は「好きだったでしょう」と言うだろう。
確かに昔は好きだった。
だが、毎週ではない。
そういう微妙な違いを、妻はわからない。
わからないくせに、気づいたつもりで世話を焼く。
その、おせっかいさが息苦しかった。
会社に着くと、さらに息が詰まる。
午前中一番の会議に必要な資料を、部下の山田が持ってきた。
表紙に日付がない。
二ページ目の脚注の会社名が古いままだ。
グラフの凡例にひとつ誤字。
今回は3箇所もある。
「山田」
「はい、課長!」
「これ、自分で見直したか?」
「しました!2回!」
「……2回見てこれか?」
修司は訂正箇所を青ペンで囲って示し、資料を突き返す。
「……すみません」
山田は頭を下げた。
だが、その頭の下げ方にも妙な軽さがある。
反省していないわけではないのだろう。
ただ、深刻さが足りない。
いや、深刻そうな顔はしている。
しているが、その顔の底に、どこか抜けた明るさがある。
「すぐ直します」
「会議十分前だぞ」
「最速でやります!」
最速、という言葉を使う人間で、本当に速かった試しがない。
山田は明るい男だった。
職場の空気が重いと、場違いな冗談を言う。
コピー機が紙詰まりを起こしたとき「僕の人生みたいですね」と笑い、女子社員に「全然うまくないです」と真顔で切られていた。
取引先からは好かれる。
飲み会では盛り上がる。
だが、細部が雑だ、詰めが甘い、気が散る。
人の机のペンを借りて返し忘れる。
修司はそういう「全部まとめて山田くんらしい」と許される空気が、理解できなかった。
らしい、では済まないだろう。
ミスはミスだ。
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