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今宵薬局  作者: 蟷螂
68/84

第13話 華麗なる女優 13-2

2


ガラス戸を開けると、カラン、カラン、と鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


穏やかな声。店の奥から、一人の人物が現れた。


年ごろは20代後半だろうか、中性的な顔立ち。眼鏡をかけ、黒髪を後ろで結び白衣を着ている。


「ようこそ、今宵薬局へ。何かお求めですか」


その人物——店主は、微笑んだ。


紗英は少し戸惑いながら会釈した。


「あの……すみません。のど飴欲しいのですが」


「ええ、ございますよ」


今宵薬局の店主はそう答えてのど飴の箱を取ろうしたが、紗英に振り向いたかと思うと、顔を見つめるのだった。そしておもむろにこう言った。


「お客さま、このところずっと悩まれておられるご様子」


店主に問われた紗英はピクリと反応してしまう。


曖昧な言い方だがその問いは今の紗英に来るものがある。


そして、同時に紗英は少し警戒する。


この店主はコールドリーディングを仕掛けてきたのかもしれない。


コールドリーディングとは、事前の情報なしで、相手の外見や仕草、話し方から性格や過去を言い当て、信頼を勝ち取る心理的会話術のことである。


紗英は演技関係者からそういうのを聞いたことがあった。


「店主さん、質問の仕方が上手ですね。」


紗英は少し警戒した口調で言った。


これには店主が驚く、今までそのように問われたのは初めてだったからだ。


「お客さま、わたしの質問に他意はありませんよ」


店主は続けて話す。


「わたしは仕事柄お客さまの顔つき、や仕草から体調をある程度は見抜くことができます。それは薬を処方するのに役立っているのです」


「それでどうかなされたのですか」


店主の言葉を聞いて、紗英はつい愚痴を言ってしまう。


「私……誰にも気づいてもらえないんです」


「気づいてもらえない?」


「……はい。仕事でも、友達の中でも、オーディションでも。私、女優になりたくてずっと頑張ってるんです。でも、演技が下手だから落ちるっていう感じじゃなくて……なんていうか、見てもらえないんです。印象に残らない。最初からいないみたいに扱われることが多くて」


紗英は自分でも意外なほど、言葉が止まらなくなった。


「別に、主役になりたいとか、チヤホヤされたいとか、そういうことじゃないんです。いや……本当は少しはあるのかもしれないけど。でも、せめて、目の前にいる時くらいは、ちゃんと見てほしいんです。私がここにいるって、分かってほしい」


最後の一言は、ほとんど独り言のようだった。


店主は小さく頷いた。


「なるほど。では、今夜のあなたに必要なのは、“注目を集める薬”かもしれませんね」


店主は振り返り、棚の一角から青い小箱を取り出した。小箱の蓋を開けると、中には小さな丸いトローチが入っていた。薄い飴色で、中央に星のような模様が刻まれている。


「これは注目のトローチです」


葉月はその青い小箱をカウンターに置いた。


「一粒、口の中でゆっくり溶かすと、数時間だけ、周囲の視線を自然と惹きつける“オーラ”を纏うことができます。声が届きやすくなり、立ち姿が際立ち、存在感が増す。あなたがその場にいることを、人は無意識に認識するようになるでしょう」


紗英は缶を見つめた。


「……そんな薬が、あるんですか」


「ええ」


「副作用は?」


「使いすぎれば、自分の本来の光と借り物の光の区別がつかなくなることがあります」


店主は淡々と答えた。


「この薬は、あなたの中に何もないところへ光を作るのではありません。もともとあるものを、短時間だけ強く表へ押し出す薬です。ですが、借り物の舞台照明に頼りきれば、やがて自分の足で立つ感覚を忘れる」


紗英はその言葉を胸の中で反芻した。


「……私は、ただ少しだけ、自信がほしいんです」


「でしたら、良いきっかけにはなるでしょう。使い方次第では」


店主は缶を紗英の前に差し出した。


「ただし、一日に一粒まで。ここぞという時にだけ。誰かに見られることは、気持ちのいいことです。けれど、人の視線は麻薬にもなりますから」


紗英はそっと缶を手に取った。ひんやりとして軽い。


「おいくらですか」


「代金はいりません」


「え?」


「それは試供品とお考えください。試供品ですから、お題を頂くわけにはいきません」


店主はそう言って、水晶球に一瞥をくれた。


紗英は不思議な気持ちのまま、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして」


「小鳥遊さん」


紗英は振り返った。名前を言った覚えはなかった。


店主は静かに微笑んでいた。


「人に見つけてもらうことと、自分で自分を見失うことは、似ているようでまったく別です。どうか、お間違えなく」


紗英は頷いたが、その意味をまだ半分も理解していなかった。

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