第12話 うそを見抜く目薬 12-5
7
ある夜、洋子が誠一郎に声をかけた。
「誠一郎、少し話せる?」
誠一郎は振り返った。
洋子の顔が、いつもより真剣だった。
「何だ?」
「最近……あなた、変わったわ」
「変わった?」
「うん。以前は、もっと話しかけてくれた。でも最近は、何か距離を感じる」
誠一郎は黙っていた。
「私、何かした? 何か怒らせた?」
「……いや、違う」
「じゃあ、何? 教えて」
誠一郎は少し迷ったが、正直に言った。
「最近、人の嘘がわかるようになって」
「嘘?」
「ああ。お前も、たまに嘘をついてるんだ」
洋子は驚いた顔をしたが、すぐに苦笑いした。
「……そうね。ついてるわ」
「何を隠してるんだ」
洋子は深く息を吐いた。
「あなたが先月、健康診断で少し数値が悪かったでしょ? 先生から連絡があって。でも、あなたに余計な心配をかけたくなくて」
「……」
「それと、先週、お母様が体調を崩されて。でも大事には至らなかったから。あなたが忙しそうだったから、言わなかった」
誠一郎は黙っていた。
「心配させたくなかった。それだけよ」
洋子の目に、涙が浮かんでいる。
「私の嘘は、あなたを傷つけようとしたものじゃない。あなたを守ろうとした嘘よ」
誠一郎は返す言葉を失った。
8
翌日、誠一郎は倉田に電話をかけた。
「少し話せるか?」
「もちろんだ。どうした?」
「会って話がしたい」
二人は夜、いつもの居酒屋に集まった。
誠一郎はビールを一口飲んで、言った。
「倉田、お前、俺に嘘をついてることがあるな」
倉田は少し驚いた顔をしたが、すぐに苦笑いした。
「……気づいてたか」
「ああ」
「どこで気づいた?」
「勘だ」
倉田はビールを飲んだ。
「2年前、お前の会社が危ないって噂が業界で流れた時、俺は知ってた」
「……そうか」
「でも、お前に言わなかった。お前が一人で頑張ってる時に、そんな噂を耳に入れて動揺させたくなかった」
誠一郎は黙って聞いていた。
「それと、うちの会社の仕事、実はお前の会社に回せる案件があったんだ。でも、断った」
「なぜだ?」
「お前が困ってる時に仕事を回したら、お前のプライドが傷つくと思って。友人として頼るんじゃなく、対等な関係でいたかった」
倉田は誠一郎を見た。
「俺の嘘は、お前を大切に思ってたからだ。それが正しかったかどうかは、わからないけどな」
誠一郎はビールを飲んだ。
何も言えなかった。
9
その夜、誠一郎は一人で歩いていた。
洋子の涙。
倉田の苦笑い。
二人の「嘘」の理由が、頭の中でぐるぐると回っている。
(俺は……何を見ていたんだ)
目薬は、嘘を見抜いた。
確かに見抜いた。
でも、見抜いたのは「嘘か本当か」だけだ。
「なぜ嘘をついたか」は、見えなかった。
「誰かを守るための嘘」も、「誰かを傷つけるための嘘」も、目薬には同じに見えた。
(それが……店主の言っていた意味か)
誠一郎は立ち止まった。
「真実だけが、正解とは限りません」
あの夜、店主が言った言葉。
あの時は意味がわからなかった。
今、ようやく理解した。
嘘は何も悪い嘘ばかりではない、相手を思い計ってつくやさしい嘘もある。
むしろそっちが多いのかもしれない。
目薬はその区別をしない。
でも、人間はその区別をしなければならない。
それが、誠一郎には欠けていた。
(俺は……大切な人たちを、傷つけた)
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