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今宵薬局  作者: 蟷螂
65/84

第12話 うそを見抜く目薬 12-5

7


ある夜、洋子が誠一郎に声をかけた。


「誠一郎、少し話せる?」


誠一郎は振り返った。


洋子の顔が、いつもより真剣だった。


「何だ?」


「最近……あなた、変わったわ」


「変わった?」


「うん。以前は、もっと話しかけてくれた。でも最近は、何か距離を感じる」


誠一郎は黙っていた。


「私、何かした? 何か怒らせた?」


「……いや、違う」


「じゃあ、何? 教えて」


誠一郎は少し迷ったが、正直に言った。


「最近、人の嘘がわかるようになって」


「嘘?」


「ああ。お前も、たまに嘘をついてるんだ」


洋子は驚いた顔をしたが、すぐに苦笑いした。


「……そうね。ついてるわ」


「何を隠してるんだ」


洋子は深く息を吐いた。


「あなたが先月、健康診断で少し数値が悪かったでしょ? 先生から連絡があって。でも、あなたに余計な心配をかけたくなくて」


「……」


「それと、先週、お母様が体調を崩されて。でも大事には至らなかったから。あなたが忙しそうだったから、言わなかった」


誠一郎は黙っていた。


「心配させたくなかった。それだけよ」


洋子の目に、涙が浮かんでいる。


「私の嘘は、あなたを傷つけようとしたものじゃない。あなたを守ろうとした嘘よ」


誠一郎は返す言葉を失った。



8


翌日、誠一郎は倉田に電話をかけた。


「少し話せるか?」


「もちろんだ。どうした?」


「会って話がしたい」


二人は夜、いつもの居酒屋に集まった。


誠一郎はビールを一口飲んで、言った。


「倉田、お前、俺に嘘をついてることがあるな」


倉田は少し驚いた顔をしたが、すぐに苦笑いした。


「……気づいてたか」


「ああ」


「どこで気づいた?」


「勘だ」


倉田はビールを飲んだ。


「2年前、お前の会社が危ないって噂が業界で流れた時、俺は知ってた」


「……そうか」


「でも、お前に言わなかった。お前が一人で頑張ってる時に、そんな噂を耳に入れて動揺させたくなかった」


誠一郎は黙って聞いていた。


「それと、うちの会社の仕事、実はお前の会社に回せる案件があったんだ。でも、断った」


「なぜだ?」


「お前が困ってる時に仕事を回したら、お前のプライドが傷つくと思って。友人として頼るんじゃなく、対等な関係でいたかった」


倉田は誠一郎を見た。


「俺の嘘は、お前を大切に思ってたからだ。それが正しかったかどうかは、わからないけどな」


誠一郎はビールを飲んだ。


何も言えなかった。


9


その夜、誠一郎は一人で歩いていた。


洋子の涙。


倉田の苦笑い。


二人の「嘘」の理由が、頭の中でぐるぐると回っている。


(俺は……何を見ていたんだ)


目薬は、嘘を見抜いた。


確かに見抜いた。


でも、見抜いたのは「嘘か本当か」だけだ。


「なぜ嘘をついたか」は、見えなかった。


「誰かを守るための嘘」も、「誰かを傷つけるための嘘」も、目薬には同じに見えた。


(それが……店主の言っていた意味か)


誠一郎は立ち止まった。


「真実だけが、正解とは限りません」


あの夜、店主が言った言葉。


あの時は意味がわからなかった。


今、ようやく理解した。


嘘は何も悪い嘘ばかりではない、相手を思い計ってつくやさしい嘘もある。


むしろそっちが多いのかもしれない。


目薬はその区別をしない。


でも、人間はその区別をしなければならない。


それが、誠一郎には欠けていた。


(俺は……大切な人たちを、傷つけた)

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