第12話 嘘を見抜く目薬 12-4
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ある日曜日の朝。
誠一郎は自宅のリビングで、妻の洋子とコーヒーを飲んでいた。
洋子は誠一郎の5歳年下で、結婚して25年になる。
誠一郎は習慣で、目薬を差していた。
洋子がコーヒーを注ぎながら、微笑んで言った。
「最近、顔色が良くなったわね。会社、うまくいってるの?」
誠一郎は洋子を見た。
黒い。
うっすらと、洋子の輪郭が黒く滲んでいる。
(……洋子が、嘘を?)
誠一郎は動揺した。
「まあ、少しずつな」
「そう。良かった」
洋子は普通に微笑んでいる。
でも、誠一郎の目には黒く見える。
(何を隠しているんだ)
その夜、誠一郎は洋子の言動を注意深く観察した。
洋子は誠一郎に聞かれた。
「夕食、どうだった?」
「美味しかったよ」
普通に見えた。
では、朝の「顔色が良くなった」という言葉が、嘘だったのか。
(……洋子は、俺の顔色が悪いと思っている。でも、心配させまいと良いと言った)
誠一郎は気づいた。
でも、その気づきは、疑惑を消さなかった。
(他にも、何か隠しているのかもしれない)
翌週、誠一郎は長年の親友・倉田に会った。
大学からの友人で、今は別の会社を経営している。
月に一度、二人で食事をするのが習慣だった。
誠一郎は目薬を差して、倉田と向き合った。
「最近、会社の調子はどうだ?」
倉田は笑顔で答えた。
「まあまあだよ。誠一郎のところはどうだ? 顔見たら少し楽になったみたいだな」
誠一郎は倉田を見た。
黒い。
倉田の輪郭が、黒く滲んでいる。
(倉田も……嘘をついている)
誠一郎の心が、冷えた。
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それから、誠一郎の心は変わっていった。
妻の洋子が「大丈夫よ」と言うたびに、誠一郎は目薬で確認した。
黒いときもあった。黒くないときもあった。
黒いとき、洋子は何かを隠している。
でも、何を隠しているのか、わからない。
だから疑う。
なぜそんなことを言ったのか。何を隠しているのか。本当は何を考えているのか。
洋子との会話が、少しずつ減っていった。
倉田との食事も、変わっていった。
以前は気楽に話せた。
でも今は、倉田の顔を見るたびに目薬が気になる。
倉田が何気なく言った一言が黒く見えるたびに、誠一郎は心の中で距離を置いた。
倉田は気づいていた。
「誠一郎、最近どうした? なんか、よそよそしいぞ」
「そんなことない」
「本当か? 何かあったら言えよ」
その言葉は、黒くなかった。
でも、誠一郎は素直に頷けなかった。
(倉田も、いつかは黒くなるかもしれない)
会社でも、変化が起きていた。
嘘をついている人間を排除したはずなのに、誠一郎の目には相変わらず黒い人間が映る。
新しい幹部たちも、時々黒く見える。
日常の小さな嘘。
「この資料、すぐ仕上げます」と言いながら、実際には時間がかかる。
「問題ありません」と言いながら、実際には小さな問題がある。
そういう些細な嘘まで、目薬は見抜いてしまう。
誠一郎は、誰も信じられなくなっていた。
(みんな、嘘をついている)
(誰が本当に信頼できるんだ)
ある夜、誠一郎は一人で社長室に残っていた。
業績は回復している。
幹部の不正は一掃した。
でも、誠一郎の心は晴れない。
妻との会話は減った。
親友との食事は気まずくなった。
新しい幹部たちとも、表面的な関係しか築けていない。
(俺は……何を手に入れたんだ)
誠一郎は窓の外を見た。
夜の街が、眼下に広がっている。
美しいはずの景色が、今夜は冷たく見えた。
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