第12話 嘘を見抜く目薬 12-3
3
翌朝、誠一郎は出社前に目薬を差した。
一滴。
ひんやりとした感触が、目に広がった。
誠一郎はゆっくりと目を開けた。
最初は何も変わらなかった。
でも、エレベーターで同乗した総務の女性社員が挨拶した瞬間、誠一郎は気づいた。
「おはようございます、社長。今日もお早いですね」
女性は普通に見えた。
誠一郎はホッとした。
(効くのかな……)
社長室に入ると、秘書の田中が書類を持ってきた。
「社長、今日のスケジュールです。午前10時に役員会議が……」
田中も普通に見えた。
午前10時。役員会議。
誠一郎は目薬を差したまま、会議室に入った。
3人の部長が揃っている。
佐伯営業部長が報告を始めた。
「先月の受注状況ですが、主要取引先のA社から大口の受注を確保しました」
誠一郎は佐伯を見た。
黒い。
佐伯の輪郭が、薄く黒く滲んでいる。
驚いた今宵薬局の店主の言う通りではないか。
誠一郎は内心、驚いたが表情を変えなかった。
「具体的な数字は?」
「はい、約2,000万円の受注です」
誠一郎はメモを取りながら、他の部長たちを見た。
堀内製造部長は普通に見えた。
高橋経営企画部長は……黒い。
(高橋も、嘘をついている)
誠一郎は冷静に会議を進めながら、情報を整理していた。
その日の午後、誠一郎は佐伯の報告を独自に調査した。
A社への問い合わせ。
確認の結果、受注額は2,000万円ではなく、800万円だった。
残りの1,200万円は、どこへ消えたのか。
(やはり……)
誠一郎は次に、高橋の経営企画部の数字を調べた。
外部コンサルタントへの支払いが、市場価格の2倍以上になっている。
コンサルタント会社の代表者は、高橋の義兄だった。
(ついに掴んだ)
4
誠一郎は動いた。
まず、信頼できる若手の財務担当者を使い、密かに全部門の帳簿を精査させた。
目薬を差しながら、一人ひとりと個別面談を行った。
嘘をついている人間は、黒く見える。
本当のことを言っている人間は、普通に見える。
それだけで、社内の構図が見えてきた。
一週間後、誠一郎は臨時取締役会を招集した。
「今日は、皆さんに確認したいことがある」
誠一郎は調査の結果を淡々と述べた。
受注額の水増し。
外注費の不正。
在庫の横流し。
具体的な金額、日付、証拠書類。
会議室に沈黙が流れた。
佐伯の顔が青ざめた。
高橋は目を泳がせた。
誠一郎は静かに言った。
「弁護士に相談の上、然るべき対応を取る。今日をもって、三名には取締役を辞任してうらう」
「社長……」
高橋が口を開きかけた。
「異議があるなら、法廷で。以上だ」
誠一郎は会議室を出た。
その後、誠一郎は内部から信頼できる人材を抜擢し、組織を再編した。
目薬を差して面談を重ね、嘘をついていない人間だけを幹部に据えた。
半年後、業績は回復し始めた。
売上が伸び、利益率が改善した。
誠一郎は手応えを感じていた。
(やはり、真実が見える目があれば、経営はシンプルになる)
誠一郎は毎朝、目薬を差すことが習慣になっていた。
閑話
今宵薬局・店主の水晶球
今宵薬局の奥で、店主は水晶球を覗いていた。
球の中には、自信に満ちた表情で会議を仕切る誠一郎の姿が映っている。
「業績は回復しつつある。それは良いことです」
店主は静かに呟いた。
「でも、この目薬は区別をしない。そう釘は刺しておいたのですがねぇ」
水晶球の中で、誠一郎が会議室から出てくる。その顔には、まだ油断のない鋭い目がある。
「そろそろ……見えなくていいものまで、見え始める頃です」
店主はそのまま水晶球に映る誠一郎の行く末を眺めるのであった。
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