第12話 嘘を見抜く目薬 12-2
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ある夜、誠一郎はひとり夜の街を歩いていた。
帰宅する気になれなかった。
会社の数字が頭から離れない。
幹部たちの顔が浮かんでは、消える。
(本当のことを言っているのか。嘘をついているのか)
気づくと、見知らぬ商店街に迷い込んでいた。
でも、一軒だけ、明かりが灯っている店があった。
薬局だった。
「今宵薬局」
商店街にあるどこにでもあるだろう薬局の佇まい。ガラス戸の向こうには、柔らかな光が漏れている。
「ちょうど良い、栄養剤でも買っておくか。」
誠一郎は薬局のドアを開けると、カラン・カランと柔らかな鈴の音が響いた。
店内は静かで、落ち着いた雰囲気に包まれていた。
壁一面に並ぶ棚には、さまざまな薬が整然と並んでいる。しかし、どの薬も誠一郎が見たこともないものばかり。「心の絆創膏」「実力の湿布」「虚構のプロテイン」。ここはマイナーの薬を取り扱っているのだろうか。
そして誠一郎はカウンターの方を見る。
カウンターの奥には、一人の人物が立っていた。
年ごろは20代後半だろうか、中性的な顔立ち。眼鏡をかけ、黒髪を後ろで結び白衣を着ている。
「ようこそ、今宵薬局へ。本日は何をお求めでしょうか」
店主の挨拶に対して、誠一郎は店内をキョロキョロと眺めながら
「最近、疲れが取れなくてね。何か良い栄養剤でもあれば欲しいのだが」
「栄養剤ですね、分かりました」
店主は棚にある小瓶を手にしようとして、立ち止まりこちらを向く。
「いえ、お客さまに必要なのは栄養剤ではなく、何が嘘で真実なのか見抜ける力でしょう」
誠一郎は一瞬、面食らう。
この店主は何を言い出すのだろう。
「失礼だが、何故そう思われるのですかな」
店主は誠一郎の質問に対してにこやかに答える。
「私の古い友人も組織の長をしておりましたね。彼は組織を纏めることに腐心しておりました。それをそばで眺めておりましたから、あなたの顔つきを見ているとその時の友人の顔と重なるのですよ。」
誠一郎は店主の説明を聞いてなるほどと思った。
この店主は見た目以上に世間を見てきたのだろう。
誠一郎はつい愚痴っぽいことを話してしまう。
「実は、会社を経営しているのだが……幹部たちが嘘をついているような気がして。でも、証拠がない。真実が見えないんだ」
店主は静かに頷いた。
「真実が、見えない」
「ええ。誰が本当のことを言っていて、誰が嘘をついているのか。それがわかれば……あるいは」
誠一郎は言葉を止めた。
店主は棚の奥から、小さな瓶を取り出した。
目薬の瓶だった。
透明な液体が入っている。
「これは『ココロの目薬』と申します」
「ココロの……目薬?」
「ええ」店主は静かに説明した。「これを目に差すと、嘘をついている人が黒く見えます。本当のことを言っている人は、普通に見えます」
誠一郎は目を見開いた。
「本当かね?」
「ええ」
「それがあれば……社内の嘘をついている人間がわかる」
「はい」店主は静かに頷いた。「ただし……」
店主は誠一郎を真っ直ぐに見つめた。
「この目薬は、全ての嘘に対して反応します。あなたに都合の良い嘘だけに反応するものではありません。その点をご留意ください」
店主の処方への注意に対して、誠一郎は少し考えたが、すぐに頷いた。
「構わない。私は真実が見たい」
店主は少し寂しそうな目をして、目薬を誠一郎に手渡した。
「わかりました。ただ、覚えておいてください」
「何かね?」
「真実だけが、正解とは限りません」
誠一郎はその言葉の意味を深く考えなかった。
「了解した。心に留めておこう」
誠一郎は店を出た。
鈴の音が、静かに響いた。
「あのお客さま、途中で気付いてくださると良いのですが。」
店主はそう言いながら、水晶球にかぶせていた布を取り払い、水晶球に映る誠一郎を眺めた。
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