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今宵薬局  作者: 蟷螂
62/65

第12話 嘘を見抜く目薬 12-2

2


ある夜、誠一郎はひとり夜の街を歩いていた。


帰宅する気になれなかった。


会社の数字が頭から離れない。


幹部たちの顔が浮かんでは、消える。


(本当のことを言っているのか。嘘をついているのか)


気づくと、見知らぬ商店街に迷い込んでいた。


でも、一軒だけ、明かりが灯っている店があった。


薬局だった。


「今宵薬局」


商店街にあるどこにでもあるだろう薬局の佇まい。ガラス戸の向こうには、柔らかな光が漏れている。


「ちょうど良い、栄養剤でも買っておくか。」


誠一郎は薬局のドアを開けると、カラン・カランと柔らかな鈴の音が響いた。


店内は静かで、落ち着いた雰囲気に包まれていた。


壁一面に並ぶ棚には、さまざまな薬が整然と並んでいる。しかし、どの薬も誠一郎が見たこともないものばかり。「心の絆創膏」「実力の湿布」「虚構のプロテイン」。ここはマイナーの薬を取り扱っているのだろうか。


そして誠一郎はカウンターの方を見る。


カウンターの奥には、一人の人物が立っていた。


年ごろは20代後半だろうか、中性的な顔立ち。眼鏡をかけ、黒髪を後ろで結び白衣を着ている。


「ようこそ、今宵薬局へ。本日は何をお求めでしょうか」


店主の挨拶に対して、誠一郎は店内をキョロキョロと眺めながら


「最近、疲れが取れなくてね。何か良い栄養剤でもあれば欲しいのだが」


「栄養剤ですね、分かりました」


店主は棚にある小瓶を手にしようとして、立ち止まりこちらを向く。


「いえ、お客さまに必要なのは栄養剤ではなく、何が嘘で真実なのか見抜ける力でしょう」


誠一郎は一瞬、面食らう。


この店主は何を言い出すのだろう。


「失礼だが、何故そう思われるのですかな」


店主は誠一郎の質問に対してにこやかに答える。


「私の古い友人も組織の長をしておりましたね。彼は組織を纏めることに腐心しておりました。それをそばで眺めておりましたから、あなたの顔つきを見ているとその時の友人の顔と重なるのですよ。」


誠一郎は店主の説明を聞いてなるほどと思った。


この店主は見た目以上に世間を見てきたのだろう。


誠一郎はつい愚痴っぽいことを話してしまう。


「実は、会社を経営しているのだが……幹部たちが嘘をついているような気がして。でも、証拠がない。真実が見えないんだ」


店主は静かに頷いた。


「真実が、見えない」


「ええ。誰が本当のことを言っていて、誰が嘘をついているのか。それがわかれば……あるいは」


誠一郎は言葉を止めた。


店主は棚の奥から、小さな瓶を取り出した。


目薬の瓶だった。


透明な液体が入っている。


「これは『ココロの目薬』と申します」


「ココロの……目薬?」


「ええ」店主は静かに説明した。「これを目に差すと、嘘をついている人が黒く見えます。本当のことを言っている人は、普通に見えます」


誠一郎は目を見開いた。


「本当かね?」


「ええ」


「それがあれば……社内の嘘をついている人間がわかる」


「はい」店主は静かに頷いた。「ただし……」


店主は誠一郎を真っ直ぐに見つめた。


「この目薬は、全ての嘘に対して反応します。あなたに都合の良い嘘だけに反応するものではありません。その点をご留意ください」


店主の処方への注意に対して、誠一郎は少し考えたが、すぐに頷いた。


「構わない。私は真実が見たい」


店主は少し寂しそうな目をして、目薬を誠一郎に手渡した。


「わかりました。ただ、覚えておいてください」


「何かね?」


「真実だけが、正解とは限りません」


誠一郎はその言葉の意味を深く考えなかった。


「了解した。心に留めておこう」


誠一郎は店を出た。


鈴の音が、静かに響いた。


「あのお客さま、途中で気付いてくださると良いのですが。」


店主はそう言いながら、水晶球にかぶせていた布を取り払い、水晶球に映る誠一郎を眺めた。

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