表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今宵薬局  作者: 蟷螂
55/63

第10話 休息の湿布薬 10-4


10


レース後、美樹は一人でトラックに座っていた。


観客席からは、歓声が聞こえる。


美樹は自分の脚を見つめた。


湿布はない。


でも、脚は軽い。


痛みもない。


(なんで……)


美樹は考えた。


あの湿布は、本当にドーピング薬だったのか?


もしそうなら、湿布がなくなった今日、こんなに速く走れるはずがない。


でも、走れた。


自己ベストを更新した。


それも、これまでで一番速かった。


美樹は気づいた。


(もしかして……)


美樹は思い出した。


あの湿布を貼り始めてから、脚の痛みが消えていった。


そして、毎日少しずつ体が軽くなっていった。


(あの湿布は……)


美樹は理解した。


(運動能力を限界以上に引き上げるドーピング薬じゃなかった)


(私が焦りから溜め込んでいた、極限の疲労と筋肉の炎症を、完全に抜き去っただけの……)


(よく効く疲労回復の湿布だったんだ)


美樹は涙が溢れてきた。


(湿布が徐々に疲労を抜き去って……)


(今日、湿布が尽きた大会当日こそが……)


(疲労が完全に抜けきって、私のこれまでの努力の成果が100%発揮される……)


(最高のコンディションだったんだ)


美樹は泣いた。


(私が速く走れたのは、魔法じゃない)


(今まで私が、泣きながら積み重ねてきた努力の実力だったんだ)


美樹は嬉し涙を流した。


11


後日、スポーツ推薦の話が正式に決まった。


顧問の先生が、美樹を呼んだ。


「田中、おめでとう。大学から推薦の話が来たぞ」


美樹は涙を堪えながら、頭を下げた。


「ありがとうございます」


先生は続けた。


「でもな、田中。お前、最近まで無理してただろ?」


美樹は顔を上げた。


「え……」


「休養日も隠れて走り込みしてたの、知ってたぞ」


美樹は驚いた。


「すみません……」


「いいんだ。でもな、これからは気をつけろ。努力は大事だが、休息も同じくらい大事なんだ」


先生は優しく微笑んだ。


「体を壊したら、元も子もないからな」


「はい」


美樹は深く頷いた。


12


それから数週間後。


美樹は、憑き物が落ちたような晴れやかな顔でトラックを走っていた。


もう無理なオーバートレーニングはしない。


しっかりと休息を取り入れながら、計画的に練習をする。


美樹は風を感じながら、笑顔で走っていた。


(これが、本当の私の走りだ)



今宵薬局。


店の奥で、「 」は水晶球でその様子を眺めていた。


球の中には、晴れやかな顔で走る美樹の姿が映っている。


「 」は静かに微笑んだ。


「『急がば回れ』。人間は焦ると、休むことすら怖がってしまうものです」


水晶球の中で、美樹がゴールし、仲間たちと笑顔でハイタッチをしている。


「 」は満足げに微笑み、静かに水晶球に布をかけた。


「彼女の足枷は、もう完全に外れたようですね」


「 」は静かに立ち上がり、店の扉を見つめた。


また、誰かが扉を開ける日まで。




美樹は今日も、トラックを走っている。


脚は軽く、心は晴れやかだ。


もう焦りはない。


ただ、前を向いて、自分の脚で走り続ける。


それが、美樹の新しいスタートだった。



第10話休息の湿布薬 -了-

作品・続きにご興味をお持ちいただけたのでしたら下の★をクリックしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ