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今宵薬局  作者: 蟷螂
52/65

第10話 休息の湿布薬 10−1

0


黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。

その店の店名は今宵薬局と書かれている。


店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子での薬が所狭しと並べられている。ただ、その薬は一般的に流通している市販品とは違う印象がある。

そしてカウンターの向こうに男がひとり座ってなにやら水晶球をじっと眺めている。


男は20代後半で顔は整っている。しかし、よく見ると化粧で誤魔化されているが口の周囲にうっすらと縫合の傷跡がある。その男はこちらに気づくと、にこやかな顔になった。


「やあこんにちわ、いや、もうこんばんわかな、今宵薬局へようこそ。私はここの店主の「 」です。


さて今回のお客さまは、記録が伸び悩んでいる方です。だから焦ってしまい、努力で補おうとする。それが伸び悩む原因なのに気づかない。その間違いにどうすれば気づいてもらえるでしょうか」


1

秋。


高校2年生の田中美樹は、トラックを走りながら、絶望していた。


500メートル走。


美樹の専門種目。


中学時代から続けてきた陸上競技。


高校に入ってからも、陸上部で必死に練習を重ねてきた。


でも、記録が伸びない。


それどころか、落ちている。


美樹は顧問の先生から告げられた言葉を思い出していた。


「田中、このところ記録が伸び悩んでいるのは分かるが、無理はするな」


それは分かっている。自分が一番分かっている。しかし、結果を出さないとスポーツ推薦から遠ざかる。


陸上で結果を出して、大学への推薦をもらう。

勉強が苦手な美樹が大学を受かるにはスポーツ推薦が有効な手段なのだ。


しかし、記録が伸び悩んでいる現状、次の陸上大会で結果が出なければ、スポーツ推薦から遠のく。


(もっと練習しなければ)


美樹は唇を噛んだ。


(もっと、もっと……)



放課後の練習が終わった後も、美樹は走り続けていた。


顧問から休むよう言われても、隠れて走り込みをした。


脚は常に鉛のように重い。鈍い痛みさえ感じることさえある。


身体にダルさを感じ、眠気が取れない。


だからといって休もうと言う気も起きない。


ここでサボったら今より記録が落ちるかもしれない。


次の大会でも結果が出せないかもしれない。


美樹は疲労感を無視して、走り続けた。


---

2


ある夜。


美樹は脚を中心に疲労を感じながら帰宅していた。


時刻は午後8時を回っている。


部活が終わった後も、一人でトラックを走り続けていた。


美樹は疲れ果てていた。


駅へ向かう道を歩いていたが、足が思うように動かない。


気づくと、見知らぬ場所にいた。


古びた商店街。


シャッターが下りた店舗が並んでいる。


美樹は一瞬、迷ったかと思った。


でも、その中に、一軒だけ明かりの灯った店があった。


今宵薬局


商店街にあるどこにでもあるだろう薬局の佇まい。ガラス戸の向こうには、柔らかな光が漏れている。


美樹は足を止めた。


(薬局……)


美樹は脚の疲労感を感じながら、店に近づいた。


この疲労感をなくす薬とか売っているだろうか。


美樹はドアを開けた。


カラン、と柔らかな鈴の音が鳴った。



3


美樹は今宵薬局の店内に入り、店内の様子を見た。


壁一面に並ぶ棚には、薬が整然と並んでいる。


カウンターの奥には、一人の人物が立っていた。


年ごろは20代後半だろうか、中性的な顔立ち。眼鏡をかけ、黒髪を後ろで結び白衣を着ている。


「ようこそ、今宵薬局へ」


でも、店主の穏やかな雰囲気に、少し緊張がほぐれた。


「あの……脚の疲労が抜けなくて、疲労回復の薬とかありますか」


店主は美樹の脚をじっと見つめた。


美樹は少し居心地が悪くなった。


店主は静かに言った。


「疲労、というより痛みがあるのではありませんか」


美樹の心臓が跳ねた、指摘通りだからだ。


言い訳も考えたが、すぐに観念した。


「まあ、そうです……」


「いや、痛みだけではありませんね」


店主は美樹の瞳を見つめた。


美樹は全てを見透かされそうで思わず目を背けてしまう。


店主はそんな美樹に少し真剣な顔をした。


「脚の痛みを我慢してでも走ろうとするのは、『結果への執着』と『焦り』からです」


美樹は息を呑んだ。


「なぜ、そんな事まで分かるのですか」


美樹は少し後ずさる。


「私は薬を処方する者ですからね、ある程度その人の体調を見抜くことが出来ます」


「少しお待ちください」


と言って店主は店の奥に消えた。


美樹は店内を見回した。棚には、見たこともない薬が並んでいる。「こころのシロップ」「恋の解熱剤」「リピート錠」「ココロの絆創膏」。どうも一般的な薬局とは扱っているものが違うようである。


少しして店主が戻ってきた。手には、少し大きめの箱があった。


「これを」


淡い青色の包装紙に、白い羽根の模様が描かれている。


店主はそれをカウンターに置いた。


「これは『休息の湿布薬』と申します」


「休息の……湿布薬?」


「ええ」店主は静かに説明した。「これを脚に貼って眠ってください。あなたの足枷となっているものを抜き去り、本来の羽ばたきを取り戻してくれますよ」


美樹は半信半疑で湿布を見つめた。


「それって普通の湿布薬と何が違うんですか」


「大した違いはありませんよ、脚の痛みを取る湿布薬以外にもちょっとした副次的な効果があるだけです」




美樹は財布を取り出そうとしたが、店主は手を振った。


「お代は結構です」


「え……でも……」


「代わりに」店主は静かに言った。「あなたの『焦り』を少しだけ、この店に置いていってください」


美樹は意味がわからなかった。


でも、店主の穏やかな雰囲気に、何か安心感を覚えた。


「……ありがとうございます」


美樹は湿布を受け取り、店を出た。


鈴の音が、静かに響いた。



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