第9話 ココロの絆創膏 9−5
9
拓也は家に帰り、鏡の前に立った。
太ももの絆創膏に手を当てる。
見えないけれど、確かにそこにある。
(剥がせば…あの痛みが戻ってくる)
上司の指摘に傷つく日々。
同僚の冗談に落ち込む毎日。
取引先の厳しい言葉に押しつぶされそうになる恐怖。
(あの弱い自分に、戻ってしまう)
手が震える。
(でも…)
田村の疲れた顔。
取引先の解約。
チームの崩壊。
みんなの視線。
(このままでいいのか?)
拓也は床に座り込んだ。
夜が更けていく。
拓也は一晩中、眠れなかった。
週明け、オフィスの空気は重かった。
田村の席は空いている。
同僚たちは拓也を避けるように働いている。
午前中、田中部長が拓也を呼んだ。
「佐々木、お前には一週間、休みを取ってもらう」
「え…」
「今のお前は、チームにとってマイナスだ。少し頭を冷やせ」
事実上の謹慎処分だった。
拓也は言葉を失った。
「……わかりました」
拓也はデスクに戻り、荷物をまとめた。
誰も声をかけてこない。
山田も、他の同僚も、黙って自分の仕事をしている。
(…僕は、一人になった)
拓也はオフィスを出た。
家に戻った拓也は、一日中ベッドに横たわっていた。
何も感じない。
絆創膏がある限り、痛みはない。
でも、それでいいのか。
店主の言葉が蘇る。
「痛みを消すだけです」
「良いことなのか、悪いことなのかは分かりません」
拓也は天井を見つめた。
(僕は、痛みを消しただけだ)
(強くなったわけじゃない)
(痛みを感じないから、人の痛みも分からなくなった)
田村の疲れた顔。
取引先の申し訳なさそうな声。
山田の心配そうな表情。
全部、見えていたのに、感じなかった。
(僕は…何てことを…)
拓也は起き上がった。
拓也は鏡の前に立った。
太ももに手を当てる。
腕に手を当てる。
(剥がすしかない)
(怖い。あの痛みが戻ってくるのが怖い)
(でも、このままじゃダメだ)
(このままじゃ、僕は本当に一人になる)
拓也は深呼吸をした。
「…大丈夫」
自分に言い聞かせる。
「傷ついても、大丈夫」
拓也は太ももの絆創膏に触れた。
見えないけれど、確かに感触がある。
「…ごめん、みんな」
拓也は引き剥がした。
10
瞬間、激痛が走った。
心が、痛い。
上司の厳しい言葉。
同僚の避ける視線。
取引先の失望。
田村の疲れた顔。
全てが一度に押し寄せてくる。
でも、それだけじゃない。
自分が傷つけた人々の痛みも、押し寄せてくる。
田村を追い詰めた自分。
取引先を突き放した自分。
チームを壊した自分。
「うあああああ!」
拓也は叫んだ。
涙が止まらない。
床に倒れ込み、拓也は泣き続けた。
次々と絆創膏を剥がす。
腕から、もう一方の太ももから。
痛い。
痛い。
でも、これが本当の自分だ。
拓也は一晩中、泣き続けた。
朝日が昇る頃、拓也はようやく泣き止んだ。
目は腫れ、体は疲れ果てている。
でも、胸の中には、小さな決意があった。
(償わなきゃ)
翌日、拓也はまず田村の家を訪ねた。
インターホンを押す。
出てきたのは田村の母親。
「…佐々木さん」
複雑な表情。
「田村君に…謝りたいんです」
母親は少し考えて、拓也を中に入れた。
リビングで、やつれた田村が座っていた。
拓也は土下座した。
「田村君、本当にごめん」
田村は驚いた顔をしている。
「僕は…君が苦しんでいるのを見て見ぬふりをした。いや、見ていたのに、感じなかった」
拓也の声が震える。
「僕のせいで、君をこんなふうにしてしまった。本当に、本当にごめん」
涙が溢れる。
田村は静かに言った。
「…佐々木さんも、辛かったんですね」
その優しい言葉に、拓也はまた泣いた。
「僕は…弱かったんです。傷つくのが怖くて、痛みを消してしまった」
拓也は顔を上げた。
「でも、痛みを消したら、君の痛みも分からなくなった」
田村は小さく微笑んだ。
「佐々木さん、わかってくれたんですね」
拓也は頷いた。
「もう一度、やり直させてください」
作品・続きにご興味をお持ちいただけたのでしたら下の★をクリックしていただけると嬉しいです。




