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今宵薬局  作者: 蟷螂
50/63

第9話 ココロの絆創膏 9−5

9


拓也は家に帰り、鏡の前に立った。


太ももの絆創膏に手を当てる。


見えないけれど、確かにそこにある。


(剥がせば…あの痛みが戻ってくる)


上司の指摘に傷つく日々。


同僚の冗談に落ち込む毎日。


取引先の厳しい言葉に押しつぶされそうになる恐怖。


(あの弱い自分に、戻ってしまう)


手が震える。


(でも…)


田村の疲れた顔。


取引先の解約。


チームの崩壊。


みんなの視線。


(このままでいいのか?)


拓也は床に座り込んだ。


夜が更けていく。


拓也は一晩中、眠れなかった。



週明け、オフィスの空気は重かった。


田村の席は空いている。


同僚たちは拓也を避けるように働いている。


午前中、田中部長が拓也を呼んだ。


「佐々木、お前には一週間、休みを取ってもらう」


「え…」


「今のお前は、チームにとってマイナスだ。少し頭を冷やせ」


事実上の謹慎処分だった。


拓也は言葉を失った。


「……わかりました」


拓也はデスクに戻り、荷物をまとめた。


誰も声をかけてこない。


山田も、他の同僚も、黙って自分の仕事をしている。


(…僕は、一人になった)


拓也はオフィスを出た。



家に戻った拓也は、一日中ベッドに横たわっていた。


何も感じない。


絆創膏がある限り、痛みはない。


でも、それでいいのか。


店主の言葉が蘇る。


「痛みを消すだけです」


「良いことなのか、悪いことなのかは分かりません」


拓也は天井を見つめた。


(僕は、痛みを消しただけだ)


(強くなったわけじゃない)


(痛みを感じないから、人の痛みも分からなくなった)


田村の疲れた顔。


取引先の申し訳なさそうな声。


山田の心配そうな表情。


全部、見えていたのに、感じなかった。


(僕は…何てことを…)


拓也は起き上がった。



拓也は鏡の前に立った。


太ももに手を当てる。


腕に手を当てる。


(剥がすしかない)


(怖い。あの痛みが戻ってくるのが怖い)


(でも、このままじゃダメだ)


(このままじゃ、僕は本当に一人になる)


拓也は深呼吸をした。


「…大丈夫」


自分に言い聞かせる。


「傷ついても、大丈夫」


拓也は太ももの絆創膏に触れた。


見えないけれど、確かに感触がある。


「…ごめん、みんな」


拓也は引き剥がした。



10


瞬間、激痛が走った。


心が、痛い。


上司の厳しい言葉。


同僚の避ける視線。


取引先の失望。


田村の疲れた顔。


全てが一度に押し寄せてくる。


でも、それだけじゃない。


自分が傷つけた人々の痛みも、押し寄せてくる。


田村を追い詰めた自分。


取引先を突き放した自分。


チームを壊した自分。


「うあああああ!」


拓也は叫んだ。


涙が止まらない。


床に倒れ込み、拓也は泣き続けた。


次々と絆創膏を剥がす。


腕から、もう一方の太ももから。


痛い。


痛い。


でも、これが本当の自分だ。


拓也は一晩中、泣き続けた。


朝日が昇る頃、拓也はようやく泣き止んだ。


目は腫れ、体は疲れ果てている。


でも、胸の中には、小さな決意があった。


(償わなきゃ)



翌日、拓也はまず田村の家を訪ねた。


インターホンを押す。


出てきたのは田村の母親。


「…佐々木さん」


複雑な表情。


「田村君に…謝りたいんです」


母親は少し考えて、拓也を中に入れた。


リビングで、やつれた田村が座っていた。


拓也は土下座した。


「田村君、本当にごめん」


田村は驚いた顔をしている。


「僕は…君が苦しんでいるのを見て見ぬふりをした。いや、見ていたのに、感じなかった」


拓也の声が震える。


「僕のせいで、君をこんなふうにしてしまった。本当に、本当にごめん」


涙が溢れる。


田村は静かに言った。


「…佐々木さんも、辛かったんですね」


その優しい言葉に、拓也はまた泣いた。


「僕は…弱かったんです。傷つくのが怖くて、痛みを消してしまった」


拓也は顔を上げた。


「でも、痛みを消したら、君の痛みも分からなくなった」


田村は小さく微笑んだ。


「佐々木さん、わかってくれたんですね」


拓也は頷いた。


「もう一度、やり直させてください」


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