第9話 ココロの絆創膏 9ー4
7
月曜日の朝。
朝礼が始まる前、田中部長が深刻な顔で全員を集めた。
「みんなに伝えなければならないことがある」
部長の声は重い。
「田村が…休職することになった」
オフィスに衝撃が走る。
「え……」
「精神的に参ってしまったらしい。診断書が出た」
同僚たちがざわめく。
田中部長は拓也を見た。
「佐々木、お前、田村に何か言ったか?」
「いえ、特には……」
拓也は答える。
でも、心は動かない。
(田村の問題だろう。自分には関係ない)
しかし、周囲の視線が拓也に集まっている。
山田が小さく呟いた。
「佐々木さん……」
拓也は何も感じなかった。
でも、視線があることには気づいた。
その週の水曜日。
拓也のパソコンに、メールが届いた。
差出人は、先週納期の変更を断った取引先。
件名:契約の解除について
拓也は目を疑った。
メールを開く。
本文には、丁寧な言葉で書かれていた。
「貴社との取引は大変有意義でしたが、今後の方針の違いから、契約を解除させていただきます」
拓也は即座に電話をかけた。
「どういうことですか! 突然の解約なんて!」
相手は静かに答えた。
「佐々木さん…あなたは変わってしまいました」
「何がですか」
「以前は、私たちの事情も聞いてくれて、一緒に解決策を考えてくれた。でも今は、契約書だけです」
相手は深く息を吐いた。
「もう、一緒に仕事をしたいと思えません」
電話は切れた。
拓也は呆然とした。
(なぜだ? 自分は正しいことをしただけなのに)
金曜日の夕方。
田中部長が緊急ミーティングを招集した。
会議室に全員が集まる。
田中部長は厳しい顔で言った。
「我々のチームは、今、危機的状況にある」
拓也は資料を見つめていた。
「田村の休職、大口顧客の契約解除、そして…」
部長は拓也を見た。
「チーム内の雰囲気が最悪だ」
山田が勇気を振り絞って言った。
「部長、はっきり言います。佐々木さんが変わってから、チームがおかしくなりました」
拓也は顔を上げた。
「は?」
「佐々木さんは、誰の話も聞かない。後輩が相談しても突き放す。取引先にも容赦ない」
別の同僚も言った。
「佐々木さん、あなたは強くなったんじゃない。冷たくなっただけです」
拓也は反論しようとした。
でも、言葉が出ない。
何も感じない。
反論する気持ちが湧かない。
田中部長が言った。
「佐々木、お前は確かに結果を出すようになった。タフになった」
部長は深く息を吐いた。
「でもな……お前は強くなったんじゃない。人の痛みが分からなくなっただけだ」
その言葉が、拓也の胸に突き刺さった。
いや、突き刺さらない。
でも、何かがおかしい。
拓也は何も言えなかった。
会議室に、重い沈黙が流れた。
7
その夜、オフィスには拓也一人が残っていた。
時刻は午後10時を回っている。
誰も話しかけてこない。
誰も残業に付き合ってくれない。
デスクの上には、解約通知書のコピー。
引き出しには、田村の休職届のコピー。
拓也は資料をまとめようとしたが、手が動かない。
ふと、自分の体を見た。
太もも。腕。
絆創膏を貼った場所。
見えないけれど、確かにそこにある。
(…僕は、何をしたんだろう)
初めて、疑問が湧いた。
拓也は椅子に座り込んだ。
胸に、小さな違和感がある。
痛みではない。
でも、何かが、おかしい。
拓也は深く息を吐いた。
8
拓也はフラフラと夜の商店街を歩いていた。
足が勝手に向かう場所。
そこに、あの薬局があった。
『今宵薬局』
暖かな光が、店の中から漏れている。
拓也は吸い込まれるように中に入った。
店主は静かに微笑んでいた。
「いらっしゃいませ、お久しぶりですね」
拓也は店主を見つめた。
「…あなたは、知っていたんですか」
拓也は絞り出すように言った。
「僕がこんなふうになることを」
店主は静かに答えた。
「私は何も知りません。ただ、薬を渡しただけです」
「でも……」
「使い方は、あなたが選んだ。結果も、あなたが招いた」
拓也は膝から崩れ落ちた。
「…僕は、間違えたんですか」
「それはあなたが決めることですよ」
店主は優しく、でも厳しく言った。
「絆創膏を剥がせば、痛みは戻ってきます。でも、剥がさなければ、あなたは今のままです」
店主は続けた。
「どちらを選んでも、その結果を生きるのはあなた自身です」
拓也は顔を覆った。
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