第8話 リピート錠 8−1
本日より第8話を投稿します。
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黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。
その店の店名は今宵薬局と書かれている。
店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子での薬が所狭しと並べられている。ただ、その薬は一般的に流通している市販品とは違う印象がある。
そしてカウンターの向こうに男がひとり座ってなにやら水晶球をじっと眺めている。
男は20代後半で顔は整っている。しかし、よく見ると化粧で誤魔化されているが口の周囲にうっすらと縫合の傷跡がある。その男はこちらに気づくと、にこやかな顔になった。
「やあ、こんにちわ、いやもうこんばんわかな、今宵薬局へようこそ。私はここの店主の「 」です。今回のお客様は、夫の介護に疲れ、人生に絶望しかかっている方です。」
水晶球には、病院の一室で痴呆症になった男性の介護をしている年老いた女性が写っていた。
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村井春子は、病院の廊下を抜けて外へ出た。
夕暮れ時の街は、どこか物悲しい空気に包まれている。家路を急ぐ人々の足音が遠くに聞こえるが、春子の心にはその音すら届かない。
夫の誠一が認知症と診断されてから、もう5年が経つ。
最初は小さな物忘れだった。財布をどこに置いたか忘れる。約束の時間を間違える。そんな些細なことから始まった。
だが、症状は徐々に進行し、今では春子の顔すらわからなくなった。
病院を訪れるたび、誠一は春子を見て「お前さん、誰だっけ?」と尋ねる。
その言葉を聞くたびに、春子の心は少しずつ削られていった。
――私は、あなたの妻なのに。
――54年も一緒にいたのに。
春子は病院を出て、ふらふらと商店街の方へ歩き始めた。
この商店街は、かつては賑やかだったが、今では全ての店がシャッターを下ろしている。人通りはほとんどなく、薄暗い通りには街灯の光だけが頼りだ。
春子は疲れ切っていた。
毎日のように夫の介護をしているが、状況は悪化していくだけ。
少しでも改善してくれればやる気も湧くが、悪化していくだけではこちらも徒労しか感じない。
どこへ向かっているのかもわからない。ただ、家に帰る気力もなく、病院に戻る気にもなれなかった。
春子は足を止めた。
一軒だけ、明かりが灯っている店があった。
薬局だった。
「今宵薬局」
町中で見かけるありふれた薬局で、ガラス戸の向こうには、柔らかな光が漏れている。
春子はこのところの疲労が抜けないので栄養剤でも買おうと薬局に立ち寄ることにした。
ガラス戸を開けると、カラン、カラン、と鈴が鳴った。




