第7話 恋の解熱剤 7−1
本日から第7話投稿します。
まだ先の話ですが、物語は15話で一旦一区切りとし、あとはこの薬局の別物語を書いていく予定です。
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黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。
その店の店名は「今宵薬局」と書かれている。
店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子で、薬が所狭しと並べられている。ただ、その薬は一般的に流通している市販品とは違う印象がある。
そしてカウンターの向こうに男がひとり座って、なにやら水晶球をじっと眺めている。
男は二十代後半で顔は整っている。しかし、よく見ると化粧で誤魔化されているが、口の周囲にうっすらと縫合の傷跡がある。その男——店主の今宵は、こちらに気づくと、にこやかな顔になった。
「やあ、こんにちわ。いや、もうこんばんわかな。今宵薬局へようこそ。私はここの店主の「 」 です」
「 」水晶球を覆う布をそっと外した。
球の中には、一人の女性が映っている。二十代半ばくらいだろうか。やや派手な化粧をして、ふらふらと歩いている。
「今回のお客様は、恋多き女性です。惚れた相手には尽くすのですが、惚れてしまう男性がよろしくない方ばかり。そんな彼女に良い伴侶が見つかると良いのですが。」
「 」は水晶球を覗き込んだ。
鈴の音が、もうすぐ鳴るだろう。
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12月の夜。繁華街のネオンが、冷たい空気の中で輝いていた。
今野小和は、酔っ払って路地を歩いていた。26歳。キャバクラ「Rose」で4年働いているキャバ嬢だ。No. 1とまではいかないが、コンスタントに店を儲けさせている。
映えるメイク、華やかなドレス。でも、今その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「クソ……クソ……!」
小和は、電柱に寄りかかって泣いた。
また、裏切られた。
彼氏の田村が、浮気していた。しかも、相手は小和の後輩キャバ嬢。
問い詰めたら、開き直られた。
「お前、うるさいんだよ。束縛ばっかりで」
「束縛? 浮気してるから聞いてるんでしょ!」
「はいはい、もういいわ。俺、あっちの方が好きだから。じゃあな」
田村は、浮気相手と一緒に出て行った。
小和のアパートから、小和を追い出すように。
小和は、店に戻った。そして、自分を推してくれる客に大盤振る舞いさせて、しこたま飲んだ。
「小和ちゃん、大丈夫?」
先輩のキャバ嬢、美咲が心配そうに声をかけてくれた。
「大丈夫! 全然大丈夫!」
小和は笑顔を作った。でも、心の中は泣いていた。
店を出たのは午前2時。小和は、ふらふらと夜の街を歩いた。
また、ダメだった。
小和は、恋愛運が最悪だった。
惚れる男は、みんなクズ。ダメ男。ヒモ。
暴力を振るう人はいなかったが、浮気、借金、ヒモ、嘘つき。
なんで、こんな男ばかり好きになるんだろう。
小和は、自分が嫌になった。
気づけば、見知らぬ路地に出ていた。
シャッター街と化した商店街。ほとんどの店がシャッターを下ろしている。でも、一軒だけ、明かりが灯っている店があった。
薬局だった。
「今宵薬局」
こんな夜中に薬局がやっている。
しかし、小和は、ふらふらと店に近づいた。
二日酔いの薬、買っとこうかな。
ガラス戸を開けると、カラン、カラン、と鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうから、一人の男性が顔を上げた。こんな夜更けにも関わらず、店主は穏やかな声で応対してくれた。
年ごろは20代後半だろうか、中性的な顔立ち。眼鏡をかけ、黒髪を後ろで結び白衣を着ている。
そして子和は彼が化粧で誤魔化しているが、口の周りに縫合の跡があることに気付いた。
気付いたが、そのことには触れない。
接客やっていると指摘すべきことすべきことではないことの判別はある。
そんな事よりこの二日酔いをどうにかしないといけない。
「ようこそ、今宵薬局へ。何をお求めですか。」
店主は微笑んだ。
「あー……、二日酔いの薬、ある?」
小和は、酔った声で言った。
「もちろんです。少々お待ちください」
店主は棚から薬を取り出した。
小和は、カウンターに寄りかかった。
裏切られた辛さと酔いが手伝ってつい愚痴ってしまう。
「あーあ、最悪。また振られちゃった」
「そうなのですか」
「うん。彼氏、浮気しててさ。しかも相手、私の後輩。クソだよね」
「それは辛いですね」
「でもさ、私が悪いのかもね。いつもクズばかり好きになるんだよ。なんでだろうね」
小和は自嘲気味に笑った。
店主は、小和をじっと見つめた。
「惚れっぽいのですね」
「うん。すぐ好きになっちゃう。でも、好きになる人、みんなダメ男」
「それは……」
店主は少し考えた。
「恋の熱に浮かされているからかもしれませんね」
「そそ。わたし惚れてしまうと、相手の悪いところが見えなくなっちゃう。恋は、盲目とよく言ったもんね」
店主は、棚から別の薬を取り出した。
小さな瓶。錠剤が入っている。
「これを」
今宵は瓶を小和の前に置いた。
「恋の解熱薬です」
「解熱薬?」
「ええ。あなたが男性にぞっこんになった時、これを一錠飲んでください。そうすれば、恋の盲目から覚めて、冷静に相手を見ることができます」
小和はその瓶を店主から受け取り、その小瓶を眺めた。
「本当に?」
「ええ。この薬は盲目を覚めさせるもので、恋そのものを無くすものではありません」
小和は、酔っていてよくわからなかったが、頷いた。
「お代は……」
「いえ、今日は無料で差し上げます」
「え? いいの?」
「ええ。あなたには、必要だと思いますから」
店主は微笑んだ。
「ありがとう!」
小和は瓶を受け取り、鞄にしまった。
ついでに二日酔いの薬も受け取り、小和は店を出た。
「変な店」
小和は呟いたが、すぐに忘れた。




