第6話 眠らなくても良い薬 6−1
0
黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。
その店の店名は今宵薬局と書かれている。
店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子での薬が所狭しと並べられている。ただ、その薬は一般的に流通している市販品とは違う。
そしてカウンターの向こうで今宵薬局の店主である「 」が水晶球をじっと眺めている。
「 」が眺める水晶球には、一人の女性が映っていた。その女性は働き詰めで疲れ切っている。
「今回のお客さまは、仕事と子育てにの時間に追われているようです。今回はどのようなお薬を処方しましょうか。うん、あの薬を処方してみましょうか。」
「 」はそう呟くと再び水晶玉を眺めながら思案するのだった。
1
11月の夜。冷たい風が吹く街を、中村真理は小さな息子の手を引いて歩いていた。
真理は32歳。5歳になる息子、悠太と2人暮らし。2年前に離婚してから、真理はパートを掛け持ちしながら、息子を育てている。
「ママ、眠いよ……」
悠太が眠そうな目で見上げてきた。
「もうちょっとだから、頑張ろうね」
真理は悠太の手を握り直した。
今日は保育園の迎えが遅くなった。真理は昼間は事務のパートをして、夜はコンビニでアルバイトをしている。二つの仕事を掛け持ちして、やっと生活できる。
家に着いたのは午後9時。悠太はすぐに眠ってしまった。
真理は、夕飯の準備をした。簡単なレトルト食品。本当は手作りの食事を作りたいが、時間がない。
洗濯物を畳み、明日の準備をして、気づけば午前0時を過ぎていた。
真理はベッドに横になった。疲れているのに、なかなか寝付けない。ようやく寝たと思っても、すぐに目覚まし時計が鳴る。午前6時起床。
睡眠時間も短いが何より寝た気がしない。
正直寝るのがもったいなくすら感じる。
もっと時間があれば。もっと1日が長ければ。
真理は、いつもそう思っていた。
週末も休めない。洗濯、掃除、買い物。悠太の世話。やることは山積みだ。
真理は疲れていた。体も、心も。
コンビニのシフトが終わって帰る途中、真理はいつもと違う道に出ていることに気づいた。
見知らぬ路地。薄暗く、人通りもない。
でも、一軒だけ、明かりが灯っている店があった。
薬局だった。
「今宵薬局」
商店街にあるどこにでもあるだろう薬局の佇まい。ガラス戸の向こうには、柔らかな光が漏れている。
真理は、睡眠導入剤でも買おうかと店に入った。
カラン、カラン。
鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませ」
穏やかな声。店の奥から、一人の人物が現れた。
年ごろは20代後半だろうか、中性的な顔立ち。眼鏡をかけ、黒髪を後ろで結び白衣を着ている。
「ようこそ、今宵薬局へ」
店主は微笑んだ。
「どのようなものをお求めでしょうか」
「このところ寝付けなくて、睡眠導入剤ありますか」
「申し訳ありませんが、睡眠導入剤は医師からの処方箋がないと販売できません」
「そ、そうですね。すっきり眠れるようになるサプリとかはありますかね」
それを聞いた店主は、真里の顔を見ながら顎に手を添える。
少し思案したのち、真里に言う。
「あなたが必要としているのは、睡眠より時間ではありませんか?」
真里は店主が何を言っているのか一瞬わからなかった。
「時間ですか……」
「ええ。もっと時間があれば、仕事も家事もこなせる。お子さんとの時間も作れる。そうお考えではありませんか?」
言われてみればその通りだ。真里は時間に追われている、時間が欲しいのだ。
「少し、お待ちください」
店主は店の奥に消えた。
真理は店内を見回した。棚には、見たこともない薬が並んでいる。「時の顆粒」「時戻しの咳止め」「才能の目薬」。普通の薬局にはないものばかりだ。そして、薬局には似つかわしいものが飾ってあった。それは絵画、巨大な木が描かれている。
真里はその絵画を眺めていると、じきに店主が戻ってきたので、店主の方に
彼の手には、小さな箱があった。
「これを」
カウンターに置かれた小箱。ラベルには「眠らなくてよい薬」と書かれていた。
「眠らなくて……?」
「ええ。この薬を1日1錠飲んでください。そうすれば、二十四時間活動し続けても疲れません。睡眠が不要になります」
真理は訝しむ。
「それ、24時間たた……」
「おっと、それ以上仰ってはいけません」
この店主は珍しく焦った顔をしていた。
そしてコホンとわざとらしく咳をして、仕切り直し。
「その手の疲労感を麻痺させる薬ではありません。文字通りの眠らなくても良くなる薬なのです」
ますます訝しむ真里をスルーして店主の説明は続く
「この薬は、睡眠を不要にするものです。ただ、睡眠には疲れを取る以外の役割もあります。その点は忘れないでください」
真理は小箱を見つめた。
「おいくらですか……」
「いえ、お題は結構ですよ。お金をいただくような薬ではないので、そうですね、試供品とお考えください」
「はあ、なら良いですけど」
いまいち要領の得ない説明だったが、真理はその薬をもらうことにした。
店主は小箱を真理に手渡す。
「どうぞ、お大事に。そして、お気をつけて」
真理は小箱を鞄にしまい、店を出た。
本当にこんな薬で、眠らなくても良くなるのだろうか、時間が作れるのだろうか。
真里は店主のうまい話を疑いながらも、とりあえずは薬を試してみることにした。




