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今宵薬局  作者: 蟷螂
29/63

第6話 眠らなくても良い薬 6−1




0


黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。

その店の店名は今宵薬局と書かれている。


店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子での薬が所狭しと並べられている。ただ、その薬は一般的に流通している市販品とは違う。


そしてカウンターの向こうで今宵薬局の店主である「  」が水晶球をじっと眺めている。


「  」が眺める水晶球には、一人の女性が映っていた。その女性は働き詰めで疲れ切っている。


「今回のお客さまは、仕事と子育てにの時間に追われているようです。今回はどのようなお薬を処方しましょうか。うん、あの薬を処方してみましょうか。」


「 」はそう呟くと再び水晶玉を眺めながら思案するのだった。



 1


 11月の夜。冷たい風が吹く街を、中村真理は小さな息子の手を引いて歩いていた。


真理は32歳。5歳になる息子、悠太と2人暮らし。2年前に離婚してから、真理はパートを掛け持ちしながら、息子を育てている。


「ママ、眠いよ……」


悠太が眠そうな目で見上げてきた。


「もうちょっとだから、頑張ろうね」


真理は悠太の手を握り直した。


今日は保育園の迎えが遅くなった。真理は昼間は事務のパートをして、夜はコンビニでアルバイトをしている。二つの仕事を掛け持ちして、やっと生活できる。


家に着いたのは午後9時。悠太はすぐに眠ってしまった。


真理は、夕飯の準備をした。簡単なレトルト食品。本当は手作りの食事を作りたいが、時間がない。


洗濯物を畳み、明日の準備をして、気づけば午前0時を過ぎていた。


真理はベッドに横になった。疲れているのに、なかなか寝付けない。ようやく寝たと思っても、すぐに目覚まし時計が鳴る。午前6時起床。


睡眠時間も短いが何より寝た気がしない。


正直寝るのがもったいなくすら感じる。


もっと時間があれば。もっと1日が長ければ。


真理は、いつもそう思っていた。


週末も休めない。洗濯、掃除、買い物。悠太の世話。やることは山積みだ。


真理は疲れていた。体も、心も。


コンビニのシフトが終わって帰る途中、真理はいつもと違う道に出ていることに気づいた。


見知らぬ路地。薄暗く、人通りもない。


でも、一軒だけ、明かりが灯っている店があった。


薬局だった。


「今宵薬局」


商店街にあるどこにでもあるだろう薬局の佇まい。ガラス戸の向こうには、柔らかな光が漏れている。


真理は、睡眠導入剤でも買おうかと店に入った。


カラン、カラン。


鈴の音が響いた。


「いらっしゃいませ」


穏やかな声。店の奥から、一人の人物が現れた。


年ごろは20代後半だろうか、中性的な顔立ち。眼鏡をかけ、黒髪を後ろで結び白衣を着ている。


「ようこそ、今宵薬局へ」


店主は微笑んだ。


「どのようなものをお求めでしょうか」


「このところ寝付けなくて、睡眠導入剤ありますか」


「申し訳ありませんが、睡眠導入剤は医師からの処方箋がないと販売できません」


「そ、そうですね。すっきり眠れるようになるサプリとかはありますかね」


それを聞いた店主は、真里の顔を見ながら顎に手を添える。

少し思案したのち、真里に言う。


「あなたが必要としているのは、睡眠より時間ではありませんか?」


真里は店主が何を言っているのか一瞬わからなかった。


「時間ですか……」


「ええ。もっと時間があれば、仕事も家事もこなせる。お子さんとの時間も作れる。そうお考えではありませんか?」


言われてみればその通りだ。真里は時間に追われている、時間が欲しいのだ。


「少し、お待ちください」


店主は店の奥に消えた。


真理は店内を見回した。棚には、見たこともない薬が並んでいる。「時の顆粒」「時戻しの咳止め」「才能の目薬」。普通の薬局にはないものばかりだ。そして、薬局には似つかわしいものが飾ってあった。それは絵画、巨大な木が描かれている。


真里はその絵画を眺めていると、じきに店主が戻ってきたので、店主の方に

彼の手には、小さな箱があった。


「これを」


カウンターに置かれた小箱。ラベルには「眠らなくてよい薬」と書かれていた。


「眠らなくて……?」


「ええ。この薬を1日1錠飲んでください。そうすれば、二十四時間活動し続けても疲れません。睡眠が不要になります」


真理は訝しむ。


「それ、24時間たた……」


「おっと、それ以上仰ってはいけません」


この店主は珍しく焦った顔をしていた。

そしてコホンとわざとらしく咳をして、仕切り直し。


「その手の疲労感を麻痺させる薬ではありません。文字通りの眠らなくても良くなる薬なのです」


ますます訝しむ真里をスルーして店主の説明は続く


「この薬は、睡眠を不要にするものです。ただ、睡眠には疲れを取る以外の役割もあります。その点は忘れないでください」


真理は小箱を見つめた。


「おいくらですか……」


「いえ、お題は結構ですよ。お金をいただくような薬ではないので、そうですね、試供品とお考えください」


「はあ、なら良いですけど」


いまいち要領の得ない説明だったが、真理はその薬をもらうことにした。


店主は小箱を真理に手渡す。


「どうぞ、お大事に。そして、お気をつけて」


真理は小箱を鞄にしまい、店を出た。


本当にこんな薬で、眠らなくても良くなるのだろうか、時間が作れるのだろうか。


真里は店主のうまい話を疑いながらも、とりあえずは薬を試してみることにした。

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