第5話 才能の目薬 5−6
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半年後。
拓海は、再びギャラリーで個展を開いた。
今度は、全て自分の力で描いた絵だ。
個展には、以前ほどではないが多くの人が来た。
でも、前回とは反応が違った。
「前より下手になってないか?」
「たしかに技術は落ちた。けど何か心に響くものがあるね」
「才能ってすぐに枯れるもんなのかな」
「私は、こっちの方が好きだな。人間臭さがあるっていうか、作者の思いがキャンバスに埋まっている感じがする」
評価は、それぞれ。
拓海はチクチクする痛みも感じたが、同じくらい嬉しさも感じていた。
全ての人に認められなくても、自分の絵を好きだと言ってくれる人が一定数存在している。
今はそれだけで、十分だった。
個展の最終日、ひとりの老人が拓海に声をかけてきた。
「いい絵だね。技術はまだ未熟だが、あのキャンバスに思いが埋まっている。そういうの、わたしは好きなんだ」
老人は、拓海の海の絵を見つめた。
それは幻想的な巨木を描いたものだ。
あの目薬を差す前に書いた絵画である。
「この絵、譲ってもらえないかね」
「え……もちろんです」
老人は、拓海の絵を買ってくれた。
拓海は、心から嬉しかった。
自分の力で描いた絵が、誰かの心に届いた。
それが、何より嬉しかった。
9
エピローグ
1年後。
拓海は、小さなアトリエを借りて、絵画教室を開いていた。
生徒は、子供から大人まで。
「先生、この色、どう混ぜればいいですか?」
「いいね。こうやって、少しずつ混ぜてみて」
拓海は、生徒たちに絵を教えることが楽しかった。
自分の技術を伝えること。絵を描く喜びを分かち合うこと。
それが、新しい喜びになっていた。
拓海は、もう有名な画家ではなかった。でも、幸せだった。
毎日、自分の絵を描き、生徒たちに教え、ゆっくりと成長していく。
それが、拓海の新しい人生だった。
ある日、美里がアトリエを訪ねてきた。
「拓海、元気そうだね」
「おう、美里。見てよ、この絵」
拓海は、最新作を見せた。森の中の小道を描いた絵。
「いいね。拓海らしい絵」
「ありがとう」
二人は笑い合った。
「拓海、幸せそうだね」
「うん、幸せだよ。今が一番」
拓海は心から言った。
窓の外には、春の陽気が広がっていた。
拓海は、これからも絵を描き続ける。
評価も大事、名声も大事。でもそれだけでは多分続かない。
ただ、描くことが楽しい、それを忘れないで描き続けたい。
それが、本当の画家だと、拓海は信じている。
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今宵薬局。
店の奥で、「 」は水晶球を眺めていた。
球の中には、拓海の姿が映っている。生徒に絵を教えている拓海。笑顔で筆を走らせている拓海。
その様子を見て「 」は。
「お客さまは自分なりに描いていくというスタイルを見つけ出したようです」
水晶球の中で、拓海が自分の絵を描いている。目薬なしで、自分の力で。
「これからも、そのスタイルを大切に」
「 」は水晶球を布で覆い、静かに店の明かりを消した。
また、誰かが困りごとを抱えて、この店を見つけるまで。
「 」は、静かに待ち続ける。
才能の目薬 -了-
これで第5話は終了です。




