第5話 才能の目薬 5-1
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黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。
その店の店名は今宵薬局と書かれている。
店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子での薬が所狭しと並べられている。ただ、陳列されている薬は一般的に流通している市販品とは違う印象がある。
そしてカウンターの向こうに男がひとり座ってなにやら水晶球をじっと眺めている。
男は20代後半で顔は整っている。しかし、よく見ると化粧で誤魔化されているが口の周囲にうっすらと縫合の傷跡がある。その男はこちらに気づくと、にこやかな顔になった。
「やあ、こんにちわ、いやこんばんわかな、今宵薬局へようこそ。私はここの店主の「 」です。今回のお客さまは、夢に向かって邁進するものの才能の目が出ず、かといって今さら諦めることも出来ずに、人生の帰路に立たされている方です。」
その呟くと、「 」は再び水晶を眺めるのであった。
水晶には青年が映っており、キャンバスに向かって熱心に筆を動かしているのだった。
彼が今描いているのは幻想的な巨木。それを見た「 」はほう、と感嘆する。
「これはこれは、故郷を思い出しますねぇ。このような絵を描く方には活躍して欲しいとものです」
「 」はその巨木を描く青年にどのような処方をするか思案するのであった。
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冬の終わり。3月の風は、まだ冷たかった。
安藤拓海は、古いアパートの一室で、キャンバスに向かっていた。26歳。美大を卒業して四年。画家を目指しているが、まだ一枚も絵が売れていない。
部屋の壁には、拓海が描いた絵が何枚も立てかけてあった。風景画、人物画、抽象画と様々な絵に挑戦している。どれも、拓海が心を込めて描いたものだ。
でも、評価されない。
昨日も、ギャラリーのオーナーに絵を見せに行った。でも、断られた。
「悪くはないんだけどね。ありきたりというか」
今まで何度も言われた評価。
「もっと、こう……見る人の心を掴むような、そういうのがない。」
拓海は何も言えなかった。
見る人の心を掴むような作品
そんなもの、どうやって描けばいいんだろう。
拓海は筆を置いた。
才能がないのだろうか。美大を卒業してから4年も描き続けているのに、一枚も売れない。友人たちは、もう普通の会社で働いている。拓海だけが、まだ夢を追っている。
いや、追っているというより、しがみついている。
拓海は窓の外を見た。夕暮れの空が、オレンジ色に染まっている。
生活費も底をついてきた。バイトを増やさなければならない。そうすると、絵を描く時間が減る。
でも、絵を描かなければ、画家にはなれない。
拓海は、堂々巡りの思考に疲れていた。
その夜、拓海はコンビニに買い物に出かけた。
寒い夜風が、頬を刺す。拓海はコートの襟を立てて歩いた。
ふと、見慣れない路地に目が留まった。
こんな路地、あっただろうか。拓海は首を傾げながら、その路地に足を踏み入れた。
古びた商店街。ほとんどの店がシャッターを下ろしている。でも、一軒だけ、明かりが灯っている店があった。
薬局だった。
「今宵薬局」
看板こそ古めかしいが、店はありふれた町の薬局。ガラス戸の向こうには、柔らかな光が漏れている。
拓海は、なんとなく引き寄せられて、ガラス戸を開けた。
カラン、カラン。
鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませ」
穏やかな声。店の奥から、一人の人物が現れた。
男は30代手前、整った顔をしており、眼鏡をかけ、黒髪を後ろで束ねていた。
「ようこそ、今宵薬局へ」
その人物——店主は、微笑んだ。
「お困りのようですね」
拓海は戸惑った。何も言っていないのに、どうしてわかるんだろう。
「いや、薬を買いに来たわけじゃ……」
「ええ、わかっています」
今宵は優しく言った。
「絵を描いていらっしゃるのでしょう?」
「どうして……」
「あなたの指先に、絵の具がついています」
店主は拓海の手を見た。確かに、青と赤の絵の具が、爪の間に残っていた。
「そして、ご自分の絵が評価されないことに悩んでおられる」
「なぜそんなことまで分かるんですか?」
「絵を描いてらっしゃるのは指先の絵の具を見ればわかりますし、憂鬱そうな顔をしてれいば、絵の関係で悩んでおられること、評価がされていないのだと予想できます。」
拓海はイギリスの名探偵のように推理する店主に感心してしまった。
店主はそんなたくみの顔をすこし凝視したのち
「少し、お待ちください」
と、店の奥に消えた。
拓海は店内を見回した。棚には、見たこともない薬が並んでいる。「声ののど飴」「時の顆粒」「時戻しの咳止め」「記憶の錠剤」。どうも一般的な薬局とは扱っているものが違うようである。
店主が戻ってきた。手には、小さな箱があった。
「これを」
カウンターに置かれた瓶。透明な液体が入っている。ラベルには「才の目薬」と書かれていた。
「目薬……?」
「ええ。でも、ただの目薬ではありません」
店主は瓶を手に取った。
「絵を描くときこの目薬を使ってください。そうすれば、あなたが描きたい絵をどう描けば良いかはっきりと見えるようになります。」
拓海の心臓が激しく打った。
「本当、ですか……?」
「ええ。ただし」
店主の表情が、わずかに曇った。
「この目薬を使えばあなたの描きたい絵をどう描けば良いか見えてきますが、それはあなたの技量や才能を引き出したわけではありません。それを忘れないでください」
拓海は瓶を見つめた。
「お代は……」
「いや、お代はけっこうです。」
「えっ、しかしこれ商品ですよね?」
「試供品と思ってください。目薬程度でほんとうにそんな効果があるか分からないでしょう?だから試供品ですよ。」
店主はそう言いながら目薬が入った小箱を拓海に手渡した。
それをおずおずと受け取る拓海。
「どうぞ、お大事に。そして、お気をつけて」
拓海は目薬を鞄にしまい、店を出た。




