第4話 出来すぎるノート 4−1
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黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。
その店の店名は今宵薬局と書かれている。
店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子での薬が所狭しと並べられている。ただ、その薬は一般的に流通している市販品とは違う印象がある。
そしてカウンターの向こうに男がひとり座ってなにやら水晶球をじっと眺めている。
男は20代後半で顔は整っている。しかし、よく見ると化粧で誤魔化されているが口の周囲にうっすらと縫合の傷跡がある。その男はこちらに気づくと、にこやかな顔になった。
「やあ、こんにちわ、いやこんばんわかな、今宵薬局へようこそ。私はここの店主の「 」です。今回のお客様は、勉強が苦手な少年です。彼は勉強を克服して、その後どう活躍するのか実に楽しみです」
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梅雨の季節。教室の窓には、雨粒が滴っていた。
中学二年生の森田翔太は、返却されたテストを見つめて、ため息をついた。
数学、32点。赤点ギリギリ。いや、ギリギリどころか、完全に赤点だ。
「森田、またかよ」
隣の席の親友、田中健が呆れた顔で言った。健は成績優秀で、いつもクラスのトップ三に入っている。
「うるさいな……」
翔太は答案用紙を机の中に押し込んだ。
翔太は勉強が苦手だった。授業を聞いていても、内容が頭に入ってこない。教科書を読んでも、すぐに眠くなる。テスト前に必死に詰め込んでも、本番では忘れてしまう。
このままでは、進級も危うい。
放課後、担任の佐藤先生に呼び出された。
「森田、このままだと夏休みに補習だぞ」
佐藤先生は、翔太の答案用紙を並べて見せた。どれも赤点ばかり。
「頑張ってるんですけど……」
「頑張り方が間違ってるんだ。ちゃんと理解しながら勉強しないと、意味がないぞ」
翔太は黙って頷いた。でも、心の中では思っていた。理解って、どうやるんだよ。
教室を出た翔太は、重い足取りで帰路についた。
雨は上がっていたが、空はまだどんよりと曇っていた。翔太は傘を振りながら、商店街を歩いた。
ふと、見慣れない路地に目が留まった。
こんな路地、あっただろうか。翔太は首を傾げながら、その路地に足を踏み入れた。
古びた商店街。ほとんどの店がシャッターを下ろしている。でも、一軒だけ、明かりが灯っている店があった。
薬局だった。
「今宵薬局」
商店街にあるどこにでもあるだろう薬局の佇まい。ガラス戸の向こうには、柔らかな光が漏れている。
翔太はこの薬局が気になってガラス戸を開けて入る。
カラン、カラン。
「いらっしゃいませ」
穏やかな声。店の奥から、一人の人物が現れた。
年ごろは20代後半だろうか、中性的な顔立ち。眼鏡をかけ、黒髪を後ろで結び白衣を着ている。
「ようこそ、今宵薬局へ」
その人物——店主は、微笑んだ。
「何をお求めでしょうか」
店主から質問をされた翔太は、焦って何を言ったら良いか分からなくなった。
「えっと、ですね。その……」
翔太はなんだか恥ずかしくなり、「すいませんでした」と答えて薬局を出ようとした。
「お客さまは勉強のことで悩んでいらっしゃるのでは」
突然の店主の言葉に翔太は振り返って店主を見た。
「どうして……」
「学生さんの悩みなんて、勉強か恋愛のどちらかですから」
店主は和かに言った。
「頑張っているのに、結果が出ない。覚えたいのに、覚えられない。といったところでしょう。違いますか」
何も違わない、その通りだったからだ。
「少し、お待ちください」
店主は店の奥に消えた。
翔太は店内を見回した。棚には、見たこともない薬が並んでいる。「声のしずく」「時の砂」「時戻しの咳止め」。普通の薬局にはないものばかりだ。
店主が戻ってきた。手には、小さな小瓶と、一冊のノートがあった。
「まず、これを」
今宵は小瓶を開けた。中には、小さな糖衣の錠剤が入っている。
「集中力を高める薬です。一日一粒、勉強前に飲んでください」
「集中力……」
翔太は錠剤を見つめた。
「そして、こちら」
店主はノートを取り出した。普通の大学ノートに見える。が、見たことがないノートだ。海外製のノートだろうか。
「これは?」
「薬の販売促進用のグッズです」
店主は微笑んだ。
「錠剤を飲んだ後にこのノートに書いたことは、スッとあなたの頭に入ります。忘れることもありません」
そんなうまい話などあるのだろうか。
「本当ですか?」
「ええ。ただし」
店主の表情が、わずかに真剣になった。
「この錠剤もノートも、あくまで補助です。本当の理解は、あなた自身が努力して得るものです。それを忘れないでください」
翔太は頷いた。でも、正直、後半の言葉はあまり耳に入っていなかった。
「えっと俺、あんまりお金持っていないのですけど」
「お代はけっこうです。」
その回答に翔太は訝しんだ。
「先ほどノートは販売促進用とお伝えしたでしょう?、その錠剤も販売されたばかりで、試供品としてわたしに無償提供されたものなのですよ」
「じゃ、本当にタダでくれるのですか?」
「ええ、そうです」
店主は小瓶とノートを翔太に手渡した。
「どうぞ、お大事に。そして、お気をつけて」
「あ、ありがとうございます」
翔太は箱とノートを鞄にしまい、店を出た。
本当にこんな錠剤とノートで勉強ができるようになるのだろうか。
翔太は薬局の店主に揶揄われているのかと思ったが、タダもらったのものなので、効果がなくても気休めと思うことにした。




