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今宵薬局  作者: 蟷螂
16/65

第3話 時戻しの咳止め 3−6

7


翌朝、直樹は久しぶりに外に出た。


空は晴れていた。冷たい冬の空気が、肺に染み込んでいく。


直樹は、明日香の墓に向かった。


墓前に花を供え、手を合わせる。


「明日香、ごめん。ずっと会いに来れなくて」


墓石は、何も答えてくれない。でも、直樹は続けた。


「僕、君を助けられなかった。何度やっても、運命は変えられなかった」


風が、直樹の髪を撫でた。


「でも、わかったんだ。君が最期まで、僕のことを思っていてくれたこと。プレゼントを買いに行ってくれていたこと」


直樹の目に、涙が滲んだ。


「ありがとう、明日香。君のことは忘れない」


直樹は墓前で手を合わせ、彼女の冥福を祈った。


墓を後にし、直樹は街を歩いた。


クリスマスのイルミネーションが、街を彩っている。カップルたちが、楽しそうに笑っている。


直樹は、もう目を背けなかった。


明日香がいない世界は、辛い。でも、生きていかなければならない。


直樹は、家に帰る途中、あの路地を通りかかった。


「今宵薬局」を探したが、そこには薬局はなかった。シャッターが下りた店舗が並んでいるだけ。


今宵薬局の店主にお礼を言いたかったが、仕方ない。


店主は、直樹と明日香に何ものにも代え難い時を与えてくれたのだ。


結局、明日香が亡くなった過去は変えられなかった。でも、最後に彼女と僅かとはいえ過ごすことが出来た。


直樹はポケットから、小さな箱を取り出した。


警察から返却された明日香の遺品。その中にあった、万年筆の箱。


箱を開けると、万年筆が入っていた。そして、小さなカードも。


「直樹へ。お誕生日おめでとう。これからも、素敵な物語を書いてね。いつも応援してるよ。明日香」


直樹は万年筆を握りしめた。


「ありがとう、明日香」


直樹は前を向いて、歩き出した。


8


12月25日。クリスマス。


直樹は、一人で家にいた。窓の外では、雪が降り始めていた。


テーブルの上には、万年筆と、書きかけの原稿。明日香との思い出を綴った物語。


直樹は原稿を読み返した。笑顔になったり、涙が出たり。


そして、最後のページに、一文を書き加えた。


「ありがとう、明日香。君との時間は、短かったけれど、僕の人生で一番輝いていた。君の愛を胸に、僕はこれからも生きていく。だから、見守っていてほしい」


直樹は万年筆を置いた。


窓の外の雪が、静かに降り続けていた。


直樹は立ち上がり、窓を開けた。冷たい空気が流れ込んでくる。


「明日香、メリークリスマス」


直樹は空に向かって呟いた。


「来年の僕の誕生日には、もっと前を向いていられると思う。だから、安心して」


雪が、直樹の頬に触れた。


その冷たさが、心地よかった。



一年後。


直樹は、本を出版していた。


タイトルは「君がくれた10分間」。明日香との思い出を綴った、小説だ。


原稿を渡した編集者は今どき手書きですか、珍しいですねと驚いていたのを思い出す。


本屋で、自分の本が並んでいるのを見て、直樹は微笑んだ。


直樹は本を手に取り、ページをめくった。


献辞のページには、こう書かれていた。


「明日香へ。君との時間は短かったけれど、永遠に僕の心に残っている。この本を、君に捧げる」


直樹は本を棚に戻し、店を出た。


外は春の陽気。桜が咲き始めていた。


直樹は公園を歩いた。桜の木の下で、カップルたちが笑い合っている。


明日香がいない世界は、やはり寂しい。でも、生きていくことができる。


明日香と過ごせた最後の10分を胸に。


直樹はベンチに座り、空を見上げた。


青い空に、白い雲が流れていく。


「ありがとう、明日香。」


風が、桜の花びらを運んでいく。


直樹は目を閉じた。


心の中で、明日香が笑っている気がした。


直樹は立ち上がり、公園を後にした。


ポケットには、明日香がくれた万年筆。


これからも、物語を書き続ける。明日香との思い出を、忘れないために。


そして、新しい物語も書いていく。明日香がいない、でも明日香の愛がある世界で。


直樹は前を向いて、歩き出した。


春の風が、優しく背中を押してくれる気がした。


心の中で、小さく呟く。


「さようなら、明日香。でも、また会えるよ。それまで待っていてほしい」


桜の花びらが、風に舞った。


まるで、明日香の返事のように。


10


今宵薬局。


店の奥で、「 」は水晶球を眺めていた。


球の中には、直樹の姿が映っている。桜の木の下で、微笑んでいる直樹。


その様子を見て「 」は微笑んだ。


「過去は変えられませんが、未来は変えられましたね」


「 」は水晶球を布で覆い、静かに店の明かりを消した。


また、誰かが困りごとを抱えて、この店を見つけるまで。


「 」は、静かに待ち続ける。

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