第3話 時戻しの咳止め 3−5
6
10回目。最後。
直樹は、午後2時50分に戻った。事故の10分前。
過去に戻った直樹は、交差点の近くで待った。
そして、明日香が現れた。
買い物袋を持って、笑顔で歩いている明日香。
直樹は、明日香に声をかけた。
「明日香」
明日香が振り返った。
「直樹? ハチ公前での待ち合わせでしょ?」
「僕もハチ公前に向かう途中で、明日香を見つけたからね。」
明日香はにこやかに笑っていた。
その笑顔が愛おしくて直樹の目尻に涙が溢れそうになる。
それを何とか堪えて、平静を保つ。
これが明日香と会うことのできる最後なのだから。
「明日香、あのさ」
「何?」
「プレゼント、買ったんだろ」
明日香の顔が、驚きで固まった。
「え……なんで知ってるの? サプライズだったのに」
「サプライズの機会を無くしたのは悪い。でも言わせてくれ、ありがとう」
直樹は微笑んだ。
「さて、待ち合わせのハチ公前まで行こうか」
「もう出会ったのに、今から待ち合わせ場所へ向かうとか、なんか変ね」
明日香は少し困ったように笑った。
直樹は明日香の手を取り、ハチ公前に向かってふたりで歩く。
「ねえ、直樹」
明日香が言った。
「うん?」
「私に何か話したいことがあるようだけど、何?」
直樹は少し考えた。
「明日香、ありがとう」
「え?」
「いつも、一緒にいてくれて。いつも、笑顔でいてくれて」
明日香は不思議そうに笑った。
「どうしたの、急に。でも、嬉しい」
明日香は直樹の手を握り直した。
「私も、直樹と一緒にいられて幸せだよ」
二人は笑い合った。
世界が、歪み始めた。
「え……?」
明日香の姿が、薄れていく。
「直樹?」
明日香の声が、遠くなる。
そして、世界が消えた。
気づくと、直樹はアパートの部屋にいた。
10分が経過したのだ。
直樹は窓の外を見た。12月の夜。クリスマスのイルミネーション。
明日香は、やはりいない。
結局、過去は変わらなかった。やはり明日香は、一ヶ月前に死んだ。その事実は、変わらない。
8回明日香を救おうとしても救えなかった。その間、彼女を助けることに必死で、今宵薬局の店主がなぜ救えるかもしれないし救えないかもしれないと曖昧なことを言ったか分からなかった。
けれど、多分店主は明日香を救うことは出来ないが、せめて彼女と居られる時間を設け、思いをちゃんと告げること機会を与えてくれたのだろう。
最後の最後でそのことに気づけてよかった。
瓶は空になっていた。もう、過去には戻れない。
でも、直樹の胸には、温かいものが残っていた。
最後の10分間。明日香と一緒に歩いた時間。明日香の笑顔。明日香の声。
そして、知ることができた。明日香が、直樹のためにプレゼントを買いに行っていたこと。最期まで、直樹のことを思っていてくれたこと。
直樹は涙を拭った。
過去は変えられない。明日香は戻ってこない。
でも、明日香の愛は直樹の中に、確かに残っている。
直樹は明日香の死という運命を覆すことはできませんでした。
死という運命は神でさえ覆せないものです、できるとすればちょっとだけ直樹と明日香の時間を設けることだけではないでしょうか、わたしはそう結論付けてこのような結末としました。
エピソード的なものがもう少し続きます




