第3話 時戻しの咳止め 3−2
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アパートに戻った直樹は、すぐに瓶を開けた。
琥珀色のシロップ。ほのかに、薬草のような香りがする。
直樹はひと口飲んだ。少し甘く、少し苦い。
そして、あの日のことを強く思い浮かべた。11月20日、午後2時50分。明日香が事故に遭う、10分前。
直樹は咳をした。
瞬間、世界が歪んだ。
目を開けると、直樹は渋谷駅のハチ公前にいた。
時刻は午後2時50分。周囲には、週末の人混み。
戻ってきた。本当に、過去に戻ってきた。
直樹は周囲を見回した。明日香はどこだ。まだ事故に遭っていない明日香は。
直樹は走った。事故現場は、ここから5分ほどの交差点だ。警察の説明で聞いていた。
必死に走る。人混みをかき分けて。
混雑の中、思ったより時間がかかった。
交差点に着いたのは午後2時58分。
そして、見えた。
明日香だ。
紺色のコートを着た、明日香。横断歩道の手前で信号待ちをしている。
直樹の胸が熱くなった。明日香。生きている明日香。
信号が青に変わった。明日香が歩き始める。
その時、左から猛スピードで車が突っ込んできた。
「明日香!」
直樹は叫びながら走った。でも、間に合わない。
ドン、という鈍い音。
明日香の体が宙に浮き、地面に叩きつけられた。
「明日香!!」
直樹が明日香に駆け寄ろうとした、その瞬間。
世界が歪んだ。
気づくと、直樹はアパートの部屋にいた。
時刻は、現在。10分が経過したのだ。
直樹は床に膝をついた。
「間に合わなかった……」
涙が溢れた。でも、直樹は瓶を握りしめた。
まだ、9回残っている。次は、もっと早く動けばいい。
直樹は再びシロップを飲み、咳をした。
午後2時50分。事故が起きる交差点の前。
明日香は、まだ交差点から一つ手前の通りを歩いていた。
直樹は明日香に駆け寄った。
「明日香!」
明日香が振り返った。驚いた顔で直樹を見る。
「直樹? どうしたの? 待ち合わせはハチ公前のはずじゃ……」
「いいから、今日は帰ろう!」
直樹は明日香の手を掴んだ。
「え? 何言ってるの?」
「いいから、お願いだから!」
直樹は必死だった。でも、明日香は困惑した顔で手を振りほどいた。
「ちょっと、何? 急に」
「明日香、お願いだ。今日は危険なんだ。家に帰って」
「危険って……何の話?」
明日香は笑った。直樹がおかしなことを言っていると思っている。
その時、明日香のスマートフォンが鳴った。明日香は画面を確認し、「ごめん、ちょっと電話」と言って、少し離れた場所に移動した。
直樹は焦った。時刻は午後2時58分。あと2分で、明日香は交差点に向かう。
電話が終わり、明日香が戻ってきた。
「ごめんね、待たせて。じゃあ行こうか」
「待って、明日香!」
でも、明日香は歩き出した。交差点に向かって。
直樹は追いかけた。でも、人混みが邪魔をする。
午後3時。明日香が横断歩道に差し掛かった。
そして、また。
左から、車が突っ込んできた。
ドン。
「明日香!!」
直樹の叫びは、周囲の悲鳴にかき消された。
世界が、また歪んだ。
直樹はアパートの部屋で、床に倒れ込んだ。
また、間に合わなかった。
何度やっても、明日香は死んでしまう。
でも、諦められなかった。
直樹は瓶を手に取った。まだ、8回分残っている。




