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今宵薬局  作者: 蟷螂
12/66

第3話 時戻しの咳止め 3−2

2

アパートに戻った直樹は、すぐに瓶を開けた。


琥珀色のシロップ。ほのかに、薬草のような香りがする。


直樹はひと口飲んだ。少し甘く、少し苦い。


そして、あの日のことを強く思い浮かべた。11月20日、午後2時50分。明日香が事故に遭う、10分前。


直樹は咳をした。


瞬間、世界が歪んだ。


目を開けると、直樹は渋谷駅のハチ公前にいた。


時刻は午後2時50分。周囲には、週末の人混み。


戻ってきた。本当に、過去に戻ってきた。


直樹は周囲を見回した。明日香はどこだ。まだ事故に遭っていない明日香は。


直樹は走った。事故現場は、ここから5分ほどの交差点だ。警察の説明で聞いていた。


必死に走る。人混みをかき分けて。

混雑の中、思ったより時間がかかった。


交差点に着いたのは午後2時58分。


そして、見えた。


明日香だ。


紺色のコートを着た、明日香。横断歩道の手前で信号待ちをしている。


直樹の胸が熱くなった。明日香。生きている明日香。


信号が青に変わった。明日香が歩き始める。


その時、左から猛スピードで車が突っ込んできた。


「明日香!」


直樹は叫びながら走った。でも、間に合わない。


ドン、という鈍い音。


明日香の体が宙に浮き、地面に叩きつけられた。


「明日香!!」


直樹が明日香に駆け寄ろうとした、その瞬間。


世界が歪んだ。


気づくと、直樹はアパートの部屋にいた。


時刻は、現在。10分が経過したのだ。


直樹は床に膝をついた。


「間に合わなかった……」


涙が溢れた。でも、直樹は瓶を握りしめた。


まだ、9回残っている。次は、もっと早く動けばいい。


直樹は再びシロップを飲み、咳をした。


午後2時50分。事故が起きる交差点の前。


明日香は、まだ交差点から一つ手前の通りを歩いていた。


直樹は明日香に駆け寄った。


「明日香!」


明日香が振り返った。驚いた顔で直樹を見る。


「直樹? どうしたの? 待ち合わせはハチ公前のはずじゃ……」


「いいから、今日は帰ろう!」


直樹は明日香の手を掴んだ。


「え? 何言ってるの?」


「いいから、お願いだから!」


直樹は必死だった。でも、明日香は困惑した顔で手を振りほどいた。


「ちょっと、何? 急に」


「明日香、お願いだ。今日は危険なんだ。家に帰って」


「危険って……何の話?」


明日香は笑った。直樹がおかしなことを言っていると思っている。


その時、明日香のスマートフォンが鳴った。明日香は画面を確認し、「ごめん、ちょっと電話」と言って、少し離れた場所に移動した。


直樹は焦った。時刻は午後2時58分。あと2分で、明日香は交差点に向かう。


電話が終わり、明日香が戻ってきた。


「ごめんね、待たせて。じゃあ行こうか」


「待って、明日香!」


でも、明日香は歩き出した。交差点に向かって。


直樹は追いかけた。でも、人混みが邪魔をする。


午後3時。明日香が横断歩道に差し掛かった。


そして、また。


左から、車が突っ込んできた。


ドン。


「明日香!!」


直樹の叫びは、周囲の悲鳴にかき消された。


世界が、また歪んだ。


直樹はアパートの部屋で、床に倒れ込んだ。


また、間に合わなかった。


何度やっても、明日香は死んでしまう。


でも、諦められなかった。


直樹は瓶を手に取った。まだ、8回分残っている。

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