第5話:空に開いた穴と、落ちてきた少女
Scene 1: 穿たれた空
「……ははっ、やったぜ」
義手の装甲からプシューッと白煙を上げながら、カイは地面に仰向けに倒れ込んだ。
限界を超えたエネルギー抽出により、右腕の義手は黒焦げになり、バチバチと小さな火花を散らしている。カイの腕の中で巨大なスナイパーライフル「ファランクス」が元の小さなペットロボット「ナット」の姿に戻り、キュウ……と力なく鳴いて動かなくなった。
『……無茶をしおって。だが、見事な一撃だったぞ、人間』
アトラスが、ボルダーの広い肩の上から空を見上げて呟いた。
カイも、ゆっくりと身を起こして上空を見上げる。そして、息を呑んだ。
ファランクスから放たれた極太のビームは、ドローンを粉砕しただけでなく、この星を分厚く覆い尽くしていた鉛色のスモッグの層をも一直線に吹き飛ばしていたのだ。
ぽっかりと空いた、巨大な風穴。
その向こう側に、カイは初めて見る「色」を見つけた。
吸い込まれるような、深い、深い青色。そして、チカチカと瞬く無数の光の粒。
「あれが……『星空』……?」
ジャンク屋の老人たちが、酒を飲むと決まって語るおとぎ話。スモッグの向こうには、本当の空があるのだと。それは実在したのだ。
Scene 2: 軌道からの来訪者
感動に浸る間もなく、その「青い穴」の中心で、ひと際強い光が瞬いた。
ズォォォォォォン……!!
大気を切り裂くような轟音が響く。いつもの宇宙船から投棄されるゴミの落下音とは全く違う、鋭く、統制された軌道を描く一筋の流星。
『おいカイ! アレはただのゴミじゃないぞ!』
アトラスの警告と共に、その流星は廃工場の数キロ先、ジャンクの山の中腹に激突した。
ドガァァァァン!! と凄まじい土煙が上がる。
「行くぞ、ボルダー! ナットを頼む!」
カイは動かないナットをリュックに放り込むと、まだ熱を持つ義手をかばいながら、落下地点へと走り出した。ボルダーも地響きを立ててその後に続く。
カイの胸は高鳴っていた。あの穴から落ちてきた「何か」。それが自分の運命を変えるような予感がしたからだ。
Scene 3: 無垢なる白
クレーターの中心に突き刺さっていたのは、見たこともないほど滑らかで、洗練された流線型のカプセル(脱出ポッド)だった。この星のどこを探しても見つからない、純白の装甲。
プシュゥゥゥ……。
カイが近づくと、センサーが反応し、カプセルのハッチが静かに開いた。中から、ひんやりとした冷気と、消毒液のような清潔な匂いが漏れ出す。
「……人間?」
カイは目を疑った。
カプセルの中で気を失っていたのは、一人の少女だった。
淡いブルーの髪。透き通るような白い肌。身体のラインに沿って淡い光のラインが走る、未知の素材で作られた近未来的なスーツ。
泥とオイルと鉄錆にまみれたカイの姿とは、あまりにも対極にある「清潔・デジタル・未来」を象徴するような存在。
カイが思わず、油汚れのついた左手を差し伸べようとした、その時だった。
『警告。未登録の生体反応ヲ確認。対象の回収、及ビ障害物の排除ヲ実行シマス』
上空から、無機質で冷酷な合成音声が響いた。
見上げると、先ほどのドローンとは全く形状が違う、白く輝く鋭角的な飛行機械が3機、音もなく降下してきていた。
Scene 4: 白い刺客と天空の刃
『チッ! 「エデン」の追撃部隊か! ボルダー、防げ!』
アトラスの叫びと同時、白いドローンから高出力の光条が放たれた。
『ガァァァァッ!!』
ボルダーが咆哮と共にカイとカプセルの前に立ち塞がり、巨大な両腕のシールドを交差させる。
ギガガガガガッ!!
圧倒的な熱量。鉄壁を誇るボルダーの装甲が、かつてない速度で赤熱し、溶け出していく。
「ボルダー!!」
このままでは押し切られる。だが、ファランクスはエネルギー切れ、カイの義手もショートして使い物にならない。絶体絶命の窮地。
その時、カイの背負ったリュックの中で、激しい光が漏れ出した。
「なんだ!?」
カイがリュックを開けると、いつ拾ったかも忘れていたガラクタの一つ――**「空色の正四面体」**が、少女のスーツの明滅に呼応するように、激しく脈打っていたのだ。
『……共鳴しているのか!? ならば力を貸せ!』
アトラスが王の威厳を込めて叫ぶ。
『目覚めよ! 空を裂く者! ――騎士、デルタ!!』
Scene 5: 騎士の飛翔
カイが正四面体を宙に放り投げた瞬間、空色の光が弾けた。
バシュッ! ジャキィィン!!
鋭い金属音と共に、幾何学図形が空中で瞬時に展開される。現れたのは、白とスカイブルーの装甲に身を包んだ、鋭利な刃の翼を持つ**「怪鳥」**だった。
『キシャァァァァッ!!』
デルタは高く甲高い鳴き声を上げると、目にも止まらぬ速度で上空へ飛翔した。
重厚なボルダーとは対極の、圧倒的な「スピード」。
デルタは空色の軌跡を描きながら白いドローンの群れに突っ込むと、その鋭い翼を刃のようにして、1機をあっという間に両断した。
『馬鹿な……あの機動力!』
残る2機がデルタを補足しようとレーザーを乱射するが、デルタは空中でトリッキーな急旋回を繰り返し、全ての攻撃を紙一重で回避していく。そして、背後を取るや否や、鋭い鉤爪でドローンのコアを正確に貫いた。
わずか数十秒の空中戦。空の脅威は、デルタの圧倒的な機動力の前に全滅した。
Scene 6: 交差する世界
デルタがふわりと舞い降り、アトラスに対して恭しく翼を畳んで頭を下げる。
カイはへなへなとその場に座り込んだ。
「……助かった。なんだよアイツ、速すぎだろ」
『ふん、少しはマシな手駒が揃ってきたようだな』と、アトラスは満足げに胸を張る。
その時、カプセルの中から微かな衣擦れの音がした。
少女が、ゆっくりと目を開ける。
その透き通るような瞳が、鉄屑の山、黒焦げになった義手の少年、そして傍らに控えるアトラスたちを順に映し出す。
「……あなたたち……」
少女の口から紡がれたのは、鈴の音のように澄んだ、けれどひどく混乱した声だった。
「どうして……『テラ・ノーツ』が、こんなところに……? ここは……廃棄区画のはずじゃ……」
空から落ちてきた少女・シエル。
彼女のその一言で、カイがこれまで信じてきた「ゴミの星」の常識が、音を立てて崩れ去ろうとしていた。




