第6話:星を知る少女
Scene 1: 噛み合わない常識
「『廃棄区画』……?」
カイは、その聞き慣れない単語をオウム返しに呟き、眉間に深いシワを寄せた。 シエルと呼ばれた少女は、先ほどまでの怯えた様子から一転、信じられないものを見るような目でカイ、そしてボルダーとアトラスを交互に見つめている。
「そうよ。この星の最下層……かつて『地球』と呼ばれていた場所。あらゆるゴミと、不要になったものが落とされる果ての世界」
「地球……? ちょっと待て、お前、今地球って言ったか?」
カイは思わず声を荒らげた。ジャンク屋の老人たちが酒を飲むと決まって語る、緑豊かだったというおとぎ話の星。この鉄屑とスモッグだらけの星が、その『地球』だというのか。
シエルはカイの戸惑いをよそに、ゆっくりとボルダーの巨大な足元へ歩み寄った。彼女の着ているピタリとした白いスーツは、このゴミ山ではひどく浮いて見えた。
「信じられない……。文献でしか見たことがないわ。幾何学図形から瞬時に生体模倣形態へと移行する、超高密度の機動兵器」
シエルがボルダーの分厚い装甲にそっと触れようとした瞬間、アトラスが鋭く声を上げた。
『気安く触れるな、人間!』
アトラスはボルダーの肩からふわりと飛び降り、カイとシエルの間に割って入った。その小さな竜の瞳が、シエルを警戒するように青く細められる。
『我らは「テラ・ノーツ」。王たる私と、その忠実なる臣下だ。貴様のような素性の知れぬ者に触れられる謂れはない!』
しかし、シエルは怯むどころか、アトラスをまじまじと見つめた。
「『テラ・ノーツ』……やっぱり。でも、どうして? あなたたちは数百年前の『大破壊』の時に、全て破棄されたはずじゃ……」
『破棄、だと? 無礼な! 私は……私は……』
アトラスが言い返そうとしたが、言葉に詰まる。彼のメモリーは破損しており、自分が何者で、なぜこの星にいるのか、完全には思い出せないのだ。
「おい、アトラス。無理するな」
カイがアトラスを宥めつつ、上空を睨みつけた。
ファランクスが開けたスモッグの穴は、すでに周囲のどす黒い雲に侵食され、再び閉じようとしている。そして、その雲の奥で、新たな追手らしき赤い光が明滅するのが見えた。
「……詳しい話は後だ。ここはもう安全じゃない」
Scene 2: 秘密基地への撤退
「ボルダー、歩けるか? カプセルを持ってくれ。ナット、お前は周辺の索敵を頼む」
カイの指示で、一気に撤退戦が始まる。
『ガァ……ッ』
ボルダーが低い唸り声を上げ、まだ熱を帯びている装甲を軋ませながら、シエルが乗ってきたカプセルを軽々と抱え上げた。
カイの右腕(義手)は完全にショートしており、だらりと下がったままだ。使い物にならないだけでなく、焦げた回路から異臭が漂っている。
「……こっちだ。俺の隠れ家まで案内する。あそこなら、上空からのスキャンもごまかせるはずだ。」
カイはシエルを促し、廃棄物の山が複雑に入り組んだ「迷宮区」へと足を踏み入れた。
ここは長年かけてカイが探索し、罠を張り巡らせた彼だけの縄張りだ。追手のドローンも、そう簡単には侵入できない。
薄暗い鉄屑の谷底を、息を潜めて進む。
シエルは時折、足元の油だまりや、錆びた鉄骨に躓きそうになりながら、必死にカイの後を追った。彼女の表情には、明確な恐怖と、それを上回る強い意志が宿っているように見えた。
(こいつ……一体何者なんだ?)
カイは前を歩きながら、背中のシエルをチラリと盗み見た。
上空から落ちてきたカプセル。彼女を追ってきた、見たこともない白い兵器。そして、「エデン」という言葉。
カイの頭の中は、疑問でパンクしそうだった。
Scene 3: 焚き火と真実
カイの「ホーム」は、巨大な輸送船の残骸をくり抜いて作られた隠れ家だった。
入り口は分厚い鉄板でカモフラージュされ、内部は拾い集めたジャンクパーツが所狭しと積み上げられている。
「……とりあえず、ここは安全だ」
カイは、部屋の中央にあるドラム缶を利用したヒーターに火を入れた。パチパチと火花が跳ね、冷え切った空間に赤い光と熱が広がる。
シエルは、カプセルを床に下ろしたボルダーの横で、膝を抱えるようにして火に当たっていた。
カイは彼女の対面に座り、動かなくなった右腕の義手を外しながら、静かに口を開いた。
「さて……落ち着いたか? なら、さっきの続きを聞かせてもらおうか」
カイのまっすぐな視線に、シエルは一瞬ためらったが、やがてゆっくりと頷いた。
「私の名前は、シエル。……上層都市『エデン』から、逃げてきたの」
「エデン……?」
「そう。あなたたちが『空』だと信じている、あの分厚いスモッグの層のさらに上……衛星軌道上に浮かぶ、特権階級の居住区よ」
シエルの口から語られる真実は、カイの常識を根底から覆すものだった。
この星は、かつて高度な文明を誇った「地球」であったこと。
数百年前の「大破壊」によって地表は汚染され、一部の人間だけが軌道上の「エデン」へと逃れ、残された者たち(カイたちの祖先)は、上から投棄されるゴミ(資源)に依存して生き延びるしかなかったこと。
そして――
「エデンは今、この星そのものを……『廃棄区画』ごと、完全に『初期化』しようとしているの」
Scene 4: エデンの陰謀と失われた記憶
「初期化……って、どういう意味だ?」
カイは低い声で尋ねた。嫌な汗が背中を伝う。
「文字通りの意味よ。この星の地表――廃棄区画に蓄積されたすべての物質、データ、そして生き残っている『不純物』を、超高出力のマイクロ波で完全に焼き尽くす計画」
シエルの言葉に、場が凍りついた。
それはつまり、カイたちジャンク屋も、この星の僅かな生態系も、すべて無に帰すということだ。
「なんでそんなことを……! 俺たちが上で暮らしてる連中に、何か迷惑でもかけたってのかよ!?」
「エデンの中央統制AI『マザー』が、地表の汚染度が限界を超え、軌道上のエデンにまで影響を及ぼし始めたと判断したの。……私は、その計画を止めるための『鍵』を盗み出して、逃げてきた」
シエルはそう言って、自身の白いスーツの胸元から、小さな銀色のチップを取り出した。
「でも、途中で追撃部隊に撃墜されて……落ちていく中で、もうダメかと思った。……あなたたちに会うまでは」
シエルの視線が、カイの横で静かに燃えるドラム缶の火から、アトラスへと移る。
「『テラ・ノーツ』。かつて、地球의環境を修復し、人類を再び大地に導くために作られた、自律進化型の環境構築兵器。……それが、あなたたちの本当の姿よ」
『環境……構築……?』
アトラスが、その言葉を反芻するように呟く。
彼の破損したメモリーバンクの奥底で、かすかに光るデータがあった。緑の森、澄んだ水、青い空。それは、彼が王として統べるはずだった、本来の「地球」の姿。
『……そうだ。私は……私たちは、この星を……』
アトラスの青い瞳が、これまでになく強く輝いた。
「アトラス……お前たち、元々は掃除屋なんかじゃなくて、この星を直すために作られたのか?」
カイは驚きと共に、目の前の小さな竜を見つめた。
「ええ。でも、大破壊の混乱でテラ・ノーツ計画は頓挫し、すべて廃棄されたと記録されていたわ。まさか、ジャンクの海の中で、自分たちを修理してくれる人間を待ち続けていたなんて」
シエルは、どこか眩しいものを見るようにカイとアトラスを見た。
「エデンの『初期化』が実行されるまで、あと残りわずか。……それを止めるには、あなたたちの力が必要なの。かつての『鍵』であるテラ・ノーツの、すべての機能が」
シエルは立ち上がり、まっすぐにカイを見据えた。
「お願い。私と一緒に、『上』へ行って。エデンの中央システムにアクセスして、この星を……地球を救う手伝いをしてほしい」
ドラム缶の火の粉が、パチパチと音を立てて弾けた。
空を突き抜けること。
それは、カイが物心ついた時からの、たったひとつの夢だった。
まさかこんな形で、その夢への切符が舞い降りてくるとは思わなかった。
カイは、黒焦げになって動かない右腕の義手を見つめ、それから、傍らにいるアトラス、巨大なボルダー、そして眠り続けるナットを見た。
「……上等だ」
カイはニヤリと笑い、力強く頷いた。
「どのみち、このままじゃ俺たちも黒焦げだ。やってやろうじゃねぇか、エデンへの殴り込み」
『フン。人間の分際で、私に指図するな』
アトラスも鼻を鳴らしたが、その声には確かな闘志が宿っていた。
『我らが王土を焼き払おうなどと、決して許さぬ。行くぞ、カイ! 王の凱旋だ!』
「その前に、まずは俺の右腕と、ファランクスのエネルギーパックをなんとかしねぇとな」
カイは工具箱を漁り始めた。
星を知る少女。そして、記憶を取り戻し始めた古代の兵器たち。
廃棄区画から、遥かなる「エデン」を目指す、彼らの本当の冒険が、今始まろうとしていた。




