第16話:真王の翼
Scene 1:隔離区画からの脱出
「走れ、走れ! 立ち止まるな!」
カイは叫びながら、薄暗いメンテナンス・シャフトのキャットウォークを駆け抜けていた。
背後の暗闇から、カチカチカチ……という不快な多脚駆動音が迫ってくる。マザー直轄の四脚狙撃ドロイド「シーカー」の追撃部隊だ。
『我が王、カイ、ここは私がお引き受けします!』
ボルダーが振り返り、両腕のシールドプレートをキャットウォークの幅いっぱいに展開して立ち塞がった。
直後、激しい金属音と共に高出力レーザーがボルダーの盾に直撃し、白い熱線と火花が暗いシャフト内を赤々と照らし出す。
「ボルダー、無理すんな! デルタ、援護しろ!」
『フン、大気のある閉鎖空間など、私のスラスターにとってはいささか狭すぎますが……仕方がありませんね!』
デルタが金属羽を高速振動させ、鋭い超音波カッターを放って先頭のシーカーの脚部を叩き切る。
ズズゥゥン……!
天井の装甲板を伝って、上空から激しい地響きと爆発音が響いてきた。
「シエル……!」
カイは顔を上げ、スモッグのないエデンの上空を見上げた。排気ダクトの隙間から見える青い空で、白い光の軌跡が縦横無尽に走り回っている。コロナを駆るシエルが、エデンの防衛兵器カテドラル級「インクィジター」の包囲網と死闘を繰り広げているのだ。
Scene 2:同期不全のエラー
シャフトを抜け出したカイたちは、エデン中央部に位置する巨大な反重力展望広場へと飛び出した。
頭上では、コロナが展開した淡いブルーの防御フィールド「光輪」が、無数のインクィジターの斉射を浴びて激しく明滅し、今にも消えかかっている。
『アトラス!』
コロナの凛とした声が、空間全体に響いた。
『エネルギーを同調させて! 私の光輪の出力をバイパスすれば、あなたの破損したフレームを再構築できるわ!』
コロナの胸部のコアが眩しく輝き、地上へ向けて一条の極太の青い熱線――超高純度エネルギービームが投射された。
アトラスはその光を真っ向から受け止め、背中の結合フレームへと導く。
ジジジジッ! バチバチバチバチッ!!
「グルオオオオッ!?」
アトラスが苦悶の咆哮を上げた。
アトラスの目のLEDが警告の赤色に染まり、全身の関節アクチュエーターから青白いスパークが激しく噴き出す。
『だめだ……! 周波数が……王と女王の出力インピーダンスが同期しない! 同調率が低下、このままではアトラスの制御コアが過負荷で物理破壊する!』
ヘリックスの警告が響く。
双対関係にあるとはいえ、アトラスの破損したコアは、コロナの放つ巨大なエネルギーの圧力に耐えきれず、拒絶反応を起こしていた。回路が焼き切れる寸前の危険な不一致だ。
Scene 3:義手の賭け
「だったら、俺の腕を中継に使え!」
カイはアトラスの元へ泥まみれになりながら滑り込み、右腕の機械義手を手首から回転させた。
内部の極細コネクタケーブルを引き出すと、アトラスの補助入力ポートへ直接プラグインする。さらにカイは、コロナから投射され地面に突き刺さっている光のビームの終端――高濃度磁気ノードを、義手の超伝導クローで直接掴み取った。
「ぐっ……あああああッ!!」
凄まじい電圧がカイの右肩へ逆流し、視界が真っ白に染まる。
カイは左手に持っていたスパナを義手側面のサーボプレートに突き立て、可変抵抗ダイヤルを力任せに回し始めた。
「俺の腕を可変減衰器にする! アトラス、エネルギーを減幅して、お前の壊れたコアの許容値に合わせるぞ! 耐えろ、相棒!」
バチバチバチバチッ!!
カイの義手から黒い煙が上がり、フレームが瞬く間に赤熱していく。
アトラスの目の赤色LEDと、カイの義手のエラーランプが、互いの命を削るように明滅を繰り返す。
「同期率……七十……八十……いけぇぇぇッ!!」
カイがスパナを限界まで押し込んだ瞬間、警告音が消え、義手のスパークが静まり返った。
『同調率、一〇〇%。コア同期を検出』
次の瞬間である。
アトラスの全身を覆うフレームがエネルギーの奔流を浴びて拡張・相転移を開始した。骨組みだけだった背中から純白の光の粒子が噴き出し、それが実体化するように白磁の頑強な装甲へと再構築されていく。
展開されたのは、翼開長十メートルを超える、圧倒的な剛性と美しさを備えた、真の王の翼だった。アトラスの体躯そのものも、かつての幼竜から体高三メートルを超える巨大な鋼鉄の竜へと急膨張し、数トンの質量が白磁の広場を威圧した。
「ガルルルル……オオオオオオオッ!!」
アトラスが吠えた。
かつての幼竜の愛らしさは消え失せ、そこにはエデンの守護者たる「真王の竜」の姿があった。
アトラスは新しく得た白い巨翼を大きく一羽ばたきさせ、強烈な衝撃波を放った。地上に迫っていたシーカーの群れが、その一撃だけで吹き飛び、白磁の地面へと叩きつけられて大破する。
「やったな、アトラス……!」
カイが義手から煙を上げながらへたり込むと、アトラスはその巨躯を屈め、背中中央の装甲をスライドさせて半埋没型のライディング・シェルを解放した。カイをその頑丈な前脚で優しくすくい上げると、背中のシェルへ深く収める。すぐさま電磁固定クランプがカイの腰を締め上げ、ガッチリと固定した。
『待たせたな、マイスター。……我が翼、ここに復活せり』
アトラスは巨大な翼を広げ、地を蹴った。
重力に逆らう圧倒的な推力で、アトラスはカイを乗せてエデンの大空へと舞い上がった。キャノピーのない剥き出しの上半身だが、アトラスが展開した局所磁気シールドの流体偏向と慣性緩衝により、超高速飛行の風圧と加速度(G)の大半は遮断されていた。それでも、防壁越しに敵ドローンの放つ熱線のエネルギーがバチバチと青白いスパークとなって爆ぜ、シールド容量の飽和による凄まじい閃光と、伝わってくる輻射熱の余熱が空気を一瞬でカラカラに乾燥させる。カイはその極限のハラハラ感とフィードバック振動に歯を食いしばりながら、義手端末の数値を睨みつけた。
上空で、コロナと合流する。
並び立つ、真白き竜と、真白き天馬。
『あら……見違えたわね、アトラスちゃん。少しは王らしくなったかしら?』
コロナが涼やかに笑う。
『「ちゃん」を付けるなと、あれほど言っているだろう!』
アトラスが吠え、青い瞳を輝かせる。
「いくぞ、シエル! ここからが反撃だ!」
カイが叫び、シエルが力強く頷く。
王と女王が揃った今、エデンの防衛線を守るインクィジターの群れに対し、彼らは初めての「空中反撃」を開始するのだった。
(第17話へ続く)




