14-1 茶道で淫乱?
【14話/B面】Aパート
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【14話】より新入部員が1名加わります。加入のいきさつは【A面/11話】を御覧ください。
■天摘 葉月:地元空手道場の箱入り娘。部活に参加することで少しづつ自我・自立心が芽生えていきます。
一九九五年の初夏、高知――
放課後を告げるビートルズの『イエスタデイ』が校内に流れ出す頃、校舎西側二階の突き当たりにあるその部屋は、静かに目を覚ます。
「こんにちは!」
弾んだ声と共に、静那が部室に足を踏み入れた。
この時間に入室してくるのは、もはや部活の定番の風景になりつつある。
けれど、彼女はだいたい一番乗りではない。
先に来ている、ある人間が隅っこの方で漫画を読んでいる。
「こんにちは、ボス」
静那は漫画を読んでいる生一の元へ駆け寄った。
生一はわずかに眉を寄せる。
「え~、今から読み始めようと思ったのに。お前、間が悪いな~」
「まぁそれなら、一緒に空気を入れて部屋の換気でもしましょう」
静那は悪びれる様子もなく、重いアルミサッシの窓に手をかけた。
生一はなんだかんだと面倒くさそうな独り言を漏らしながらも、椅子から立ち上がって一緒に窓を開けてくれた。
入り込んできた初夏の風が、室内の澱んだ空気を外へと押し出していく。
そこへ、廊下からカツカツと、小気味よい足音が近づき、顧問の三枝先生が勢いよく入ってきた。
「まだ来てるの二人だけ? みんな集まったら部屋に来てね。静那さん、待ってるから」
先生はそれだけを言い残すと、返事を聞く前に部室を去っていった。
「あ、はいっ」
静那が慌てて返事をした時には、もう廊下に先生の姿はなかった。
「……! (おぉおおォ…ヤベー、漫画読んでたら見つかってたわ。換気してて助かった~)」
生一は冷や汗を拭いながら、大きく息を吐き出した。
「おい、静那」
「はい? ボス」
「さっきの『間が悪い』って言ったの、撤回するわ」
「褒めてくれてもええんやで」
「調子にのんな!」
* * * * *
「これで全員かな。西山君も今日は参加しても大丈夫?」
「はい、そうですね」
「あの……私も来て、良かったのかな」
「勿論大丈夫だよ、天摘さん」
新入部員である二年の天摘葉月さんを入れて、総勢九名が茶道室に集まった。
今日は、三枝先生による「一日体験茶道教室」の日である。
茶道室は、校舎西の渡り廊下を伝って移動した先の西棟にある。
室内は決して広くはないが、畳の上には特有のイ草の香りが満ちていた。
九名の部員は、互いの肩が触れ合わない程度のスペースを取って、ぎこちなく正座をした。
「静那さん。これは何と読むか分かる?」
三枝先生が、壁に貼られた『抹茶の点て方』という文字を指差した。
「これは……まっちゃのてんてほう……ですか?」
静那の回答に、先生は優しく首を振った。
「まだ漢字の音訓が分かってないね。大丈夫よ、これから覚えていって。これはね、『たてかた』と読みます」
先生は静かな手つきで、茶碗に抹茶を入れ、お湯を注いだ。
「さっそく抹茶を点てていきますから、よく見ていてくださいね」
三枝先生の動きは澱みがなく、その指先の美しさに、静那だけでなく勇一たちも見入っていた。
……
茶筅が小気味よく茶碗の縁に当たる音が、静まり返った室内に響く。
……けれど、静寂は長くは続かなかった。
「先生……足がしびれてきて……足を崩しても構いませんか?」
情けない声を上げたのは、静那の左右を挟むように陣取っている小谷野と兼元だった。
「まだ五分くらいでしょ。それでも日本人ですか? 静那さんを見てみなさい」
先生に促され、二人は恨めしそうに静那へと視線を向けた。
彼女は初夏の陽気の中でも長袖のブラウスのボタンを一番上まで留め、姿勢正しく正座していた。
じっと先生の『お点前』を見つめているが、よく見るとその口元がわずかに歪んでいる。
「静那ちゃん……もしかして」
小谷野が意地悪な笑みを浮かべ、静那の足の裏を指先でツンと突いた。
「ひぁっ! あぁ、先生すいません。声を出してしまいまして……」
「静那さん、気を付けてくださいね。抹茶の点て方の手順を見せていますから、ここは集中して」
先生の注意に、静那は顔を赤くして、きまり悪そうにうつむいた。
兼元が、小声で小谷野の耳元に囁く。
「お前、今ので静那ちゃんに対する印象が二ポイント落ちたで。バーカ」
「うるせえよ。しびれた足触って反応見たくなるん、人間のサガやん」
小谷野も小声で応戦する。
「小谷野君!」
「は、はいっ」
「お茶を点てている最中は私語をせず、黙って見ておきなさい」
「はい。すいません」
三枝先生の低い声に、小谷野は亀のように首を縮めた。
先生は茶碗にお湯を注ぎ、再び茶筅を手にした。
「この手順なら、初心者でもきれいに抹茶を点てることができます。そして、ここで素早く泡立てる」
手首をスナップさせ、規則正しい音を立てて抹茶を攪拌していく。
「皆もやってみなさい。正客にいる小谷野君。末客にいる仁科さんのをかき混ぜてあげて。手首を上手く使ってね。
天摘さんは椎原さんがやっているのを見ながら」
「あの……なんだか『仁科さんのをかき混ぜる』とかいうの……卑猥に感じません?」
小谷野が、恐れ知らずにもとんでもない質問を口にした。
「卑猥なんはあんたの頭の中だけでしょ。バカ言わないでさっさとする!」
三枝先生は眉一つ動かさず、話し続ける。
「泡立て方のコツとしては……お椀の底の方をかき混ぜるというよりは、上の方をかき混ぜていく感じね。できる?」
「底よりも上の方をかき混ぜるか……エッチだ」
「あんたバカじゃない! 先生、もうこいつ放り出しましょう。構いません?」
「……仁科さん。茶室で大声を出すのはご法度です。お静かに」
「やーい怒られてやんの。お静かに~」
小谷野が勝ち誇ったような顔をすると、先生の視線が鋭くなった。
「小谷野君も、これ以上騒ぐようなら後で職員室前に立ってもらいますからね」
「あっ、はい。すいません」
静かに、けれど確実に怒っている先生の迫力に、小谷野は今度こそ黙り込んだ。
「調子に乗るからや。ざまぁお味噌汁~!」
生一が横から茶化す。
「藤宮君!」
「はいっ!」
「あなたも、次また言ったら職員室に立たせるから」
「す……すいません」
「ひっ! あっ……先生すいません。また声が出て」
痺れた足に再び電気が走ったのか、静那が顔を引きつらせて謝った。
「兼元君!」
「はいっ!」
「君も職員室の前で立ちたいの?」
「いっ……いいえ、すいません」
* * * * *
「お点前頂戴いたします」
九名の部員たちは、順番に茶碗を手に取った。
「結構なお点前で……」
「そうね、見てなさい。頂いた後は、椎原さんのような対応をするのよ。茶碗を先ほど回した逆の方向に回して、置いて終了。
椎原さん、皆の作法を見てあげて」
「はい。皆さん、ゆっくりで大丈夫ですよ」
椎原さんの優雅な所作を、皆が必死に模倣する。
「あと、飲み終わったら、右手の親指と人差し指を使って口元を拭く。手はそこの『お懐紙』で拭くこと。これは作法というほどでもないけれど、上品な嗜みの一つとして知っておけばいいからね」
先生の補足を聞きながら、各々がお懐紙で指先を拭う。
すると兼元が、周囲の様子を窺いながら、小声で静那に手を伸ばした。
「静那ちゃん。いま手を拭いたその懐紙、ちょうだい」
「うん、いいけど……何に使うの?」
「いや、特にどうとか言うんじゃなくて……その……僕が捨てておいてあげようかと」
兼元が手を伸ばした瞬間、背後からスッと別の手が伸びた。
仁科さんが、静那の懐紙を鮮やかに奪い取り、即座にゴミ箱へ放り込んだ。
「静ちゃん。丁度通りかかったから、この懐紙、私が捨てとくね」
「おい! お前、末客おったやろ。何で静那ちゃんの元に近寄ってんだよ!」
「うるさいな。あんたに使用済みの懐紙渡したら、何に使うか考えるだけでおぞましいわ!」
「勝手な想像せんといてくれません?使い終わったら捨てるつもりやったし」
「だから! 『使い終わったら』って何に使うつもりよ! このド変態! さっきから最低!」
「仁科さん!」
背後から立ち昇る、おぞましいまでの威圧的な『気』に、部員たちの背筋が凍りついた。
「私語を慎むように言いましたよね。終わったら職員室に来なさい」
「仁科さんって、あんなキャラだったか?」
西山が、唖然とした表情で勇一に耳打ちした。
勇一はただ、遠くを見つめて現実逃避をするしかなかった。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。各話完結ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
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