16-1 囲碁
【16話/B面】Aパート
ここは校舎の東側2階。
放課後に入ってしばらくすると、東側2階の部室に人が集まり部活動が始まる。
少し遅れて仁科さんが部室にやってきた。
部室のドアに手をかける前…ふと教室に忘れ物は無かったかと自分のカバンをチェックする。
カバンの中をゴソゴソ確認している時になにやら部室からあやしげな会話が聴こえてきた。
どうやら静那の昔の頃の話らしいのだが…
* * * * *
「………それで毎日お手伝いをしていたんです。その度すごく評判が良くて、おじさん達によく褒めてもらいました。“とても綺麗だ”って。」
「それでさ…そのおじさんたちは静那ちゃんに何て言ったんだ?」
「是非一回で良いからやってみないかって。相手してくれないかって。“お願いだから”って。」
「それで静那ちゃん…応じたの?」
「うん…一回ならいいかなって。私もやったことなかったから。それにおじさん達とてもやさしそうだったし。でもやってみたんだけど……おじさん達すごく強くて…途中で私思わず泣きそうになってさ…」
「そうか~初めてだとびっくりしたよな。おじさん達どうしたの?」
「泣きそうになった時に驚いてた。でもそこからはとてもやさしくしてくれて気遣ってもらったよ。」
「まぁ結果やって良かったな。その後も何度もやってみたの?」
「うん…沢山のおじさんが“うちともやろう”って何度も誘ってくれて結果私は大人気になった。」
「すごいな静那。指名率ナンバー1ってとこか。」
「まぁそんな感じかな。そこで私も上手くなったんだよ。」
「可愛くて上手くて…そりゃあ人気になるはずだよな。」
「たまに相手が強い時もあるけど、もう動じないでちゃんと相手できるようになったし。でも達人ともなると2人同時に相手してもいけるらしいよね。
私はまだ1対1がやっとで、とてもじゃないけど無理かな。」
「いるよね。2人を同時に相手できる人。コツとかあるのかな?」
「多分気持ちの切り替えがうまいんだと思うよ。攻め手と守り手の感情の切り替えが。」
「それは1対1の時でも一緒だろ。ちなみに静那はどっちが得意なんだ?」
「私は責めるのは苦手かな…まだ手数を知らないからさ。だからまずは耐えて耐えてから…」
「待ったあぁぁぁーーーーーー!」
ものすごい勢いで部室のドアが開いた。
そして仁科さんが凄い形相で入ってくる。
部室の5人は全員ビックリする。
部室には…勇一。そして静那。あとアホ3人組がいる。
椎原さんは…まだ来ていないようだ。
「あんたら静ちゃんに何バカな話してんのよ!バカでしょ!バカ!!あんたらマジバカなんじゃない!」
「うるせえぞ、入ってきていきなり人をバカバカ言うんじゃねえよ。」
「突然話の途中に割り込み怒鳴りつけるとは…やはりこの女、乳にばかり栄養がいきすグげッ!」
アゴに蹴りが入る。
小谷野が蹴り飛ばされた。
「ちょちょ何でいきなり蹴るんだよ。しかも色気のない白のパンッ!」
またアゴにキレイに蹴りが入った。
次は兼元が吹き飛ばされた。
「どさくさに紛れて見てんじゃないわよ!このクサレ変ッ態が!」
怒りを露わにしながら勇一に視線を向ける。
「だいたい部長である勇一がいながらなんでこんな話題を黙認してんのよ!静ちゃんに変な事教えないでって何度も言ってるよね私。私の言う事ちゃんと聞いてる?ねぇ!」
明らかに怒っていた。
「あの…仁科先輩?」
「静ちゃんも丁寧に返答しなくていいからね。こんなヤバい話に付き合わないでもいいからッ!というか勇一!どうなのよ、こんな危ない話展開させて!」
怒り顔の仁科さんに向けて勇一は恐る恐る答える。
「え……あ…あの、囲碁の話ってそんなにヤバいかな?
お金が絡む賭け麻雀とかじゃないから、俺…良いんじゃないかなーって思って…」
「え…?」
仁科さんが下…机の方に視線を向けると、静那が昔通っていた老人福祉施設の正面玄関で撮ったであろう“おじさん達との集合写真”と、囲碁のハンドブックが置かれていた。
「え?い……ご……囲碁?」
その時横から生一が仁科さんの肩をガッシリ掴む。まるで逃さないとばかりにガッシリとである。
「奥さんよぉ…一体、何と勘違いしたのかね?正直に話してもらおうか。
罪のない部員2人を蹴り飛ばしておいて、黙秘ってのは…さすがに許されないんとちゃいまっか?えぇコラ。」
仁科さんの横顔ではあるが、逃さんとばかりに肩を掴み凝視する生一。
仁科さんは心理的に土俵際に追い詰められた。
汗がタラーと伝う。
「そうだよ、仁科さん。そんなにヤバい話じゃないだろ。囲碁の何が不健全なんだよ。」
「あの…で、でもおじさん達から“とても奇麗だ”とか言ってたじゃ…ない!そうよ!アレ何なの。」
「それは、福祉施設の囲碁サロン内でいつも私が碁石を洗うお手伝いをしていて…。そしたら“奇麗に洗ってくれてありがとう”って感謝されて…」
「じゃあ“おじさん達がすごく強くて”って何よ!」
「そりゃたまたま対戦した方が囲碁の強い人だったってコトだろ。」
「そ…そそそそそそうとも言えるわね。」
「“そ”が多いわ!ボケェ。さ、もういいわけは無いよな。そろそろ何と勘違…」
「いいえ!"2人を同時に相手する”なんての、おおおおおかしいじゃない!ででででしょ?」
「お前そんなに頭悪かったか?将棋が先やけど、囲碁でも棋士とか先生クラスやったら“多面打ち”ってあるの常識やぞ。」
「そうなのね。へえ~知らなかったわー。」
「そこはどうでもええねん。さぁ本題入ろか?」
「私ちょっと今日は用事があるんだよね」
しかし生一はガッシリ掴んだ手を離さない。
「それは大変やなぁ。じゃあ囲碁を何と勘違いしたかをきちんと喋ってから用事とやらに行ってもらおうか?」
「良いじゃない。何と勘違いしたって。」
「いんや、よくないね。まず、静那お前の怒った顔にびっくりしてたで。
なんでそんなに怒ってたのか。先輩としてちゃんと説明してやらんと後で悶々とするやろ~コレ。」
「静ちゃんっ。大丈夫よ。私の勘違いだから。気にしないでいいからッ。」
「ごめんなさい。囲碁をやるのがそんなに変な事なのかよく分からないから、教えてほしいかな…」
「だそうや。さぁ奥さん。年貢の納め時やで。」
この辺でようやく勇一も気づく。
「仁科さん…もしかしてだけど、さっきの話は静那が…」
「言わないでっ!もう殺せ!殺せ…いっそ殺して!」
仁科さんがこの部活に来て初めて壊れた瞬間である。
「まあ俺達も鬼じゃないからな。要件呑んだら許してやらんでもないかな。」
先程の蹴りから復活してきた変態2人が仁科さんに詰め寄り視線を向ける。
「わ…私にできる事なら何でもするよ。な…何すればいいのよ。」
「ここで理由をきちんと暴露するか…それかここで乳出すか。選べ!」
「何でここでバストを見せないといけないのよ!バッカじゃない!」
「じゃあ理由を吐いてもらうしかないなぁ。」
「それは…静ちゃんのいる手前でさすがにそれは…」
「別の手でも許容しようか。こう見えてもボクは優しいんだ。」
そう言って兼元は仁科さんの耳元に近づいてボソッと“その条件”を告げる。
「今日穿いているパンツで手を打とう。」
「ふざけるな!なんでそんなもんあげなきゃッ!」
即座に顔を離して拒否をする仁科さん。
ふと視線を横に向けると静那が不安そうな目で仁科さんを見つめている。
「あの…仁科先輩とても困ってるみたいだからもう何も無しでいいんじゃないかな。私も仁科先輩が急に怒鳴ったりしたから…怒った理由は気になるけど…でも、私の為を思って怒ってくれたんだよね。
それくらいは分かる。
だからもうこの話はおしまいってことで。」
「静ちゃあん…」
泣きそうな顔の仁科さん。
「静那ちゃんそれは駄目だよ。せっかくパンツが手に入る所だったのに。」
「え?パンツ?何ですかその話。」
「お前さっき仁科にボソッと耳打ちしたんはこの事か!クソ、お前一人で漁夫の利かまそうとしやがったな。」
どうやら連携が崩れそうになっている。この流れを逃すまいと仁科さんが攻め立てる。
「そうよ!コイツさ、静ちゃんの事“嫁”だとか言ってるくせに、私のパンツをよこせなんて言ってきたのよ~。今すぐここで脱いで渡せってさ…ひどくない?ひどいよね~。」
「それは…旦那さんとしては問題ですね…」
「違うんだ静那ちゃん!これはさ…しゃ…社交辞令ってもんでさ。パンツの手渡しも一つの会話のカタチみたいなもので。」
「んな会話聞いたことないぞ。おい兼元!仁科さんの弱みに付け込んで何とんでもない事しようとしてんだ。」
「静ちゃん酷いよね~私超怖かったの~(嘘泣)あんなこと言われて~どう思う?」
「!?(クソッ。こいつ、あの極地から完全に攻守を変えやがった)」
「良くないね。仁科先輩にこんな事言う人は。」
「だから誤解だって~分かってくれよぉ~俺の嫁~」
「でも弱みにつけ込んだのは本当でしょう。」
「あ…あああ~」
だんだん泣きべそをかきだしたので、静那は苦笑いをしながら兼元に歩み寄る。
「反省してる?」
「はい!してまちゅ。」
一同「(なんで赤ちゃん言葉になってんの?)」
「じゃあ…お詫びにこれから私の相手でもしてもらおうかな。1対1で。」
「え?静ちゃんそれは危険よ。」
「何でです?囲碁はやっぱり変なことなんですか?」
「はうッ!」
……最後に盛大に自爆した仁科さん。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。
各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
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