11-2 下着
【11話/B面】Bパート
キツい変態2人が加入したことで部活のイメージが変わってしまいましたが、雰囲気に慣れるまで気長にお付き合い下さい……
ここはカオスとなりつつある『日本文化交流研究部』の部室――
勇一の祈りも虚しく、兼元の想像を絶するヤバい性癖もとい趣味が白日の下に晒された。
「コイツ、実は大阪におった時、『ブルセラショップ』に入り浸っててさ~」
「こら! なんてことを言うんだ。嫁もいる、皆の手前で……」
兼元は恥じらう様子もなく、むしろ誇らしげにさえ見える。
「……もう、だいたいバレてるからいーよ。……んで、何?」
勇一も感情的になるのをやめて、やや冷めた感じで応対しはじめた。
ただ、唯一言葉の意味をあまり分かっていない子が一人。
「その……『ブルセラショップ』って何ですか?」
再び、静那の無垢な問いかけが場を惑わせる。
「あっ! 静那! それは知らなくていいからな!
本当に、マジで知らなくていいから!」
勇一は必死の形相で静那を制した後、キッと兼元の方に振り向く。
「余計なこと言うな! ちゃんとした趣味を言え、兼元!」
「何だよ、もう……怖そうな顔をして…
そうだな……僕は、人間の嗅覚を限界まで鍛え上げることを趣味としているよ」
「お前、嗅覚がどうのこうのじゃなくて、ただの下着マニアで匂いフェチなだけやろうが!」
小谷野の容赦ない暴露に、兼元は声を荒らげた。
「だからそこ!外野は黙ってろ!皆が聞いてる!」
この告白には、流石の女性陣も心底引いているのが手に取るように分かった。
ゴミを見るような目でこちらを見ている。
いや……もっと前からか。
勇一は、ヤバい話になったら即座に物理的に口を塞ぐ覚悟を決めつつ、あえて聞いた。
「じゃあ、嗅覚を鍛えたら、どんな効果があるのか説明してもらおうか……」
「ただ、下着がそこにあっても意味が無いんだ」
「はぁ?」
兼元は、悟りを開いたような顔で語り始めた。
「匂いは気温や乾燥と共に、その効果が薄れていく……。冬などは、その恩恵が薄いのだよ!」
「あいつ……なんか、一人語りが始まったで」
生一が呆れたように呟く中、兼元の演説は加速していく。
「そこで、20世紀最大の発明・電子レンジの登場というわけだッ!」
「何が『わけだッ!』なのか、さっぱり分からないんですけど。それに電子レンジが20世紀最大の発明なわけないじゃん」
仁科さんの真っ当な意見など、兼元の耳には届かない。何かのスイッチが入ったようだ。
「乾燥などで匂いを失った高貴なる下着……いや、高貴なパンティー殿というべきか」
「『高貴』とか言うな、バカ!」
「しかし、電子レンジで下着を温めると、不思議なことに、たちどころにそのかぐわしい香りが復活するのだよ! これこそが、ザ――」「はい終了!」
勇一は食い気味に、物理的なストップをかけた。
「なんで止めるんだよ」
「コンプライアンス考えろよ!コ・ン・プ・ラ・イ・ア・ン・ス!
まったく…さっきマニアックでヤバい世界は辞めろって言ったろ」
「でも、このおかげで嗅覚が育ったのは事実だ。ちなみに君は今朝、カレーを食べて来たね」
兼元が勇一を指さし、不敵に微笑んだ。
「ぐッッ!……なんで知ってんだよ!」
図星を突かれた勇一は、顔を真っ赤にして動揺した。
「だから、嗅覚を鍛え上げたと言っているだろう。
君たちの香りだって、たちどころに判別できる。僕から逃げようったって、そうはいかないよ。
匂いで、そこに居るのが手に取るように分かるからね」
兼元が、ゆっくりと女性陣の方へ視線を送る。
仁科さんと椎原さんは、これまでにないほど強烈な嫌悪感を露わにし、露骨に後ずさりした。
「こいつ……想像以上にキモ過ぎるんですけど。それに、そんなキモさに誇りを持ってるというか……何よ『電子レンジ』って!」
「あぁ……ちょっと、ヤバいな」
生一でさえ、その異常性には驚きを隠せない。
「キモいとかヤバいとか言わないでいただきたい。
下着こそが正義なのだよ。ジャスティス・オブ・パンティー……
略してJ・O・Pだっ!」
兼元はその場で背筋をピンと伸ばし、天を仰いで人差し指を立てた。
「女性陣の皆よ……パンツをはく度思い出せ!」
静まり返る部室の中に、兼元の高らかな宣言だけが虚しく響いた。
「あんた……キマったみたいに思ってるかもしれないけどね……
全然、カッコ良くも何ともないからね。
だいたい、パンツなんてただの布切れなのに、何その匂いを電子レンジ使って繰り返し復元して嗅いでんのよ。マジでバカみたい」
仁科さんの冷酷な言葉が、兼元のプライドを直撃した。
「はぁあテメェ!言ってはいけないことを言ったね。この、乳だけが取り柄の御仁が!」
「ちっ…って、あんた、マジでぶち転がすよ!」
しかし兼元は動じない。魂の反論を叩き込む。また本人の何かのスイッチが入ったようだ。
「お前たち女子は、パンツの価値を知らなさすぎるのだ!
今一度、心からパンツに向き合ってみろ!」
兼元の魂の叫びが始まった。
「女性の一番大切なところを守っているものが、あのシルクの生地一枚だけなんだぞ!
ドラクエでいうと防御力が1のアップすら見込めない……それなのに、あの布にかかる責任感は、海よりも深いのだ!」
「はぁ……」
「そうだよ!布の服よりも貧相で防御力が上がりもしないのに、その役割を全て引き受け全うしている。
日本は、万物に神が宿るという文化ではなかったか。
そんな大切なところを守りし、一枚のか弱き布の儚さに感動し、男たちは涙を流すのではないのだろうかッ!」
部室内には、ペンペン草も生えないほどの、真っ白な静寂が広がった。
全員ドン引きしてこの演説を聞いている。
反応が無いのでとりあえず生一に視線を向けてみる。
「いや…別に感動もしねぇし涙しねえよ」
「大切な場所、そして時をお互いに共有する特別な布地……
それを脱ぎし時、肌から離れてもなお、残り香や体温まで共有しているという、魂にも似た宇宙より壮大な存在感!
これはもう、ガイアシンフォニー(地球交響曲)そのものではないか!?」
全員ドン引きしてこの演説を聞いている。
「お前絶対アホやろ……」
生一が呟く。
「うん。とりあえず、お前が小谷野よりもヤバいのは分かった。ということで、もうこの手の話を静那にするのは禁止な!」
「なっ! 私は高貴な存在を証明しようとしただけだ。ただの布と言い張る、そこの女にだな」
「だから『高貴』って言うな、バカ!
そもそも、下着マニアを地で行くような奴を、静那が好きになるわけないだろ!」
「嫁よ! 本当にそうなのか!?」
兼元が、すがるような目で静那を見た。
「お前マジで聞くなよな。まさか逆に好きになったとでも思ってるんか?頭ん中にお花でも植えてんのか!!」
「静那どうやった?」
勇一達は絶望的な気持ちで静那の反応を待った。
「その……私、下着あまり持ってないから……
それに急に出て来たワード『ドラクエ』とかいう意味も、よく分からなくて…」
静那の反応は、斜め上の困惑に満ちたものだった。意味が通じていなかったことだけが、唯一の救いだった。
ボーゼンとする勇一。
「嫁よ! だったら私が、新しいパンツを選んであげようじゃないか!
いや、是非とも君のものを、私に買わせてほしい!」
兼元は、勝利を確信したような「男爵口調」に戻って提案した。
これにすました顔で返答する静那。
「……じゃあ明日、ゲーセンだったっけ。
そこでまずクレーンゲーム行くから、その後で下着屋さん行こう。
私も着まわしてるものばかりで、そろそろ買わなくちゃなって思ってたから……」
「静那、お前マジで言ってんのか!」
勇一は声を裏返して叫んだ。
「なんだね、君は。嫁の下着を旦那が選んであげるのは、この世の常識であろう」
思わぬ「買い物デート」の約束を取り付けた兼元は、興奮を隠しきれず、再び男爵みたいな言葉遣いになった。
こいつがテンション高い時は男爵口調になるようだ。
買い物デート…しかも下着を選んであげるのだ。
自分の選んだ下着を履いてもらえるというご褒美に、滅茶苦茶テンションが上がっている。相当鼻息が荒い。
「そのパンツ、待ったーー!」
小谷野が、醜い嫉妬の声を上げて意味の分からない横やりを入れた。
「じゃあ俺は、嫁のブラを選ばせてもらう!」
「何を言っているのだね。嫁が指名したのは私だ。君は大人しく、いかがわしい店にでも行ってきたまえ」
「バカ野郎! デビュー戦の相手がいるんだよ! 行くわけないだろう!」
「バカは君だ。嫁よ。私が最高のパンツをプレゼントしてあげるからね」
「その、買ってもらうのはいいよ~」
静那は、嵐の中心でどこまでも穏やかだった。
「いやいや!嫁にプレゼントをするのは、この旦那の聖なる役割!」
「だ・か・らぁ~お前一人では行かせんからな!」
延々と続くバカなやり取りを、残された四人は、ただ死んだような目で見つめていた。
椎原さんはさすがに無言だった。(そういえば今日、喋ってないな)
「で、勇一。あの二人、本当に部員に迎え入れるわけ?」
仁科さんが重いため息と共に勇一に問いかけた。
「う……でも、数が八名になれば……その、部への昇格が……」
「だからって、マジであんな変態を入れるつもり?
もう、静ちゃんを四六時中守らなきゃいけないじゃない。
マジ顔で『嫁』とか言って……マジでキモいんだけど」
「様子見……ってところだけど、あんまり変なことばかり吹き込むようなら、辞めてもらうしかないね」
椎原さんがやっと口を開いた。
「生一は? どう思うよ」
勇一が感想を求めると、生一は不敵な笑みを浮かべた。
「あいつら、キャラが濃いなぁ。でも、全くブレてへん。
その辺りだけは、勇一も見習ったらええんちゃう?」
さらに、生一は勇一の耳元に顔を寄せ、悪魔の囁きのように低く告げた。
「お前も、実は……下着選んであげたいとかいう願望あるやろがい」
『B面』では、主人公達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」の様子を描いています。
各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
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