8-2 ファーストフード店の作法(?)
【8話/B面】Bパート
「そういや静那はまだファーストフード店って行ったこと無いん?」
場が落ち着いたところで、生一が唐突にそんな質問を投げかけた。
「はい……まだですよ」
静那が、不思議そうに目を丸くした。
「そりゃあ、高知県にはまだそういう店が無いんだから、仕方が無いだろ」
勇一が横から口を挟んだ。一九九五年の現在、まだこの県にその大手チェーンは上陸していないのだ。
「いや、それでもさすがに一回は行っておいたほうがええで。さすがに将来『化石』言われるで」
「そんなこと無いって。それに高知県はまだマック無いんでしょ? だったら良いじゃない」
仁科さんが、生一を窘めるように言った。
「あのさ、静ちゃん。まだ高校に入ったばっかりなんだから、そんなお店に無理して行く必要は無いの!」
「でもお前は、中学ん時……東京おる時に行ってたやろ? 友達とかと」
「そりゃ、行ったことはあるけどさ……そんなに絶対行かないといけないようなお店でもないよ」
「そうなの? 俺の中のイメージだけど、朝までファーストフードで、皆がたわいもないような話をして盛り上がる場所だと思ってたけど」
勇一が、雑誌の知識を総動員して答えた。
「確かに東京じゃ、学生が集まってワイワイ話をする場所としてはいい場所なんだけどさ。安いし。
でも、全体的に不健全だからお勧めしないよ。それに変にお腹が張っちゃうの。結局、帰ってから夕ご飯を食べられなくなって、お母さんに怒られた事あるし」
「でも、学生のたまり場としては人気なんやろ? 大阪にもマクドはあるで」
生一は、当然のように頷いた。
「でも高知県内はまだお店が無い。なら、静那にファーストフード店での作法みたいなんを、予行演習で教えておくのも悪くないんと違うか?」
「作法?」
静那が、未知の単語に首を傾げた。
「そうや。あそこ、『大企業のマニュアル』に沿って色々聞いてくるやろ。それにいちいち受け答えせんと、お目当ての品買うまでたどり着けんやん」
「なんか……複雑に考え過ぎじゃないのか? 『品物買うまでたどり着く』とか、大層な言い方ししなくても」
勇一が呆れたように言ったが、生一は止まらない。
「そういう勇一は、マクド行ったことあるんか?」
「いや……ニュース番組とかで存在は知ってるけど、実際に行ったことはまだ……
ほら、さっきも言ったけど、高知には無いだろ」
「そやったら、憶測でモノ言うたらいかんやん。……普通のお店よりも、遥かに複雑なんやぞ。あの店」
「藤宮君。流石に難解っていうのは考え過ぎじゃ……普通に注文を言えば買える、って説明でいいよ」
椎原さんも宥めるように言ったが、生一は腕を組んで力説を始めた。
「言うてもやで。決めてもセットとか色々、追加で聞いてくるねん。
俺らの視点から見たら、対処は簡単かもしれん。
でも、静那の視点から見たらさ。初めてお店に行った時に、あれこれ聞かれたら混乱するやろ? ……普段から自分達日本人目線でモノを考えないように心がけるのが、ここの部活のモットーと違うか?」
「モットーにした覚えは無いけど……確かに、自分たちの視点だけでモノを見て伝えても、静那には分からないかもしれないからな……」
勇一は、妙に説得力のある生一の言い分に、少しずつ毒され始めていた。
「一応……作法? だったっけ。教えておくのも悪くはないんじゃないかも」
「勇一! あんた、簡単に論破され過ぎよ!」
「だって仁科さん。静那には、もしかしたら難解かもしれないよ。……ちなみに静那は、お店……レストランとかに食事に行ったことは?」
「二年前くらいに一度あるよ。和食のお店だった」
静那が、当時の記憶を辿るように話し始めた。
「どんな感じのお店だった?」
「そうだね。メニューを渡されて、好きなのを選ぶんだよね。それで注文したら……本当に、メニューに掲載されている写真と同じものが運ばれてきたんだよ。あの時は感動したな~」
「確かに、メニューに掲載されているものと同じものが運ばれてくるけど……なんだか改めて聞いたら、不思議な気分だな」
勇一が苦笑いを浮かべた。
「その程度で感動するんか?」
「コラ! 『その程度』なんて言わないの!静ちゃんにとっては初めてだったんだから。自分たちの目線だけでモノを見ないの!」
「俺らも、『初めて』の時はきちんと感動できるんやろうか……」
生一が、どこか遠い目をしながら呟いた。
「何の話?」
「いや、今のは何でも無いねん。
とにかく! ファーストフード店は、そういう一般のレストランとはちょっと形態が違うのは事実や」
生一は、再び「教官」のような顔になった。
「初めに細かい設定を聞いてくるから、全てに応対して。お金もその時に『先払い』する。システムいうものが違うんや。レストランは、支払い大抵最後やろ?
そこからして違う!
ファーストフード店は、今後絶対に高知県にも出店があるやろう。そんで恐らく、都心みたいに学生が楽しく話したりするスポットの一つになる」
「ふむふむ」
静那が、熱心にノートにメモを取り始めた。
「そこでや! 前もってファーストフード店の全容を知っておいた方が、同世代の友達より一歩先にリード出来るんでないかと思うわけよ。さらに、静那に後輩が出来たら、やさしくエスコートも出来るしな」
「成程! ボス。だから、あらかじめ店の作法を学んで、対応できるようになっておいた方がいいと……こういうワケですね」
静那は、すっかり感心してしまったようだ。
「まぁ、分かればええんや」
「作法って、具体的に何をするんだよ。生一」
「まぁ見とれや。俺がファーストフード店の店員になったるから、静那はお客さんとして接客される。『模擬注文』をするんよ」
「なんかすごく不安なんだけど」
椎原さんが、眉を下げて心配そうに見守る。
「お前ら、勝手な先入観を持つな。ファーストフードいうんは、スピードが命やねんぞ。『ファースト』いうて名前がついとるだけあってな」
「そうだったっけ……」
「成程。為になります。ボス!スピードも大事なんですね」
「おう。じゃあ、俺が応対したるから。店に来たと思うてやってみるぞ。
あの部室の扉が、店のドアやと思うて一回やってみろ。
メニュー表は、俺が今手書きで書いとくから」
生一は、裏紙に殴り書きを始めた。
「分かりました!」
静那は気合十分な顔で、一度部室の外へと出た。
「(コレは一体、何をやってるんだ……)」
勇一たちは、何とも言えない表情でその茶番を見守るしかなかった。
* * * * *
ガラガラ、と部室の扉が開いた。
「カランコロンカラン」
静那が、律儀に擬音を口にしながら入ってきた。
「口で言わんでええねん。あと、そんな呼び鈴せえへんからな」
店員役の生一が、腕を組んで威圧的に言った。
「そうなんですね。覚えておきます」
静那は、真剣な顔で頷く。
「いらっしゃい。何にする」
生一は、カウンター越しに見下ろすような、ぶっきらぼうな口調で問いかけた。
「ええっと……何にしようかな……」
静那が、生一の書いた汚いメニュー表を覗き込んだ、その瞬間。
「早よ決めや!」
生一の鋭い怒声が飛んだ。
「えっ……は、はい。じゃあ、あの……チーズバーガーを」
「チーズバーガーだけでええんか?」
「あ、はい」
「普通やとお前、チーズバーガー頼んだらコーラかなんかも注文するもんやぞ!」
「そうなんですね。じゃあ、コーラを」
「ポテトわい?」
「え? ポテト?」
「セットで安なっとんのや。こういうのは注文せにゃ損やぞ」
「じゃあ……ポテトも」
静那は、されるがままに注文を増やしていく。
「新発売のてりやきバーガーはどうや?」
「あの……でも私、そんなに食べ……食べられないし……」
「俺がすすめたもんが食えんちゅうのか!」
生一が机を叩いて凄むと、静那は縮こまった。
「あ、じゃあ……それも」
「ここで食うんか? 持って帰って食うのんか、どっちや?」
「じゃあ、お持ち帰りで……」
「ここで食え!」
「え?」
「その方が、お店としても楽やねん。ここで食え!」
「はい……じゃ、じゃあ、ここで」
静那は、もはや恐怖政治の犠牲者のようになっていた。
「金払え」
「あの……おいくらですか?」
「六百九十円や。今の時代は信じられんくらい安いな。……おっ、千円か? 釣りはいらんな?」
「いえ……あの、お釣りを……」
「ケチケチすんなぁボケェ! ほら、出来上がりや! さあ食えっ」
生一は、適当なファイルをトレイに見立てて、ドカッと静那の前に置いた。
「あ、あの……ここでですか?」
「そうや。ここでや! どや、うまいか? うまいか?」
生一は顔を近づけて、プレッシャーをかける
「あ……そうですね。美味しいという事で……」
「そやったら早う食ってしまえ! 後ろがつかえとんのや。トロトロ食うてたら後ろの人待たすことになるんやぞ!」
「はいッ! ご、ごちそうさまでしたッ!」
静那は、噛まずに飲み込むような勢いで、エア・ハンバーガーを平らげた。
「よっしゃ。明日も来いよ! 絶対来いよ! 来なんだらこっちから訪ねていくからな!
顔は覚えとるぞー!」
こうして模擬体験は終了した。
* * * * *
「どやったよ? 初めてのファーストフード店模擬体験は」
生一が、満足げに椅子に座り直した。
静那は一度部屋の外へ出てから、もう一度入ってきたが、その表情はシュンと萎れ、肩を落としていた
「私……自信なくなりました」
静那は、消え入りそうな声で呟いた。
「ファーストフード店って、こんなに急いで決めて食べないと、怒られてしまうんですね。顔も覚えられるって……なんだか、指名手配犯みたいで辛かった。私……ファーストフード店行くの……向いてないと思いました」
「そんなファーストフード店があってたまるかボケェ!!」
勇一にしては久々なうえに会心のツッコミだった。
「静ちゃん。あれは全くのウソだからね。あんなふざけた店員さんなんて、絶対にいないから」
仁科さんは、優しく静那の肩を抱き寄せた。
「そうなんですね? でも、『ファースト』なんですよね。早く食べて次の人に回さないと、迷惑が……」
「それも違うから! 注文したらね、料理を手早く用意してくれるのよ。
あらかじめ作って温めてある料理だから『ファースト』なの。確かそう。
食べるための席もちゃ~んとあるから」
椎原さんが、必死にフォローを入れる。
「あぁ……そこが、『ファースト』なんですね」
「そう。あのバカの言う『ファースト』は、でたらめだから気にしなくても良いのよ」
仁科さんが生一を睨みつける。
「じゃあ……店員さんも、そんなに急かしたりは……」
「もちろんそんなことしないから! 本ッ当にあのバカの言う事は聞かないでもいいからね」
「でも、血液型で微妙に接客対応変わるで。A型やったらやたら細かいとか……」
「もうあんたは喋んなくてヨシ!」
「もう、藤宮君。変なこと教えなくていいから。
静ちゃん、もし高知にファーストフード店が出来たら、私たちと一緒に行きましょう」
実は私も、まだ日本のスタイルの方は行ったことがないから。アメリカとどう違うか見てみたいなって思ってるの。お店が出来たら一緒に行こうね。
違いがあれば、その時話すから」
「はい。その時は、お願いします」
静那は、ようやくいつもの笑顔を取り戻した。
「あの……あと……その……」
彼女は、少し申し訳なさそうに生一の方を見た。
「何やねん」
「さっき渡した千円……その……返してもらってもいいですか?」
勇一&仁科「お前、どさくさに紛れて何やってんだ!」
二人のキレのあるツッコミが響く中、生一は「ちっ、バレたか」と舌打ちをしながら、千円札を静那に返した。
ファーストフード店として日本で圧倒的な認知度を誇る『マクドナルド』は、一九九八年(平成十年)にようやく高知県に初出店を果たすことになり、これにより全都道府県への出店を達成することになるのだが…これはまだ先の話である。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は大いに勇気になります。
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