3-2 傷痕
【3話】Bパート
その日からの学校生活は孤独だった。
他のクラスにも静那の体にある傷の事が知れ渡ったようで、休み時間になっても怖がっているからかどうかは分からないが、誰も静那の元に来てくれなくなった。
声があったとしても「背中の傷って本当?見せて~」なんて心無い言葉。
時々男子生徒が傷の事をからかいに来たものの、静那は無視した。
それで印象が悪くなったのか。
「何だよあいつ。」と吐き捨てるような言い方でその男子生徒は去っていった。
急に自分の味方が学校で誰も居なくなったような感覚に陥る。
子どもの世界というのは狭いもので、大人になれば社会という広いフィールドを認知できるのだが、子どもの世界は学校内がほぼすべてである。
嫌な相手は無視していればいい…相手しなければいい…と大人は思うかもしれないが、子どもはどうしても気にしてしまうのだ。
たとえ面識がなくても…仲が良くなくても、かけられた何気ない言葉に激しく傷つく。
それはまだ小学生だった静那も例外ではなかった。
外国人だとかそういうのは関係なかった。
「傷女!」と女子が静那を罵倒するようになった。
以前、クラスの隅で静那の方を見ながら何やらヒソヒソと話をしていたグループの女子たちだ。
今は完全に静那の“弱み”を握ったと思い込んでいるのか、言いたい放題である。
静那は気持ちが悪くなり、教室から出ようとする。
そんな後姿を見ながら女子たちが冷やかす。
「傷モノが出ていったー」
「オバケが行った~。」
静那は本当は日本語でみんなと話がしたかった。でも2カ月も経つ頃には誰とも殆ど話をしない…終始無言な子になっていた。
学校の授業だけはきちんと受けたけど、休み時間などはいつも屋上へ行き一人で本を読んでいた。
少しでも日本語を勉強するためだ。
でも何のために日本語を勉強しているのか分からなくなって、時々涙が込み上げてくる。
みんなと話がしたかっただけなのだ。
体育の授業は出ないわけにいかないが、プールの授業は先生に頼み込んで無理やり休ませてもらった。
そのうち先生もだんだん難色を示しだしたのだが、大人しかった静那もそこは譲れなかった。
着替えている時に自分の傷を誰かに見られるのが怖かったのだ。
しかしプールの季節が終わってもあまりにも体育の授業を拒むので、先生から「甘えないで!」と注意を受けたのだが、一体何が甘えなのか分からなかった。
その辺りから担任の先生ともあまり会話をしなくなる。
学校が終わったらすぐに帰宅した。
こんな感じで4年生が終わる頃になると、すっかり“いつも一人でいる大人しい陰キャ”のようなイメージが定着してしまった。
昼休みなどの長い休み時間は屋上に“避難”して読書で気を逸らしていた。
客観的に見ても、顔立ちも良く学校内で一人だけブロンドの髪色ということで目立つのは不可避なのだが、それでも静那は自分の存在を隠すように過ごしていた。
そんな時感じるのが真也の存在。
「学校…来ないのかな……来てほしいな…」と呟く。
* * * * *
5年生に入り、男子たちの何人かは少しずつ女の子というか異性に対して意識し始める年頃になる。
思春期というやつだ。
そんな中で、女子に対して意見を言う子も出てくる。
それは静那が転入してきて間もない日、靴箱の前で口論していたあの内容の続き…反論でもあった。
一人の男子生徒が、女子グループのとある子に意を決して話しかける。おそらく幼いころからなじみのある子なんだろう。
男子生徒の周りにも何人かの男子が陣取る。前々から感じていた事なのだろう。
「あのさ…なんで静那ちゃんばっかりあんなに無視するような酷い扱いするんだよ。
そりぁ傷の事は本当の事かもしれないけどさ、なんかお前らのせいでクラスの雰囲気が良くないんだよ。もうやめろよ。あんな言い方するの。」
「何よ!あの子が変な傷持ってるからいけないんでしょ。なんでわたしらが悪いみたいな言い方するのよ」
女子の方はどうやらこの男子に以前から好意を持っているようだった。だからこそ意中の人から静那の肩を持つような言い方をされるのが嫌でたまらなかった。
「傷って…おまえがその事知ったのって静那ちゃんが転入してきてしばらく経ってからの事だろ。その前からなんか静那ちゃんに対して変な噂流したりして陥れようとしてたの知ってるんだよ。
同じクラスメイトなのになんでそんなことするんだよ!静那ちゃんの何が気に入らないのかちゃんと答えろよ。」
「うるさいわ。静那“ちゃん”“ちゃん”って連呼してて、あんた…キモいんよ。
あの子男子に囲まれてチヤホヤされてたとき私見たもん。
なんか別の方向向いてて、男子を蔑んだような顔してたの見たもん。あんたらなんて相手にされてないんよ。そんな失礼な子、友達になりたいなんて一瞬で思わなくなったんよ。」
「そんなの、何考えていたかなんて静那ちゃんから直接聞いたのかよ。
俺たちに対しても変なウワサばっかり流して。
勝手に大げさな事にしてみんなを混乱させるなよ。静那ちゃんが何をしたって言うんだよ。」
「あ~もう“ちゃんちゃん”うるさいな~
何よ!静那さんだけ“ちゃん”付けして!
男子だってそれに同調したじゃない。いい加減クラスの雰囲気悪くなったの私のせいみたいに言わないでくれる?同罪よ同罪。でしょ?男子ら全員キモイのよ!」
「だからまず質問に答えろよ。なんでこんなことするんだ?なんでありもしないウワサを流したりするんだって聞いてるんだよ。ちゃんと答えろよ。」
「うるさいうるさいうるさい!キモいのよ。キモッ。もうヨシちゃん、あっちいこ!男子キモ過ぎて吐きそう。」
「何がキモイだよ。きちんと答えないで!(木南の奴…昔はこんな事言う奴じゃなかったのに…)」
その言葉に対しても木南さんというクラスメイトの女子は“キモイ”を連発してまともな返答をしようとしない。
そんな女子グループと男子グループが言い合いをしている中、休み時間が終わる前ということで静那が教室に姿を現す。
静那は会話内容の一部始終を聞いていたというわけではないが、最後の方は少し聞こえていて、カンの良い彼女は大本を察していた。
静那の存在に気づいた男子生徒。さっきまで木南さんと口論をしていた子だ。
静那の元に近づき、目線こそ気まずいのか合わせないものの、話かけてみる。
女子たちはそれを黙って見つめる。木南さんだけは小さな声で「なにアレ…キモ」と呟いている。
「その…静那さん。ごめん。」
まずは静那にあやまった。
「俺たち別に静那さんを無視しようと思ったわけじゃなかったんだ。」
周りの男子も同調してかすかにうなずく。
「女子側から静那さんの事を色々聞いて…怖くなって話しかけづらかったんだ。でも無視してたのはやりすぎだったと思う。これからは俺たちともっときちんと…」
言い終わる前に木南さんが静那に向かって怒鳴りつける。
「あんたが来たからクラスがおかしくなったんよ!
変に男子たぶらかすそのししゃべり方変だし、どっちにしてもあんたが居なくなればこのクラスは平和になるの!
もう出ていってよ!!
あんなエグイ傷ある子なんて……嫁の貰い手なんて絶対出てくるわけないし!」
「木南ッ!」
話していた男子が激しく木南さんを怒鳴り、制する。
言ってはいけないことだという意味もこもっていて明らかに口調が厳しい。
静那の…彼女の心理状態が心配だ。
我に返った男の子は静那の方を振り返り、今度は目をきちんと見た。
静那は怒っても泣いてもいなかった。
優しい笑みを浮かべていた。
「その…さっきのは気にしなくていいから。前みたいにさ…」
彼が話終わる前に静那が口を開いた。
「綾川君。私と仲良くしたらクラスが変になるよ。気にしてないから大丈夫だよ。」
実は初めて静那とまともに会話をかわした瞬間だった。
綾川君という男の子は初めてなのにきちんと自分の名前を憶えてくれていた静那に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
少し間を置いてクラスのチャイムが鳴る。
「授業、はじまるよ。」
意外にも静那からの呼びかけで綾川君は我に返る。
「うん…ごめん。そうだな。皆席着こうぜ。」
綾川君は男子のグループでもリーダー格のようだ。
彼の一声で男子側から順に着席していった。…無言で。
でも当人の静那は女子たちのわだかまりがまだ晴れていないのを感じ取っていた。
* * * * *
男子と女子とのぶつかり合いの後のクラスはなんだか重たかった。
静那は気になっていたものの淡々と授業を受け、学校が終わると何も言わず下校の為一人靴箱へ向かう。
…靴箱の靴が片方無い。
実はこれは4度目だった為、替えの靴を用務室に事前に用意しておくという方法で乗り切った。
諭士には迷惑をかけられない。
“靴をまた遊んでる時に無くしてしまった”と言って乗り切るしかない。
下校の時はいつも父親の事を思い出していた。
『シーナが笑顔になればみんなが笑顔になる。おまえにはそんなすごい力があるんだ。その表情でみんなを幸せにしてあげなさい。
今日出会った真也君はシーナの笑顔があまりにも可愛くて照れてしまって、それで話をしてくれなかっただけだよ。国が違うとかそんなのは関係ない。
真也君はきっとおまえに対して心を開いてくれる。』
髪の毛をやさしく溶かし、誉めながらミシェルさん…父は鏡越しで話してくれた。
毎日静那の髪を溶かしながら日々の会話をするのが父とのルーティンだった。
「(自分から笑顔にならないと。)」
少し無理をしていたのかもしれない…でもそんな苦しい時こそ笑顔が大事。
そんな父の教えを思い出し、少し寂しさを感じながらも笑顔で帰路に着いた。
家に戻ったら元気いっぱいの表情でまず諭士へ“ただいま”を伝える。
お世話をしてくれているヘルパーのおばちゃんたちにも大きな声で帰ってきた事を伝える。
ただ今日は食堂が何やら慌ただしい。
阿蘇で馬刺しが手に入ったらしいので、夕食が豪勢になるらしい。
仕込みも無いし部屋で夕食時まで自由にしてていいということで、自室に荷物を降ろし、先ほどの父親の事を考えていた。
人は急な余暇ができるとあまり良いことを考えないらしい。
クラスメイト内でのいざこざ…父の事を想うと感情的に居た堪れなくなってくる。
気分転換に国語の教科書を読もうとしても、妙に昔の父との思い出にスイッチが入ってしまったようで、目を伏せ…気持ちを必死で落ち着けようとする。
もうすぐ夕食だ。
今日は豪勢らしい。
くよくよしても仕方がない。
その時、玄関の方で大きな歓声がした。
軽トラに乗せた大量の食材をかついで、この日は珍しく早い帰りとなった真也の姿があった。
普段、真也は日の出から真夜中まで家にはほとんどいない。
静那が学校に行っている間、週に2日程は家で集中的に勉強をしているという話ではあるが、会うことはほとんどなくなってしまった。
同じ孤児院施設にいるというのにも関わらず変な話だ。
一応建物の構造上、男子寮と女子寮が分けられていて、特に用事がない限りは会いに行くことはないという環境であるわけなのだが。
玄関の方から久しぶりに聞こえてくる真也の声。
今日の食材(馬刺し)を通っている阿蘇の牧場から持ってきてくれたらしく、そんな弾んだ会話がドアごしから聞こえてきた。
食堂の玄関口に真也がいる……
会いたい…
何でもいいから話がしたい…
彼とは久しぶりに会うんだし“自分は元気にやっている”というところをきちんと見せようと、一旦鏡で笑顔を繕う。
そして部屋を出て、彼の元にかけよった。
一通り食材である馬肉を運び終わった真也を呼び止めた。
「真也!どうしてるの?元気?」
やや大きめの笑声と笑顔で呼びとめる。
真也はすぐに反応した。
手を洗った後、こちらも笑顔で静那の元に駆け寄る。
食堂で夕食の準備に加わりながら、やや遠目ごしに2人久々の再会を見守る諭士。
学校には行かず、ほとんど家にも居ない真也には参っていたが。
この久々のお互いの会話で真也も少しは学校に関心を持ってくれたらいいかな…という感じで2人の様子を静観していた。
「静那!元気だった?こっちは元気だよ。ホントホント。同じ施設で暮らしてるのに変な感じだよね~。」
「うん…そうだね。うん…」
「実はさ。コレ。阿蘇の方で食材のルートが出来てさ。
“ジビエ”って聞いたこと…ないよね。まだ日本じゃ馴染みの無い言い方だけど、うちの寮の食材として十分使えるんだよ。
お酒と一緒に煮込んだら問題ないから、静那だって煮込んでみれ……ってアレ…静那?静那?……どうしたの?」
驚いて静那を見つめる。
彼女は笑顔を繕ってはいるが涙がとめどなく溢れていたのだ。
「静那…なんで泣いてるの?」
静那はハッとして慌てて答える。
「え…いや…だな。私、泣いてなんか。」
静那の様子がおかしいのに気づいたのか、準備の手を止め諭士が2人の傍に急いで向かう。
尚も涙が止まらなくなり、申し訳なさそうな表情に変わる。そして…
「…ご……め……ん…なさい…」
とうつむき涙ながらに言葉を震わせる静那。
真也はただ事じゃないと感じ、急いで静那の肩を抱きかかえる。
「大丈夫だよ。辛かったんだよね…。一人で、苦しかったんだね。」
真也の言葉に呼応するように肩を震わせる。
尚も涙が止まらない静那はその後、言葉を発することもなく声を殺して泣き続けた。
夕食の準備の為周りに人が居たからなのか、余計な気を使わせたくなかったのだろうか。
真也に久々に再開して、父の言う通り笑顔で振舞おうとしたけれど無理だった。
今までの学校での出来事が頭を駆け巡り、声にならない叫びとなっていたのだ。
諭士もその様子を見ながら、彼女の学校での本当の実態を知らなかったことに初めて気づく。
帰宅後、いつも寮では明るくふるまっていた。
…そんな静那だったからあまり気に留めていなかった。…でも今は違う。
この子はきちんと周りを気遣える子だった。
大人としてそんなことも分かっていなかった。
日本で彼女にこんなにつらい思いをさせてしまったのは…大人達の怠慢だと感じる愉士だった。
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は大いに勇気をくれます!
現時点でも構いませんので、ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂ければ非常に嬉しいです!
頑張って執筆致します。よろしくお願いします!