弾圧からの解放 ~とある東洋人の軌跡⑫
Chapter12
アジャパが捕らえられたその瞬間、広場には村人たちの、魂を揺さぶるような解放の叫びが沸き起こった。
ただ状況を確認した後は、状況整理と山賊達の捕縛作業の時間へ粛々と入っていった。
城門前で数珠繋ぎにされていた老人たちの縄は、すべて解かれた。
そんな城門前の広場には、殆ど戦闘不能状態の衛兵たちが折り重なるように倒れていた。
「真也君が一人で、これだけの数を……?」
後で話を聞いた村人たちは、その信じがたい武勇に驚愕していた。なにせ二百人近い数だ。
その後、各村の若者と老人が手分けして、動けなくなった衛兵たちを次々とお縄にかけていく。
老人たちの手つきはおぼつかず、捕縛作業には意外と時間がかかった。
八薙は仲間たちの安否を確認した後、捕らえられていた女性たちを救うべく、ここまで先導してくれた若者たちと共に宮殿内の牢獄を回った。
牢内では、長期間人質として幽閉されていた村の女性たちが、次々と解放されていった。
彼女たちは溢れ出す涙を拭うこともせず、自由になれた喜びを全身で噛み締めていた。
広場で捕らえられていた東の村の女性たちも、自分たちが助かったと理解した瞬間、歓喜の声を上げた。
彼女たちは、そのまま広場の端で乱暴に吊るされていた同村の男性たちの縄も解いていく。
「私たち……助かったのよ」
「信じられない……本当に、生きて解放されたのね」
「良かった……本当に良かった」
「自由だぁッ!」
「アブドゥラメン!」「ウルファ~!」
各々が助かったことを確認し合い、お互い抱き合う人もいた。
こうやって村の仲間たちと熱い抱擁を交わすのも久しぶりなのだろう。
バーサビアの圧政からの解放。その実感が、涙となって広場を濡らしていた。
広場に残っていた数十名の衛兵たちは、真也の圧倒的な強さに完全に怯えきっており、抵抗することなく大人しく縄についてくれた。
彼らは真也たちによってきつく縛り上げられ、かつて村人たちがいた牢獄へ一旦閉じ込めた。
全員の捕縛が終わると、女性たちから自然と拍手が沸き起こった。
ちなみに、仁科さんと葉月はというと……
まず、瀕死の重傷だった小谷野、兼元、そして生一の元へと真っ先に駆け寄っていた。
仁科さんは、三人の顔にべったりと付いた鮮血を水で清め、頭部の外傷を冷やすなどの応急処置を施していた。
葉月は、折れている鼻や腕の骨の状態を冷静に確認し、添え木で固定するなどの手当てを丁寧に行った。
* * * * *
ほどなくして、どうにか動けるまで回復した生一、小谷野、兼元に向かって、二人が声をかける。
「あんたたち……まぁ、カッコ良かったよ。
初めて尊敬したかもね。…まぁ、バカだけどね」
「もう……死んじゃうんじゃないかってハラハラしたんだから。
でも感動したかな。少し」
「けッ……褒めたって何も出ねぇぞ」
生一が照れ隠しに吐き捨てる。
「せっかく褒めてあげたのにねー。体がろくに動かないくせに、意地張っても仕方ないでしょ?」
「……可愛くねぇな」
「何よ! こっちは心から言ってるのに!」
「お前に褒めてもらわんでも……いい……」
「まったく、あんたたちを素直に褒めるのなんて、最初で最後かもしれないのに…」
「それにほら、そんな素直じゃない事言うから“ああいう構図”になるのよ」
二人が指差した先。
目の前では、真也と八薙が村人たちから割れんばかりの感謝と祝福を受けていた。
真也は、老人たちの目の前で二百名近い衛兵を圧倒した神業的な武勇に対して。そしてあの幹部を難なく退けた武勇。
八薙は、バラバラだった村々を団結させ、ここまで導いてくれた事への称賛。その後捉えられていた女性達を全て檻から救い出してくれた事に関して。
真也は主に老人たちや東の村の人々に。
八薙は主に監禁されていた女性たちに。
それぞれ英雄として褒め称えられ、熱烈な感謝のシャワーを浴びていた。
「どう? この現実。……でもね、私はあんたたちもよくやったって、思ってるわけ。だから素直に喜びなさいよ」
「……クソォ、納得いかねぇなぁ」
「俺たちがどんな苦労したか、あいつら知らねぇくせに……」
「美味しいところ、あの二人で持っていきやがってよォ」
「分かった分かった、よーく頑張ったって。もう…ほらほら、そんなに僻まないの!
……あ」
仁科さんと葉月が、後ろから近づいてくる「ある女性」の存在に気づき、立ち上がった。
「あたしらの役目はここまでって所かな。
あとは思いっきり“誰かさん”に甘えれば?」
フフッ、と笑って、二人は村人たちの歓喜の輪へと加わっていった。
「なんやねん、アイツら急に向こう行きやがって。」
「結局、八薙や真也の方に行くんじゃねぇか……」
「それに引き換え、俺ら未だにろくに動けねぇし……イテテ」
そんな情けないボヤキを、背後で聞いている女性がいた。
日本語ゆえに内容は分からなかったが、目の前の三人が生きていてくれたことが、彼女には何よりも嬉しかった。
傷ついた村人たちの処置を一通り終えたその女性は、三人のすぐ後ろまで歩み寄り、そっと呼びかけた。
「小谷野さん……兼元さん……生一さん……」
「えっ!」
「その声は!」
「俺の……嫁!」
三人が振り返ると、そこには涙を流しながら、聖母のような微笑みを浮かべるネイシャさんがいた。
ネイシャさんは、三人を優しくその胸に抱き寄せた。
『生きていてくれて……本当に本当に良かった……』
思いっきり抱きしめてくれた。
三人には、それだけで十分だった。
誰からも称賛されなくていい。目の前のこの「天使」に、自分たちの想いが伝われば、それですべてが報われた気がした。
ネイシャさんの温かみを感じながら、三人はようやく、自分たちで掴み取った勝利を心から噛み締めることができた。
『三人とも、もう会えないかと思ってた。もう……死んでしまったんじゃないかって……』
三人を抱きしめたネイシャさんは、途中からそのまま肩を震わせて泣いていた。
そんな彼女を優しく抱きしめ返そうとする三人だが、そこはやはり、彼らだった。
「お前……スペース取りすぎやろ」
「お前こそ、ネイシャさんの胸という名のロイヤルシート確保しとるやんけ! ズルいぞ!」
「お前は抱きしめられながら匂いクンクン嗅ぐな! 気持ちワリぃんだよ!」
「うっさいわ。嫁の匂い嗅いでなにがあかんのよ!」
「誰の嫁やてえ?ええからどけや」
「お前かてその乳がモロ当たるエリア、俺にも分けろ!」
「やだね!ここに顔うずめとったら体力全開するし~」
「回復したんならもう替われやボケェ」
バカバカしい場所取り争いが始まった…
ネイシャさんは、抱き寄せた三人が何を言い合っているのか当然分からなかった。
けれど、彼らがとりあえず元気で目の前にいる事実。
生きていてくれている。
それだけで、本当に、心から嬉しかった。
『(修道院に戻ったら、つきっきりで看病しますね)』
* * * * *
村人の中には重傷者もいたが、まずは全員の無事を心から喜び、バーサビアのアジトから村は解放された。
各村同士、軽く握手とハグを交わし、今日のところは一旦それぞれの村へと帰路につくことになった。
今後の村のあり方については後日話し合う必要があるが、まずは休息が必要だった。
少しずつ、日が傾き始める刻。
歓喜の余韻の中、解散の時間が近づいていた。
すべての作業が一段落した後、勇一は深くため息をついた。
あの時……物陰からそっと近づき、アジャパの手首に木刀を振り下ろした瞬間。
心臓が壊れそうなくらいドキドキしていた。
結果的に、無我夢中で彼の手から刃物を奪い取ったが、物陰に隠れながらずっとタイミングを伺っていたのだ。
もし近づいているのがバレていたら、ネイシャさんの命はなかったかもしれない。
思い返すと、まだ手が震えている。
そんな中、村人との話を終えてこちらに向かってくる仲間たちがいた。
仁科さんと葉月だ。
彼女たちはある程度現地の言葉を喋れるようになっていたので、これまでの経緯などを村の人々に詳しく説明して回っていたようだ。
「勇一! あんたも勇気あるところ見せてくれたじゃん。良かったよ」
仁科さんが駆け寄り、笑顔で褒めてくれた。
あまり褒められるタイプではないが、その言葉は素直に嬉しかった。
「地下での奴隷生活も大変だったでしょう。十日くらいだったけどよく耐えたね」
葉月からも、労いの言葉をもらう。
思い出すと、まだ胸が締め付けられる。
何も学ぶこともせず、ただ「労働と睡眠の繰り返し」だけになると、人は恐ろしいほど無気力になる。
人間がいかに環境に支配されやすい存在か、その危うさを知った十日間だった。
あの淀んだ空気に支配されていく怖さを、身を以て知った。
もし、自分が日本にいて、そのまま社会人になっていたら……形は違えど、環境次第では自分もまた、あの無気力な大人たちの一人になっていたかもしれない。
「もォ、何真面目に振り返ってるのよ。無事に終わったんだから、切り替えよう。
勇一ッ! 元部長ッ!」
二人には、自分の心理が見透かされているようだ。
「ごめんごめん。なんかお見通しみたいだな。
気分を変えるためにも、そろそろ村に戻ろうか」
周囲を見渡せば、遠方の村から順に、帰路につき始めていた。
重症を負った八薙、そして生一たちの治療を優先するため、今夜はネイシャさんの住む修道院がある下流の村まで行くことになった。
各村へ帰っていく人々を見送った後、そろそろ自分たちも移動しようという流れになった。
その時――
真也が城門の方から、何かを背中に担いで戻ってきた。
「みんな! 実は、素敵なお知らせがあるんだ」
そうだった。
広場での死闘辺りから夢中で、肝心なことを忘れていた。
全員がハッとした表情で、真也の方へと向き直る。
真也が、背中の荷物を優しく前に持ってきた。
そこには、サナギのように幾重にも毛布に包まれた……
彼女が。
静那が、包まれていた。
そして彼女は弱々しく、けれど確かに、静かに口を開いた。
「先輩方……旦那様……八薙君……みんな、生きていてくれてありがとう」
掠れた、今にも消え入りそうな声だったが、確かに皆の耳に届いた。
その声・言葉を聞いた途端、仁科さんと葉月の瞳から、一気に涙が溢れ出した。
二人は声をあげて泣きながら、静那の元へと駆け寄った。
そして毛布越しに、壊れ物を扱うように、けれど力強く静那を抱きしめた。
泣きながら、何度も何度も、自分の顔を彼女の頬に摺り寄せた。
「静ちゃん……生きていて……良かった……本当に、良かった!
ありがとう、静ちゃん。生きていてくれて……!」
「しーちゃん……みんなを命懸けで助けてくれて、ありがとう。
私、一生忘れないから……
生きていてくれて、こちらこそありがとう。
しーちゃん……大好き!
ずっと、ずっと大好きだから!」
小谷野も兼元も、そして生一も、おそらく泣いていた…と思う。
顔をそらしていたから表情は見えなかったが、小谷野の肩は明らかに震えていた。
八薙も、目に涙を溜めて必死に堪えていた。
奇跡の再会に、誰もが感極まっていた。
そんな中、ただ一人、呆然と立ち尽くしている人間がいた。
勇一だ。
それに気づいた真也が、毛布に包まれた静那をそっと彼の目の前まで連れてきた。
「勇一……」
静那が、立ち尽くしていた勇一に呼びかけてみる
(……ドクン……)
その声を聞くまでは、目の前の「それ」が本当に静那だと、魂の底から自覚することができなかった。
見た目が変わってしまったからではない。
静那が生きていたという実感が……本人に直接名前を呼ばれるまで、どうしても信じられなかったのだ。
(……ドクン……ドクン……)
胸の鼓動が、うるさいほど速くなる。
「あ…」
目の前に、静那がいる。
生きている。
そんな静那が優しく微笑んでくれた。
「静那…」
「うん」
途端に、これまでの……あまりにも過酷だった思い出が、一気にフラッシュバックした。
……
混乱を極めた機内。
人々の泣き叫ぶ声。
墜落寸前の、あの極限の精神状態。
静那が間一髪で、自分たちを救ってくれたあの瞬間。
山賊に捕まり、限界まで歩かされ続けた日々。
自分一人が、地下の過酷な環境に残されたこと。
広く暗い空間で、生きる気力が少しずつ削り取られていくような恐怖。
鞭で叩かれそうになったこと。そこからの、思いがけない村人たちとの反逆の狼煙。
静那の生存を知り、絶望の中に一筋の希望が湧いたこと。
ネイシャさんから聞かされた「生一たちの死」と、そこからの奈落の底に落ちるような絶望。
けれど地下の奥底で、三人がまだ生きていると確認できた時の震え。
四人で協力しながら、地獄のようなトラップを進んだ緊張感。
悪党のボスのナイフを、無我夢中で叩き落としたこと。
……本当に、辛いことばかりだった。
どうしようもない現実に、どうしていいか分からず、ただ震えていた。
本当はずっと絶望して、泣き叫んでいたかった。
けれど、静那の「生きて」というあの言葉だけが、自分を支えていた。
そんな彼女が、今、なんとか無事で、生きて目の前にいる。
(……ドクン……ドクン……)
胸の鼓動と共に、静那を見つめる。
あまりにも多くの、辛い、苦しい思い出が溢れ出してきて、とめどなく涙が溢れだした。
「あ……ああ…」
傍から見たらどう映ったんだろう。
静那をじっと見つめながら、涙を流しグシャグシャな顔で泣き崩れる自分…
恐らく変なカオだったんだろう。
けれど静那は、そんな自分のこれまでの苦しみや辛さをすべて包み込んでくれるかのように、じっとこちらを見つめていた。
その瞳の、深い奥底を覗き込む。
……さらに、涙が溢れて止まらなくなった。
目の前の彼女に、思いっきりの泣き顔を晒しながら、自分は叫ぶこともできずに漏らした。
「静……あああああ……うわああああああ……あぁぁっ……!!」
勇一はその場で膝から座るように泣き崩れた。
仁科さんと葉月はその様を見ながら涙ながらに少し笑っていた。
静那を前にして、これまでの辛かった日々が堰を切ったように溢れ出し、きっと感情的に堪えられなかったんだろう…
今はもう堪えなくてもいい……そんな優しい眼差しを含んだ笑いだった。
肩を落とし、膝をついて泣き崩れる勇一の元へ、兼元がゆっくりと近づいてきた。
そして、勇一の肩に優しく手を置き、彼はこう呟いた。
「どうした?
お前…
もしかして……
バスケがしたいんか?」
すべての雰囲気を台無しにするセリフだった。
『MOVIEⅠ』【A面】エピソードはコレにて終了です。
この後は「season2」の26話へと続いていきます。
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